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〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)
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◆沈黙だけがいつも最後に残る。そして沈黙にほとんど接するように表現しえぬものを表現しようとやって来るものがある。音楽である。/オルダス・ハクスレー『夜の音楽』

◆本は、それが終わるところで終わっているのでは決してありません。本は、膨張を続ける小さな宇宙なのです。/アントニオ・タブッキ『他人まかせの自伝』和田忠彦/花本知子訳)

◆Dum vītant stultī vitia, in contrāria currunt./愚かなる者たちは、欠点を避けようとして反対の欠点に入りこむ。/ホラーティウス『風刺詩集』

◆白川静(https://twitter.com/sizukashirakawa/status/876056685604872193)
ことばは手段にすぎない。しかしその手段にすぎないことばをはなれて、道を説くことができるであろうか。無限定なる道を説くには、概念の限定をこえなければならない。その概念を拒否する表現の手段が、寓言である。虚のみが、実をあらわしうるのである。

◆漢籍名言(https://twitter.com/kann_seki/status/876038818675150848)
数(すう)を極め来を知るこれを占と謂い、変に通ずるこれを事と謂い、陰陽測られざるこれを神と謂う。『易経・繋辞上伝』
◎因果の理法を極めて来を知ることこれを占と言い、変化の理法に広く通ずることこれを事と言い、これらの理法でも知り得ないこと、これを神・神妙な働きと言うのです。

◇宮沢賢治『銀河鉄道の夜』 ブルカニロ博士の言葉より

おまえの実験は、このきれぎれの考えのはじめから終わり すべてにわたるようでなければいけない。
それがむずかしいことなのだ。けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。
ああごらん、あすこにプレシオスが見える。おまえは、あのプレシオスの鎖を解かなければならない。

◇格言メモ/ラテン語

Stultum facit Fortuna, quem vult perdere.
運命は、破滅させんとする者を愚者にする。(プブリリウス・シュルス)
Fortuna vitrea est; tum cum splendet frangitur.
運命は、ガラス製。輝く時に砕け散る。(プブリリウス・シュルス)

◇土方巽(舞踏家)

生まれてきたことが即興なのだから、舞踏は一度としてくりかえされたことのない必然を創造しなければならない

◇『アイオーン』高野史緒・著、ハヤカワSFシリーズJコレクション2002

私はただ知りたかっただけだ。かつてこの世に何があったのか?この世界には何があるのか?これからどうなっていくのか……そして、何故、そうなるのか?何が決めている?真理と呼べるものはあるのか?魂を救うとか、良く生きるとか、そんなことは思わない。私はただ、知りたかっただけだ…
…だが、人は結局、気づいてしまうものだ。全てを知ることはできないのだと。人は何故、そのようにできているのだ。神が、神々が造ったのか、進化の結果、人間という生物になったのか、いずれにせよ…何故、どうせ得られもしない答えなど望むように出来ているのか?
時間、空間、脳、五感、言葉、意味…我々は全てにありとあらゆる限界を課されている。古(いにしえ)の賢者たちは、この限界、世界と人間とを隔てる強制力を〝アイオーン〟と呼んでいた。もうすでに何百年、いやおそらく何千年も前に、幾多の賢者たちが諦めたように言っているにもかかわらず、何故、問うことを止められないのだろう?
私は東の果てまで行ったが、結局、あるのはただ、それぞれの勝手な理屈ばかりだ。何処へ行ってもそうだ。科学があろうが、信仰があろうが、結局は何処も同じだった…

◇心理学的観点から見る「夜の旅」◇

「ナイト・ジャーニー」とも呼ばれ、無意識への旅ないし集合意識(「神」と呼ばれるもの)の深層部への旅を意味する。「英雄の試練(未知の世界への冒険)」に属するジャンルの神話物語は、「夜の旅」と全く同じ構造をしている。

「行きて帰りし物語」、「帰らざる物語(世界の秘密を知って/偉業を成して天へ召される)」という異なるバージョンがあるが、いずれの神話物語についても、その全編を貫くテーマは「イニシエーション」もしくは「死と再生」だ。

“自立すること”と“孤独になること(精神的な意味で「死」を贈与されること)”が、実に同じ意識フェーズの裏表であることと関係するのである。


『神話の詩学』著者=ロシアを代表する碩学エレアザール・メレチンスキー

序文から抜粋:

・・・『神話の詩学』について言いますと、この本は、歴史詩学を論じてきた私の一連の研究、すなわち、言語芸術の古型からの文学の発生、とくに神話という古型からのその発生と、数多の文学ジャンル形成とを論じてきた私の研究の中核に位置しています。・・・
本書の表題は、いくぶんか厳密さを欠いているように見えるかもしれない。神話創造には、無意識的な詩的創造の原理があるだけなので、何らかの神話をとりあげて、芸術固有の手法、表現方法、文体などという詩学的問題に関して語るわけにはいかないはずだからである。
しかし、神話には、感覚的、具体的な形の普遍的表象の変容がつきものだ。
すなわち、芸術に固有ではあるが、ある程度は神話から受け継いだともいえそうな、まさにそうした形象性が備わっているのである。
太古の神話は、ある種混交的な統一体であって、宗教と太古の哲学的観念(神話的源泉が乗り越えられていく過程で形成された)の萌芽だけでなく、芸術の萌しも、わけても言語芸術の萌しも潜ませていた。
芸術形式は、神話から、具体的、感覚的な普遍化の方法も、混交性そのものも直接受け継いで用いている。

解説部分からの抜粋:

歴史詩学は何よりも、詩学的諸形態とカテゴリーを(最広義における文学の〈言語〉を)その生成のありさまと形成の歴史的論理とにおいて研究する。
そのため、理論詩学が古典的形態の方を注目するのに対して、歴史詩学は、とくに初期、早期の形態、移行段階の形態の方に注目する。

原文=Twitter-大田俊寛さま:
《http://twitter.com/t_ota/status/11527323061》
《http://twitter.com/t_ota/status/11527400804》
《http://twitter.com/t_ota/status/11527466378》
〝意味〟や〝物語〟に縛られて生きていた人間が、これからは〝強度〟に満たされて生きるようになる、そして人間は〝超人〟という人間を超えた存在あるいは〝動物〟や〝機械〟といった非人間的存在になる――
この図式は、かつてポストモダンの思想が好んで用いたものであった。この図式は一見したところきわめて魅惑的で、そこに〝現代思想〟が大いに流行した理由もあるわけだが、端的に言って全く間違っている。人間は〝超人〟や〝動物〟や〝機械〟になることはできず、あくまで人間であり続けるしかない。また〝意味〟や〝物語〟から逃れることもできない。
「物語が終わり、人間は…になる」という言い方すら、新しい一つの"物語"であるに過ぎない――それも、聞くに堪えないほどお粗末な。

《星と境界についてのメモ/「摩多羅神はどこから来たのか?」より》

ラテン語TER-MINUSは境界、制限、終局、限界などの意味があり、ローマのテルミヌス(境界神)の語源。TARAはサンスクリット語STRIに由来、「まき散らす、拡大する、拡散する」などの意味があり、英語STARになった。星とターラー(多羅)は切ることが難しい
ターラーは、「救い」と「夜空に輝く星」の意味を併せ持った境界神である。
ターラー(TARA)にはサンスクリット語で語源的には川を横切る、運ぶ、超越するなど、また、解放する、逃れるなどの意味がある。
ターラーが救度菩薩と言われるのも、冥界との境界においてこの女神が援助の手をさしのべてくれると信じられているからである。

★アリストテレスの四原因説αἴτιον、アイティオン
質料因(希: ὕλη, hyle, ヒュレー)
形相因(希: εἶδος, eidos, エイドス)
作用因(「始動因」や「起動因」とも)(希: αρχή, arche, アルケー)
目的因(希: τέλος, telos, テロス)

★ロゴス=理性, 言語, 理義, 留め置き&集め置き(ピン止め)
~カテロゴス(=カテゴリーの事)

★モイラ=運命, 人々への配分
クロートー「糸を紡ぐ」
ラケシス「糸を割り当てる」
アトロポス「糸を断つ」

★二コマコス倫理学(アリストテレスの著書を息子ニコマコスがまとめた物)
徳=選択にかかわる「性格の状態(ヘクシス・プロアイレティケー)」における「中庸(メソテース)」

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ツイッター=徒然草
漫画ハック=コミック物語の公開中

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