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〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)
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中華の近代史を垣間見する事を通じて、中華ナショナリズムの内容を見透かしてみる…という風に書いてみたいと思います(ちょっと難しいかもですが・汗)。

シナの問題はすべて量に還元できる」という指摘があります。

(と言う事は、「中華の歴史の謎は、経済に始まり経済に終わる」と言えるかも知れません)

★まずは、地理・版図とか。

今日、我々が「中国(中華人民共和国)」として認識するエリアを確認。

中心となるのは、英語で「China Proper:チャイナ・プロパー」、即ち「中国本土」と呼ばれる範囲。伝統的な歴史用語で言えば「中原」でしょうか。英語の定義はハッキリしていて、「元々のChina」と言う意味であり、秦の始皇帝が支配した(と、されている)版図に由来しています。

その周縁部が、現代の中華人民共和国が主張する周縁部の最大版図と言う事になります。此処では近現代史に注目したいので、目下、領土問題などで騒がしくなっている南沙諸島などは省いて、1945年~1950年ごろの版図をイメージしたいと思います。

★歴史を垣間見。

黄河流域すなわち中原が、古代における中華揺籃の地でした。

黄河流域は、地理や古代史上の群雄割拠などで見ると大きく3ブロックと見る事が出来ます。

関中盆地(渭水流域)、洛陽盆地(洛水流域)、河北平原(太行山脈)。

いずれもアワ・キビ農耕ないし遊牧による生産を主とした寒冷地であり、気象激変(春夏旱魃、夏秋大雨)を恐れる自然環境の中にありました。

黄河氾濫がいっそう激しくなった頃に、治水事業に力を注ぐ古代王朝の時代が展開しました。 そして、灌漑テクノロジーが発達し、生産力を飛躍的に伸ばします。最も早期に技術力および生産力のトップを築いたのが、関中地域でした。

古代の歴代王朝は関中に都を築き、国富の半分以上が関中に集中しました。首都・長安の時代でもあります。

ただしこの長安、防衛拠点としては優秀でしたが、交通事情が悪く、飢饉の時に周辺から食糧を運び込むのが難しかったので、都内の食糧事情はたやすく悪化し、たびたび多くの流民=人口移動を発生させました。

流民は何処へ向かったか。まずは洛陽盆地の大都市・洛陽です。防衛機能は長安に比べるとずっと弱かったのですが、昔から物流の拠点として栄え、食糧の確保も容易でした。

唐帝国の時代になると、こうした、食糧危機をきっかけとする人口移動が激化します。領土の急拡大と共に都内の人口爆発も進み、関中地域だけでは都内の人口を維持できなくなっていたためです。そして、「中華」は黄河流域から溢れ出て、周縁部への大量流出を始めました。

★中華ナショナリズム史

魏晋南北朝に始まり唐宋帝国に続く、この「反劇場都市(伝統的な古代都市コスモスの崩壊=皇帝なき桃源アルカディア夢想)」と「反都市(飢餓難民パワー)」に彩られた、危機の時代にこそ、逆説的に、河北を淵源とする中華ナショナリズムの種子が蒔かれたと考えるものであります。

「シナの問題はすべて量に還元できる」…河北から溢れ出した「量」は膨大な物であり、それは江南を圧倒したと言う事が出来ます。

唐・宋の時代に起きたのは、長江流域の大征服と、それに続く大開発です。宋帝国は長江流域に首都をおきました。宋帝国の繁栄は、更なる人口爆発を生みました。

長江流域が河北勢力に占領されたと言う事実は、政治力において、江南勢力が、河北勢力のそれに劣っていたと言う事実を暗示するものであります。河北中原を発生源とする中華ナショナリズムの行く末は、この唐・宋の時代に固定化したと言えるかも知れません。

「江南コンプレックス/桃源の夢想(by大室幹雄氏)」と「中華ナショナリズム」は、おしなべて「中華」という世界観を明確に持つエリート支配者層の心理において、裏と表の関係を成している…

端的にいって、戦国期的な渾沌と自由の再来にも関わらず、世界解釈の枠組みが伝統として完成されすぎていたのである。そのため世界を初め、国家、社会、人間をめぐって未来を展望し、それらの新たな諸関係を構想し、世界解釈全体を構成しなおす想像力の潑溂はどこにも湧き起こらなかった。 /大室幹雄・著『桃源の夢想』より

※大室氏の指摘には、改めて「成る程」と思わされるところがあります※

長江流域(江南)の特徴は、大局的には黄河と似通った地形を持ちながらも、その流域に展開する複雑な地形により天然ダムを多く生じるため、ダムの調節機能が働いて、水位が安定してくる(運河として極めて有効)という事です。

このため、江南は、生産力において河北の上位に立ちながらも、国家的危機に対する強力な政治的対抗力を持ちえませんでした。宋が、いつの間にか政治的には弱体化し、新たな河北勢力として現れた遊牧騎馬民族の王朝に対抗し得なかったのは、まさに、この江南ジレンマによる物と言えるでしょう。

※この「政治的な戦力において、より劣勢である」という事実は、日本にも言えます。日本と江南とは、自然環境も文明的・政治的発展の有様も、いやに似通っているのです。日本が江南に比べて幸運だったのは、ただひとえに、海によって隔絶されていたからに他なりません(汗)

江南の開発には前期(3世紀~9世紀・魏晋南北朝~唐代)と後期(10世紀~・宋代)があります。俗に「江南デルタ」と呼ばれる低湿地の開発が進んだのは後期です。宋の時代に、海水の進入を防ぐ護岸工事が進み、広大な稲作地帯が生まれました(蘇湖熟すれば天下足る)。

★分裂動乱と中華ナショナリズム

中華ナショナリズム/中華イデオロギーの問題を考える時、中原に展開した遊牧騎馬の社会と農耕社会との折衝・交渉の歴史を抜きにする事は出来ません。

日本や西洋で展開した「国民意識(ナショナリズム)」と同じような地理的・歴史的尺度で考えるのは不可能です。ここに「中華」という概念の特殊性があります(=「シナの問題はすべて量に還元できる」)。

黄河流域すなわち中原は、西域に展開した遊牧騎馬民族と関係の深い土地であり、しばしば、貿易・略奪・戦争・官僚汚職の現場となりました。群雄割拠…分裂抗争の頂点を構成する土地でもあったのです。

山西省や河北省は、江南へ向かって拡大を続ける中華世界に対して、しばしば分裂勢力を生み、歴史的には、しばしば大陸動乱の発生地となっています。西域と密接な地政学関係にある都市(長安・洛陽)が歴代王朝の首都に選ばれたのは、こうした分裂動乱に備える必要があったためです。

必然として、軍事費・領土の占領&掌握のための出費が異常に突出しました。これこそ、まさに「量の問題」であります。古代から現代まで、河北と江南を強引に一体化して成立した「拡張版の中華」を彩り続けてきた特性でもあります。おそらく未来もこの特性を保ち続ける筈です(地政学的状況が不変である限り)。

現在の中華人民共和国は、長安・洛陽では無く、北京を首都としています。北京は中原の最北端に位置し、「中原の中心に都する」という河北の伝統的な中華コスモス観からすると非常に偏っていると言えますが、近現代の国際状況がもたらした特殊な事態かどうかは、後の時代になってみないと分かりません。

※朝鮮半島とロシア、両方の動きに素早く対応できる地政学的位置にあると言う事は指摘できます。更に言えば、その視線は、日本ひいてはアメリカに向いているのかも知れません。「海に近い位置でもある」という事実には、奇妙に暗示的な物を感じます。

首都・北京(紫禁城)は、元々は明の時代に永楽帝が首都とした事に由来します。当時、モンゴルを辺境に追い払い、その後もモンゴル対策が必要だったという事と、皇帝の地元が北京だった事、という理由が指摘されています。

その後の清帝国は、建前上、明帝国の後裔という立場であり、北京(紫禁城)をそのまま受け継ぎました(清の本拠地は東北部・満洲にあった)。

近代の中華ナショナリズムは、最初は清朝末期、西欧列強に対する利権奪還という「国民的行動」を通じて、 全土レベルで燃え上がった物でした。

それは、日本の明治維新をモデルにした辛亥革命に、必然の如く連結して行きましたが、結局は地域軍閥ごと・エリートごとの抗争の中で挫折します(皇帝・袁世凱の失敗の問題もあり複雑化します)。その後は抗日戦線においてロシア共産党との共闘があり、満洲・朝鮮半島の動乱がありました。

ちなみに傀儡帝国と言われる満洲国(1931-1945)の首都は「新京」、「中華民国の後裔としての台湾」の名目上の正式な首都は「南京」。ある意味「中華に対する分裂独立勢力であった/である」と言えるのかも知れません。

近現代(19世紀~20世紀)を彩った政治的危機は、おそらく「拡張版の中華(河北&江南)」においては、歴史上最大の四分五裂の危機であり、おそらくは最大範囲にわたって最大影響力を及ぼしました。

辛亥革命や中華民国・日中戦争(抗日戦争)といった分裂動乱の時代は、首都の位置も、南北の間で揺れ動きました。この最大危機が、逆説的に、科挙エリートや富裕層の間で、「中華ナショナリズム」の拡大激化を促したと言えるでしょう。

※一応、元=モンゴル帝国が最大版図ですが、モンゴル帝国は広大すぎたし、早々と分裂し始めたので、中華化が間に合わなかったとも言えます。情報の展開スピードの問題もあるかも知れません。

しかし、近現代の「国民国家/国民意識」を構成する筈だった近現代の「中華ナショナリズム」は、「拡張版中華帝国の領土分裂の危機」に際して、ゾンビの如くよみがえった「古代的な中華イデオロギー」の下敷きになり、複雑骨折して行きました。

(戦後の歴史教育においては、それは「反日」で裏付けられる物となっています。通常、常識的に言及される「国民国家の誇り」と連結するナショナリズムとは異なっており、古代都市に由来した中華エリート意識に依存しながら他者依存性を強めたナショナリズムという点で、それは「非常に歪な"何か"」と申せましょう)

★当サイトなりの「中華ナショナリズム」に対する見解&結論

「シナの問題はすべて量に還元できる」…中華帝国の財政は、かなり特殊な様相を呈します。

今日、先進国が国民全体からの税収で国家財政を成り立たせるのとは対照的に、中華帝国では、ごく一部の富裕層からの税収で国家財政を成り立たせて来ました。

大多数の人民の数が多すぎて、把握しきれないからです。戸籍システムは、中華世界の拡大と共に拡大発展する事はありませんでした。ひとえに「量の問題」なのです。戸籍の格差に伴う特権や税収、「国家財政の皮をかぶった"何か"」は、伝統的に、都市の富裕層を中心に展開しました。

「都市」という網目ポイントのみで構成される中華帝国、それは、周縁部の領土の広大さに対して、遥かに「小さな政府」を呈します。中央(中原・中華・特権階級)における驚くべき富の集中と蕩尽、「皇帝」を中心に展開する特権(ないし権力)、そして大多数の周縁部・下層階級に対して展開する盲目的な搾取とそれに伴う汚職の横行、それは「国家の目」の及ぶ視野を「中原」のみに限った、「小さな政府」にして可能な事であります。

現代の中華人民共和国の財政状況を見ても、富裕階級を成す国有企業や官僚のみが肥え太り、大多数の民間企業・庶民は搾取され切り捨てられる…そういう、古代社会のコピーの如き、歪なまでの「小さな政府」&「格差社会」の存在を指摘できる。

絶望的なまでの格差社会が生み出す、「富裕」に象徴される中央・中華(エリート層)への憧れ、羨望…

社会的・国土的・歴史的には分断状態にある筈の、広大な領土を結びつけるのは、中華イデオロギーを現実化した都市たちによる、網目の如きネットワーク。その網目から漏れ出すかの如き、人口流出…そしてそれに伴う、領土の分裂性と膨張性。

拡大深化し続ける政治混乱と矛盾を内部に含みながらも、なおも外側へと膨張を続ける帝国。日本の隣にあるのは、そういう「異形の帝国」だと言う事実を、我々日本人は、きちんと考える必要があるのだと思います。

【孫文の演説:中華民国の建国宣言の時の「中華民国臨時大総統宣言書」】

「国家の根本は人民である。漢、満、蒙、回、蔵の諸地方を一つにして一国家とするとは、すなわち、漢、満、蒙、回、蔵の諸族を一つにすることである。…これを民族の統一と言う。…武漢を皮切りに十数行省がまず独立した。いわゆる独立とは清廷の支配から離脱し、各省が連合することである。蒙古、西蔵の願いもまたかくのごとし。行動を統一させ、道を踏み外さず、重要決定は中央で行い、縦糸横糸を四方の境界に張り巡らす…これを領土の統一と言う。」

この宣言には、漢、満、蒙、回、蔵の五族を一つに融合同化して単一の「中華民族」を創出するという意図が含まれている。五族が各々自主独立するという「民族主義」は、列強の侵食を許す分裂亡国の民族主義として退けた。

【1920年~1921年の孫文の言葉】

「我が中国のあらゆる諸民族を一つの中華民族に融合せねばならない。同時に中華民族を文明的民族に作り上げなければならない。そうして初めて民族主義は仕上がったことになる」
「中国に唯一存在して良いのは漢族=中華民族の民族主義のみで、他の民族の独立を謳うような複数の民族主義は存在してはいけない」

優秀な漢族が中心になって、遅れた他の四族を指導し平等化するという中華民族国家体制を想定している。この意味で「近代化した華夷秩序/中華イデオロギー」と言える。中華ナショナリズムはこのように、「民族平等思想」と言う名の新たな中華思想の下敷きとなり、複雑骨折していった。現代の中華人民共和国は、この孫文の「民族平等思想」を継承している。

現代の「少数民族」には相反する二つのイメージがある。「大一統の下に凝集」「保守で落後」。これが少数民族優遇政策の際のイメージとなっている。少数民族の到達目標は漢族とする。少数民族は皆、漢語を学び、漢族的な思考・行動様式を取るように指導される対象である。 民族独自の生活様式や宗教信仰の自由は、中国共産党に許容される範囲内に限られる。

【習近平の演説:2015.09.03北京軍事パレードにて】

「靡不有初、鮮克有終(初め有らざるはなし、克〈よ〉く終わり有るは鮮〈すく〉なし=誰でも最初は頑張れるが、最後までやり遂げるのは少ない) 。中華民族の偉大な復興の実現は、一代、そしてまた一代の人々の努力が必要だ。中華民族は5千年以上の歴史を持つ光り輝く文明を創造した。必ずやいっそう光り輝く将来も作り出すことができる。」

過去の歴史をどのように認識し解釈しているか、その内容も窺える演説となっている。「中華民族」は近代に出来た言葉であり概念だが、その概念を5千年に渡る過去の大陸史に一気に投影する事で、現在の状況を正当化するという形になっている。

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佐村河内守氏のゴーストライター問題が炎上している事を受けて、身体障害&精神障害というものについて、占星術が物語る人生論という面から考えてみました:

占星術的には、個人の要素は、太陽・月・水星・金星・火星・木星・土星という七つの惑星によって暗示されているとされ、個人の枠を超える要素は、天王星・海王星・冥王星、つまり土星より遠い星=トランスサタニアンによって暗示されているという風に考えられているそうです。

土星とは非常に多義的な意味を与えられた「境界」の惑星であり、個人の枠に留まらず、社会システム、或いは時代の区切り、マナー、ルール、倫理、自律、厳格なる先人、といった意味もあるそうです。

《以下、試論です》

障害というのは、先天性であれ後天性であれ、人間の生き方や社会的な可能性を著しく制約するという意味で、極めて土星的な要素として働くと考えられます(土星の凶星としての働き)。

土星とは、境界的な要素を持つ惑星であり、同時に偉大なる凶星です。故に、身体障害や精神障害は、「社会の壁」や「人間関係における壁」を伴うだけで無く、「人と人との境界」・「人と社会との境界」そのものを歪める可能性に満ちているという事が、充分に認識されている必要があるのでは無いでしょうか。

身体障害や精神障害は(そして、老化に伴う様々な不調や障害も)、歴史的には、極めて目に触れにくい存在として扱われてきました。それ故に、それは必然として、人間の闇の領域、或いは社会の闇の領域としての意味を持つと考えられます。そして凶星は、闇の領域でこそ、その凶星としての本領を発揮する…

土星の外側に広がる闇の領域とは、即ちトランスサタニアンの領域であります。

この事実は重要であります。

何故なら、身体障害や精神障害といったものは、そして、老化に伴う痴呆などといった障害も、その本質は、トランスサタニアンから来ると考える事が可能だからです。

トランスサタニアンは、時に人間や社会を滅ぼす要素として働きます。介護問題が深刻化して貧困や親族殺人といった社会問題を招くように、或いは、障害者手帳の不正取得によって財政を圧迫するように、社会を動揺させる要素としては、無視できない影響力を持っています。

社会倫理、社会常識、法律の運用、適切な管理、社会救済システムの充実などといった土星的な要素が、太陽・月・水星・金星・火星・木星の各要素と共に、如何に磐石であるか、如何に改善されているかが、運命を左右すると言っても過言では無いと言えるかも知れません。

土星の軌道が防御シールドとなり、トランスサタニアンから来る禍いや重圧を防ぐと言われています。

次に、障害と個人の問題です。これは人によって大きな個人差があるだけに、安易な一般論化は、それ自体が危険ではあるかも知れません。

個人が、身体障害にせよ精神障害にせよ、直接、トランスサタニアンから来る本質…障害を背負うというのは、個人の人生の中で、一体どういう意味を持っているのか。

個々の当事者では無いだけに推論の域を出る事はできませんが、トランスサタニアンから来る「障害」という要素は、その人の、個人の人生や世界への眼差しというものを、相当に変形させる要素として働くのであろうと想像する事は可能です。

身体障害や精神障害は、それ自体、トランスサタニアンとしての重圧を持っている(だからこそ、我々はそれを、人を深い意味でボロボロにするもの…障害であると定義するのかも知れません)。健常者なら七つの惑星を回るところ、障害者は強制的に、常時トランスサタニアンの側に押しやられ、若い頃から土星の外側を回っているのかも知れません(社会的に「障害者=見えない存在」とされた時代の名残を、現在もまだ引きずっているのは事実だと思われます)。

子供の期間(8歳-15歳)や青少年の期間(16歳-25歳)は、各々、水星・金星で暗示されていると言われていますが、障害者の場合、そこにトランスサタニアンが絡み、各々、天王星と海王星の凶星としての作用が降りかかってくると考えられます。

凶星としての天王星は破壊や革命としての作用で知られる惑星であり、凶星としての海王星は混乱や迷走としての作用で知られる惑星です。いずれにしても、想像する限りでは、穏やかな作用では無さそうです(ことに幼少時に既に障害を持っていた場合、障害の影響に悩む事無く子供時代や青少年の時代を過ごせたと言う障害者は、ほぼ皆無かも知れないという事は、これだけは一般的に言えるかも知れません)。

「周囲とは明らかに異なる自分/障害を持つ自分」という認識は、ようやく独り立ちを始めた未熟な自我を破壊するのに充分すぎる重圧を持つと思われますし、その後に来る「障害者としての自分の確立」という作業は、近くにロールモデルとなる目標や対象が存在しない場合、どうしても海王星ならではの、アイデンティティの迷走や混乱を伴う作業になるに違いありません。

そして、このようなトランスサタニアンの凶星としての作用は、障害者個人の世界観や社会(土星的な要素)に対する考え方に、間違い無く甚大な影響を及ぼすと予想できます。

(「老化による衰え」という一般的事例でも、「私はまだまだ若い!」という風に、自分の身体の老化と衰えを否定する人が多く見られます。障害者の中でも多分、同じ事が起こるのだと類推できます。この場合、老化による衰えどころか、文字通り「障害」としての認識をせざるを得ず、想像する限りでは、それは宗教的な意味で言う「業苦」に等しいもののように思えます)

占星術の議論を信じるとすれば、トランスサタニアンの本質と向き合うと言うのは、総じて個人の努力の枠を超える問題です。巨大な凶星を使いこなす事は、人間には非常に難しい事だと言われています。障害者もまた「人間」と言う存在枠を超え得ない以上、「障害」として降りかかるトランスサタニアンの重圧と渡り合うのは、非常に難しい作業であると想像する事は可能です。

故に、障害者の場合、健常者以上に、「意識して土星を使いこなしている」のでは無いかと考えられます。トランスサタニアンから来る重圧と渡り合うための土星枠は、障害の影響を可能な限り小さくし自力で管理するための枠ともなり、ある時は自分を守るために他人をシャットアウトする防御シールドとなり、同時に、自分を封印する呪縛ともなる…

(土星は人間にとっては負担となる要素でもあるので、殆どの健常者は、「意識的に土星を使う」という事は、余計な困難と面倒がある分、やりたがらないと思います。むしろ土星の要素から逃げるし、土星的な要素からは一時的にせよ逃避可能というのが、健常者の特権かも知れません。障害者は、もっと重いトランスサタニアンと渡り合う必要があるので、土星的要素を省くという選択自体が存在しない状態だと思います)

占星術の側面から考えてみる限りでは、健常者には到底理解できない、「トランスサタニアンの重圧による、枠そのものの歪み」という事情が、障害者の人生に重くまつわりついているという事が指摘できるかも知れません。

しかし、社会性を無視した、自分本位な土星の使い方は、一般的に、必然として、「人間関係における歪み」「社会と自分との関係における歪み」となって現れると言われています(その典型的かつ巨大な事例が、オウム真理教の教祖であった麻原氏であろうと思われます。麻原氏は視覚障害者だそうです)。

土星は、通常なら30歳ごろに人生初の重圧をもたらす惑星であると言われています。

幼少時に障害者になってしまった場合は、幼少時からトランスサタニアンの重圧を受けているとすれば、土星は、トランスサタニアンとの密接な渡り合いのために、30歳前に既に「傷つけられ、歪められた星」となっているのかも知れません。

障害者にとっては、30歳ごろというのは、自分と他人の関係&社会との関係を仕切る土星そのものの、歪んだ重圧に耐えつつも「歪み」の破壊にとりかかるという、二重の矛盾に満ちた苦労をする時期であるのかも知れません。

障害者にとってのサターンリターンが、土星どころか冥王星の力として作用する可能性や危険性は、多分あります。冥王星は、凶星としては最強のダークサイドを持つ惑星であり、無意識の力や、破壊のための破壊を暗示すると言われています。

このサターンリターンという、人生の試練のステージをきちんと果たせなかった障害者は、自身の「歪みを持ちながらも卓越した土星機能」ゆえに、自身が悪魔的な存在として見られてしまう、悪魔的な存在に変容してしまうと言う可能性に、「スピリチュアル的な意味で気付くべきである」と言う風には思うのです。第二の麻原の出現を防ぐためにも…

※聴覚障害者として知られる作曲家・佐村河内守氏(2014年時点、50歳)のゴーストライターの事件は、世間の耳目を集め、実際に、障害者に関わる制度変更を政府に検討させるという影響をもたらしています。ゴーストライター新垣隆氏が曲を書き始めたのは、公開資料によれば佐村河内守氏33歳の時だそうで、時期的には、佐村河内守氏のサターンリターン期間に相当するようです。障害者ゆえの土星枠を間違った方法で扱ってしまい、冥王星よろしく暴走させてしまったのでは無いかと想像するものですが…これも、時代ゆえの運命?

健常者にも障害者にも共通して言える事は、人生の境界と出逢う時、太陽から始まる七つの惑星の要素が(特に土星の要素が)、その時までに、どれだけ人生における深みや厚みを達成できたかが、やはりポイントである…と言う風には思われるのであります。

社会的にトランスサタニアンと渡り合うという作業においては、やはり「闇の惑星から来る本質」に対する理解や、土星枠に相当する社会福祉の努力が、社会リスクの低減に大きな効果を発揮すると申せます。社会問題化しているという事実は、我々の社会システム、即ち我々の土星要素の地道な改善が、なお求められているという事を示していると言えましょう。

某所の「男の浮気が許せない(仕事も持っていないのに、責任も考えず子供を作って逃げてしまう)…キリスト教の倫理って何だろう?」などの議論に関する当サイトの回答として:

倫理の問題は、難しいものの一つであると思います。いささかオカルトに偏るものになりますが、当サイトは以下のように考えるものです。

良く聞かれる男性の勝手気ままな浮気行動は、母系社会であった頃の社会的慣習(か、習慣?)の名残です。いわば「社会の変化についていけなかった意識」による「時代遅れの何か」では無かろうか…

(進化と退化は、同じ時代の中を入り乱れるもの)

人類の社会は、その昔、母系社会であったものが父系社会に変容した…という風に言われています。その原因となったのは、女性(生物学上の人類のメス)の出産に関わる生物的・遺伝的な変化だったのでは無いか…と、当サイトでは考えています。

かつて、人類もまた動物と同様に、出産は難しいものでは無かった筈です。母系社会の全盛の頃は、「強い遺伝子を残す」という目的もあって、 今では「倫理的に問題」というような「気ままな交渉(浮気とか・乱交とか)」も多かったと思います(サケやカエルの産卵とか、魚類・両生類は、今でもそうしています)。

人類の中で結婚制度が明確に確立していなかった母系社会の時代、当然、男女間の倫理も曖昧で(親子間の倫理は流石に厳格だったと思います)、子孫についても、「父親が誰か」という事は不問だった筈です。

しかし、遺伝子の変化により出産が重くなり、女性の半数が出産で命を落とすという時代になってくると、男女の社会的優位性が逆転し、必然的に父系社会へと切り替わっていったのでは無いかと考えられます。

父系社会は富や権力の集中もあって、母系社会をはるかに上回る文明レベルや生産力を発揮しており、母系社会は急速に時代遅れになり廃れていった…そして、母系社会の中では容認されていた男女間の気ままな交渉も含めて、様々な行動が倫理的に問題とされ、タブーとなっていった。

そういった、人類レベルでの大きな変化が、キリスト教が生まれた二千年前の前後に起きていたのでは無いでしょうか(神話の変遷を考えると、もう少し前かも)。

以上、色々考えてみると…

倫理とは、人類社会を回転・変容させる、自動車のハンドルのようなものかと思われてきます。富の力の濃縮(エネルギーの濃縮)や、駆動力や投資(自動車のエンジンやアクセルに相当)があっても、ハンドルが無ければ自動車が思う方向へ進まないように、倫理が無ければ、新しい地平線に辿り付く事すら出来ません。

キリスト教は父系社会の発展に伴う産物であり、同時に母系社会の衰退・消滅に伴う産物でもありました。聖書の記述やその解釈の歴史からは、そうした人類社会における背景の変化や、それに伴う様々な価値観の混乱が、明確にうかがえるものです。

父系社会の発展に伴い、今の社会(代表:キリスト教の社会)の基底をなす「男女間の倫理」や「繁殖行動におけるタブー」が、次々に確立していったのです。

(「女性の浮気は絶対にダメだ&大罪だ」というのも、財産・地位における男子直系の相続を重視する父系社会ならではのルール。相続問題の紛糾を防止するために、「父親が誰か」と言うことを、一片の疑いもなく明確にしておく必要があったのです。結婚制度が厳格になったのもそのためです。実際、キリスト教の儀式では、男女の清らかな結婚が重視されています)

おそらく、人類の中で最初に父系社会に変容したのは、キリスト教の発生地でもあったイスラエル・中東・アラブにわたる地域だったと思います。

二千年前、人類の集合意識そのものが、父系社会への変容を受け入れる状態になっていた…

(そしてこの事は、何故に全世界に「キリスト教≒父系社会の約束事」が広まったのかという、世界史における疑問の回答にもなると思います)

それ以来、父系社会の拡張・全盛の時代が二千年続いて…現在の高度科学・文明社会に至るのであります。

現代は、医学の発展により、出産における女性の生存率が再び上昇し、それ故の再びの男女逆転が起きている部分もあります。更に遺伝子の方面では、男性遺伝子(Y遺伝子)は急速に縮小していると言う報告がなされており、遺伝子異常による遺伝病もまた増加傾向にある…生物学上の「人類のオス」が消滅するのは、それ程遠い時代では無いとも言われています。

また、平均結婚年齢・出産年齢の上昇により、子孫減少、ひいては人類そのものの繁殖力の弱体化、という危機的な変化も認められるようになりました。公害による影響も、ますます拡大しています(かつての出産の困難化に匹敵する、大きな危機的な変化だと思います)。

こういった変化が、将来どんな社会を作り出すのかは、今はまだ誰にも分からないのでは無いでしょうか。母系社会⇒父系社会⇒…その後に来るのは、一体どんな社会なのか?

いずれにしても、「その時」は、遠い未来の話ではありません。ここ千年の間に、或いは数世代の間に、急速に切り替わっていくものと思われます。かつて、人類社会が、母系社会から父系社会に急速に切り替わったように。

その時、冒頭の「浮気男」は、社会的には如何なる扱いになるのか?というのも、かなり興味深い問題だと思います。当サイトとしては、「二千年以上も経つのに、原始の母系社会の意識のままである」⇒「退行現象」として扱われるのでは無いかと思いますが…

(そもそも、社会や倫理の変化についていけない意識を持っている⇒人類の集合意識において、進化・退化につながる分裂が先行して起きていても、不思議では無いように思います)

当サイトとしては「人類の進化に関するヒトラーの2039年予言」は余り信じておりませんが、「ここ千年の間に、人類レベルの大きな変化が生じるだろう」という点では、「かなり可能性はある」という風に考えております。

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