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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

2009.03.15暁の夢・お赤飯の色をした建物

ストーリーの流れがはっきりしており、最後のシーンがとても綺麗で、印象深く記憶に残ったので、記念と言いますか

場面は、荒天の中を飛ぶ飛行機の操縦席から始まりました。アニメ版『風の谷のナウシカ』の一場面で、トルメキアの戦闘機に攻撃&追跡されて、雲の中に突っ込んだペジテの難民船(ブリッグ)が雲の中の雷電&乱気流に翻弄される…というのがあるのですが、そういう雰囲気のイメージでした

機長(たぶん主パイロット)さんはどこかに頭をぶつけたのか、失神しており、助手さんはパニックを起こしていて正常な精神状態ではなく、何故か代理パイロットとして、のほほんとしていた自分に、操縦桿が任されました

飛行機は小さかったです。最近のレジャースポーツ?として人が高空からパラシュートを広げて降りてくるというのがあった(=名前は知らない)と思うのですが、あれに使われる飛行機っぽいな…という感じです。

そのうち、深い森に囲まれた小さな白い空港が出てきまして、ここが目的地だと何故か分かりました。ですが、嵐の中で揉まれた影響か、飛行機の降着装置がすっかり動かなくなっており、やむなく胴体着陸を決断。

旋回して浅い角度で入り、空港の端から端までガリガリと削り、フェンスを突き破り、森の木々をなぎ倒し、ボロボロになって、ようやくストップできました…(飛行機の窓が吹っ飛んだらしく、夢の中ながら、森の匂いさえ強烈に感じました)

夢の中でも意識が朦朧としていたみたいで、その後、訳の分からない細切れが続いて…

夢の意識が戻った状態?と言いますか、再びの記憶は、空港施設として工事中の、白い工事用足場の上で起き上がったところからスタートしました。

白に緑のラインが入ったヘルメットをかぶっている工事関係者が5人~6人と、何故か10人~20人の小人(=服装を見ると森の妖精らしい)たちがワイワイガヤガヤ…ミステリーに満ちた工事現場でした

じっと見ているうちに何故か「次の場所へ行かなくちゃ」という考えが湧いてきて、工事現場に付けられてあった梯子を下りると…そこは、まばらに草の生えた砂浜でした。振り仰ぐと、海が見えます。そして、幻想的なまでに巨大な満月。「大潮の日だから」というのが、パッと浮かびました。

実際の大潮の日は、潮汐カレンダーで調べると3月12日あたりがピークだったようです。数日のタイムラグを置いて見た夢、という事かも知れません

そこでおかしな重力変化が置き、急に身体が重くなり、鉄の杖が必要になったので、パッと鉄の杖を出しました

杖にすがってテクテクと、意識が指差す方向(どちらかというと右旋回)に向かって砂浜を歩き始めると、何とかいつものように歩けるように…

しばらくして後ろを振り返ると、「パワーダウンし、身体サイズもいささか縮んでいる分身(服はベージュかピンク)」が後からついて来ていました。分身の服はボロボロ、どうやら疲労困憊して歩く気力も無い様子で、一瞬どうしようかなと思ったのですが、「分身」を背中に背負って、テクテク歩きを再開…

そのうち、海を眼下に見る崖沿いの隘路に入り、上り坂の道に。何となく、辺りは淡いラベンダー色がかった幻想的な光景になってきました(夕暮れか、暁闇の感じ)。

最後の光景は、崖の間に、砦か聖所のような感じで収まっている「正三角形」の建物。全体は7階建で、「そんな建物あるのかな」という感じでしたが、そこだけ微かに明るく、何気に和風の柔らかなライトもついており、綺麗な建物でした。

表現しにくい微妙な色合いの建物で、その微妙な色合いを表す語彙がなかなか見つからず、夢の中で「分身」と、「おむすびで薔薇色?」というような事をしゃべっていました

起きてからも数日間、その色合いを考え続けていて、やっと「お赤飯の色」だと思いつきました。専門的には、薔薇色砂岩というのが本当にあるようです。クメール美術の代表建築「バンテアイ・スレイ寺院」に使われている建材です。

その正三角形の建物に入ったところで、夢は終わりました

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読書メモ『夜の魂―天文学逍遥』

『夜の魂―天文学逍遥』チェット・レイモ・著、山下和夫・訳
The Soul of The Night - An Astronomical Pilgrimage
工作舎1988

序文

現代天文学は、人類が宇宙について問うてきたいくつかの質問に、慎重な答えを返している。宇宙とは何か。それはどこからやってきて、どのように終わるのか。また何でできているのか。そして創造の表層で永遠の炎のように踊っているこの生命と呼ばれるものは、いったい何なのか。

新しい天文学による答えは、人間的スケールでは計りえない時空の広がりをわたしたちに提供する。

宇宙には数えきれない星があり、それぞれが(たぶん)数々の見えない地球、つまり別の生命を誕生させた別の地球を暖めているのだ。またそこには数々の銀河があって、数千億もの星がガス状星雲の中から誕生しては、壮絶な死に様を見せている。

宇宙には、群れをなして並ぶ銀河、光年どころか10億光年単位の光の帯がある。まるで窓明りに踊る塵のようだ。それらは果てしなく続く世界また世界であって、結局遡れば、純粋な創造の目も眩む閃光の中で、現存する一切が現れ出た、あの特別な一瞬にまで行き着くのである。

新しい天文学の展望に驚くのは簡単である。

多くの人は、居心地の良い無知の雲の中に籠る方を良しとするだろう。

しかし自分達が誰かを本気で知りたいなら、感覚と理性が告げていることを謙虚に受け止める勇気が必要である。たとえ精神的眩暈を感じるおそれがあっても、銀河の世界や光年の広がりに入っていかなければならないし、いずれ知るべきことを知っておく必要がある。

ただし知ることは、博物学者のジョン・バロウズがいみじくも述べたように、物事の半分を占めているにすぎない。残りの半分は愛することの領分である。以下のページに繰り広げるのは知ることと愛することの練習なのだ。

それは人間の意味を求めて、夜空の闇と沈黙へ向かう個人的な巡礼である。

あるいは、はかない啓示と恩寵の知らせ、われわれよりも大きな何かとの束の間の出逢いによって報われる探求である。

われわれより大きな何か、それははるか遠くの天体を喜んで見つめるよう誘う力や美や大いなるものである。そしてたまたま運が良ければ、その探求はある特別な超越的な瞬間によって報われるのだ。

すなわち、夜に住む大いなるものが、(詩人のジェラード・マンリー・ホプキンズの言葉を借りれば)「震える銀箔の輝きのような」閃光を放つ、あの瞬間によって。

この巡礼は星や銀河の領域へ、宇宙の果てへ、時空の境界へ向けて、わたしたち各自が単独で赴かなければならない。その果てに精神と心は、究極の神秘、知ある無知に遭遇するのである。まさにそれは夜の魂を求める巡礼である。

*****

-1-沈黙 THE SILENCE

「沈黙は、そこから言語が湧き出す泉である。言語が活気を取り戻すには、たえず沈黙に立ち返らなければならない。沈黙との関係でのみ音声は意味を持つのだ」ーマックス・ピカート『沈黙の世界』…

この沈黙のためにこそ、星や、銀河の重々しく、聴くことのできない回転へ、そして真空中の神の大いなる鐘の高鳴りに向かうのだ。星々の沈黙は創造と再創造の沈黙である。

…答えは間隔の中に秘められている。その間隔は幅が狭いが、限りなく深い。そしてこの深みの中に、夜の魂が隠されていたのだ。

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-2-暗い時間に IN A DARK TIME

「何故なら、美は恐怖の始まり以外の何物でもないのだから」と詩人のライナー・マリア・リルケは嘆いている。

そして今宵、またしてもわたしは、堅い黒松と名も無い星々の子供時代の夢にとらわれて、闇夜に目が覚めたのである。

孤独な時間、絶望の時間、狼の時間であった。幽霊が影の中に宿っていた。肉体の幽霊、精神の幽霊。

衝動に駆られてわたしは起き上がり、灯の消えた部屋を抜けて、玄関先の前庭に向かった。そこで深更の秋空に、こそこそと横切ろうとしている冬の星座、オリオンの姿を捉えた。

…夜こそ、無限に対して開かれた窓である。…暗い時間になると眼は見始める。これこそパラドックスである。黒は白となり、闇は美の母となり、光の消滅は啓示となるのだ。

「男がひとり、自分の正体を見究めに、遠くまで出かける」…「わたしは深まる翳の中で、自分の影にめぐり逢う」「昼は燃えている。万物照応の揺るぎない流れ。鳥でいっぱいの夜。荒寥たる月。そして真っ昼間に、真夜中がまたやってくる」―詩人シオドア・レトキ

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-3-ほのかな光 FAINT LIGHT

「脊椎とその疼きを崇めよう」「あの背中に感じるかすかな身震いこそ、まちがいなく人類が純粋芸術と科学を発展させる際に到達した、最高の感情形態である」「われわれは頭部という先端で神々しい炎を燃やす脊椎動物である」―ウラジミール・ナボコフ(ロシア小説家1899-1977)

「知ることはすべてではなく、半分にすぎない。残りの半分は愛することだ」…「夜の贈物は触知しがたい」「夜は果実と花、パンと肉とともにやって来てはくれない。それは星や星屑、神秘とニルヴァーナとともにやってくるのだ」。

ときおり夜のほのかな光が、己の姿をバロウズに見せることもあった。

そして天が開かれる。彼の想念はその深淵に、「輝く閃光のごとく」向かって行った。ところがヴェールがまたしても引かれてしまう。ちょうど深夜のほのかな、束の間の啓示を捉えようというそのときに。

「啓示を剥き出しの大きさのまま捉えることは、わたしたちの手には負えないのだ」―ジョン・バロウズ

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-4-夜の生物 NIGHT CREATURES

煤けた夜、黒貂をまとった夜、その中に亡霊どもが忍び寄る。夢魔(インクブス)と女夢魔(スクブス)も不吉な目的を持ってやってくる。狼男が変身し、吸血鬼が獲物をとらえて血を吸う。帆船の帆柱が、セント・エルモの火に打たれ、蜃気楼(ファタ・モルガーナ)が手招きする。

詩人も夜になると現れる――「これは精神の光であり、冷たく、さ迷う。精神の木々は漆黒に染まっている」。

そして天文学者だ。太陽が沈むとき、影か穴熊のように、天文学者は水を得た魚となって起き上がる。

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-9-渦巻く平原のはるか下で FAR DOWN A BILLOWING PLAIN

わたしは遠い光を見下ろす
そして木の暗い側面を見つめる
渦巻く平原のはるか下まで
そしていま一度見直してみると
それは夜の上に消えていた―詩人シオドア・レトキ

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-13-色彩の甘言 THE BLANDISHMENTS OF COLOR

夜空を観察する技術は、50%が視覚の問題で、50%が想像力の問題である。この言葉の真理を星の色ほど証明してくれるものはない。

色の甘言に関する省察を、モビー・ディックの白さに関するメルヴィルの一章を再読せずに終わるわけにはいかない。

イシュメイルは、白い色がいかに善と真とを表しているかをわたしたちに列挙する。彼は雪白の軍馬や裁判官の白貂、大きな白い玉座を前にした白衣の24人の長老、白い牡牛に身をやつしたユーピテルなどを数え上げる。

ところがモビー・ディックに向かうとき、彼はこうしたすべてを忘れてしまう。

他の何にもまして彼の心胆を寒からしめるのは鯨の白さである。

白い色には「優しく貴く崇高なものすべて」の連想がつきまとうにも関わらず、白の観念の奥深くには、つかみどころのない何かが潜んでいる。

それは「血を凍り付かせる紅色よりも魂を戦慄させる」。それ自体で恐ろしい物と結び付くとき、白さは恐怖の頂点にまで昇りつめる、とイシュメイルは結論する。

…夜は、エイハブの鯨のように、その無限性を白さで覆い隠したのである。「光の大原理が、夜空のすべての物を、星も星雲も己れの空白の色合いに染め上げてしまう」

銀河の果てや時間の始まりへ向かう巡礼者は、昼の安易な色彩を慎しみ、夜の白黒の大海へと船出しなければならない。そしてこうした広大な空間の中で、…クロッカスや葡萄や麦藁色の星を見い出さなければならない。その冒険旅行は、あなたやわたしの我慢の限界を越えた勇気を必要とするかもしれない。

それにエイハブのように、追跡しているうちに求めていた獲物にぶち当たって、星の深淵に引きずり込まれる可能性もなきにしもあらずである。

「こうしたすべての物について、白子(アルビーノ)の鯨こそはその象徴である。とすれば君は、この激しい狩に驚くだろうか」。

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-14-プレアデスの後続者 FOLLOWER OF THE PLEIADES

星に、見える要素以上の見えない実体を与えるのは、わたしたち自身である。見つめる作業と名づける作業を通じて。星を左右するのは我らである。われらの愛の飛翔も潜行も含めた、われらの全存在が、この仕事に向かわせる。―リルケ

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-15-夜の形 THE SHAPE OF NIGHT

夜は形を持っており、それは円錐型である。

シェリーの『解き放たれたプロメテウス』の中で、地球は次のように語る。「私は天を指差す夜のピラミッドの下で自転する/歓喜を夢見ながら」…

地球は夜を魔法使いの帽子のように被っている。この魔法使いの帽子は長く細く、太陽を起点として遠くの空間を指差す。その帽子の縁の直径は8000マイルである。帽子の縁は地球の眉の上にぴったりフィットしている。それは地球から86万マイル先の向点まで延びている。

影のつくる魔法使いの帽子は、縁の直径より100倍もの高さを持っている。それは地球から月の軌道までの3倍の距離にまで達する。そして月が、その軌道運動において、たまたまこの闇の帽子の中を通過するようなことがあれば、月蝕が起こる。

次に月蝕を見たとき、わたしが思い出したのはシェリーであって天文学の本ではなかった。

地球のピラミッド状の影が月の正面を横切り、円錐型の夜を描いた。夜はそれ以来、前と同じではなくなった。

今や夜は形を持ったのだ。それは知ることと見ることとのちがいである。

…シェリーを読んだ後、わたしは月の蝕を見つめた。月は地球の赤い影の中に滑り込んで来た。一瞬、月は仏の丸い赤ら顔を見せ、夜のピラミッドの中に泰然自若としていた。ところが一瞬の後、それは単なる月にすぎなかった。

地球は夜の円錐の下で自転している。地球は太陽のまわりを巡っている、そしてその赤ら顔の影の帽子が、そのお供をして、いつまでも無限を指差している。

夜が円錐型なのは、地球が丸く、太陽よりも小さいからに他ならない。地球が球体であるという驚くべき発見にギリシャ人を導いたのは、もしかしたら月に映った地球の影の曲線であったかもしれない。

すべての惑星が夜の帽子を被っている。恒星のそばにあるすべての物体が、ピラミッド型の影を投げかける。

もしも地球軌道上を遊泳している宇宙飛行士が、太陽に向かって足を踏み出せば、その闇の魔法使いの帽子は100フィートの長さに達するだろう。

月の影の帽子の長さは、ふしぎな偶然によって、地球から月への平均距離にほぼ一致する。もし月が遠地点のそばにあって、地球と太陽の間を通過するようなときには、その影の頂点は、地球の表面よりわずかに短い所に落ちる。この場合太陽は明るい光のリングとなって見えている。 これがいわゆる金環食である。

逆に月が遠地点の近傍にない場合には、その影は地球まで届き、このとき月が地球と太陽の間を通過すれば、その影の切っ先は、外科医のメスのように地球の中に突き刺さる。幸運にもこのメスの切り口の範囲内に暮らしている人は、自然のもっとも壮観な特殊効果のひとつ、皆既日蝕を経験することができる。

皆既日食の観察者は、星間における思いがけない借り物ものの闇の数刻、月の夜の先端に立っていることになる。

たまに月が地球からちょうど良い距離にあるときには、その影が地球の表面を羽毛の先のように優しくかすめる。この場合日蝕は金環蝕と皆既蝕のまさに境界線上にある。

1984年5月30日の日蝕は、ちょうどそんな蝕となった。月の影は、地表すれすれまで届いていたので、ほとんどその向点まで人が跳び上がれそうなほどだった。

恒星のそばにあるすべての物体が夜の円錐をかぶっている。あらゆる恒星のそばには、茨の冠のように空間に向かって差し込む、円錐型の影の環が存在する。

太陽の夜の家族は、九つの惑星と、数十の衛星と、一段の小惑星の影を含んでいる。太陽系の空間のあらゆる塵の粒子が、それぞれ自分の小っぽけな闇のピラミッドを投げかける。太陽は、ちょうど海胆(うに)が黒いとげを突き立てているように、さまざまな夜を逆立てている。

地球の夜の円錐は、深い空間と深い時間という贈物をもたらす救い主である。惑星の昼の側では、大気が日光を一面の曇った青い表層に撒き散らす。

その青い表層をウィリアム・ブレイクは、地球の「青い世俗的な殻」と呼び、また「われわれを永遠から絵立てている物質の堅い被膜」と呼んだ。けれどもわたしたちは、地球の回転とともに夜の暗い円錐へと向き直るとき、宇宙を垣間見るのだ。

夜のピラミッドは、地球の青い鎧に開いた細い裂け目である。ブレイクは言う、「もし知覚の扉が掃き清められたら、すべてがありのままに、つまり無限に、人間に映ることだろう。なぜなら、人間は己れのうちに閉じこもって、とうとう自分の洞窟の細い裂け目を通してしか万物を見ていない有様なのだから」。

青い大気はわたしたちを閉じ込める。夜の割れ目を通じてのみ、わたしたちは無限を垣間見る。

*****

-19-ゆったりとした暗さ HOW SLOWLY DARK

わたしは背に低い火のそばに座る
炎の筋を数えながら、そして
光が壁面上で変化する様を見つめる。わたしは静寂が静寂であることを命じる
わたしは夕暮れどきの空気の中に
闇がなんとゆったり、わたしたちの行動の上に影を落とすかを見入っている

―詩人シオドア・レトキ

異世界ファンタジー試作35

異世界ファンタジー9-6エピローグ

翌日も相変わらず空は曇天に包まれていたが、令夫人の顔は明るかった。

ジル〔仮名〕の狭量で気難しい性格からして、昨夜のジル〔仮名〕とロージーの話し合いが決裂したら、きっと血を見る事になる――と心配でたまらなかったのだが、あにはからんや出て来たのは冬薔薇の花束。それは、頬を染めたロージーの腕の中に収まっていた。

「あの気の利かない息子にしたら、上出来じゃないの」

令夫人は、昨夜以来ずっと気恥ずかしそうな様子のロージーが、タイプライター作業のため部屋に戻った機会を捉えると、早速、息子を、説教部屋もといサンルームに拘束し、昼食時になるまでビシバシと問いただした。

当然、最初に北部辺境の雑木林で巡り合った見ず知らずの女性『ロージー嬢』を、いわば『ローズマリー』と上手くやるための練習相手にしていた――という突拍子もない経緯は、令夫人を呆れさせた。

人知を超越する運命の力が働いたのであろう。ジル〔仮名〕は、『ローズマリー』への時折の手紙や贈り物を欠かさない事からわかるように、その気になれば面倒見の良い性質である。少なからぬ好意を抱いた『ロージー嬢』に対してそれに準ずる態度を取った事は明らかだ、本人同士だったから良かったようなものの、冗談が本気になったら血の雨が降りかねないところである。

この時になって襲撃事件の顛末が明らかにされ、ロージーが怪我をし、記憶が混乱するほどのショックを受けた出来事があったという説明の後、馬車内での告白のエピソードに至った。そこで令夫人は、呆れ果てた余り、こぶしを振り回した。

「あんた一体、何やってるの…ホントにバカよね!おバカさんよね!」

ジル〔仮名〕は小首をかしげ、黒髪を片手でかき回した。苛立たしくなる程の非人間的な無表情だが、令夫人は知っていた。ジル〔仮名〕が困惑したり赤面したりする代わりに、この仕草をする事を。

――令夫人の説教が、一段落した後。

「昨夜、《宿命》の盟約を交わしたので、正式な婚約指輪に交換したいと思います」

そう言って、ジル〔仮名〕は、珍しく心からの綺麗な笑みを浮かべたのであった。

《了》


《異世界ファンタジー試作連載/あとがき》

今回のファンタジー物語を思いついた「きっかけ」は、夢の中のストーリーです。いつ見た夢かは覚えていませんが(今年に見た夢です)、「これは絶対に物語になる」と確信しました

記憶に残っている場面はランダムで、時系列も滅茶苦茶な状態だったので、場面のポイントをザッとメモした後、時系列を推測しながらストーリー順番を整理しました

夢で見た情景は、主にフルカラー系の場面と薄暮(グレー&オレンジ系)の場面が多く、人物より風光の方が、存在感が強烈でした。物語の初めの頃の場面で、「紅葉シーズンの雑木林」が出て来ます。これも、夢の中で見た情景をできるだけ描写してみた物です

特に強い印象に残った夢の中の情景は、「抜けるような群青に近い真っ青な青空を背景に、万年雪をいただいてそびえる、高く巨大な山脈」であります。このたびの物語を彩る底流的なイメージになりました。物語の中では「雪白の連嶺」という名前で登場します