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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:萩原朔太郎(廣瀬川)

「廣瀬川」

廣瀬川白く流れたり
時さればみな幻想は消えゆかん。
われの生涯(らいふ)を釣らんとして
過去の日川邊に糸をたれしが
ああかの幸福は遠きにすぎさり
ちひさき魚は眼(め)にもとまらず。

「宿命」の中の「物みなは歳日と共に亡び行く わが故郷に歸れる日、ひそかに祕めて歌へるうた」より

物ものみなは歳日(としひ)と共に亡び行く。
ひとり來てさまよへば
流れも速き廣瀬川。
何にせかれて止(とど)むべき
憂ひのみ永く殘りて
わが情熱の日も暮れ行けり。
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詩歌鑑賞:西脇順三郎(エピック)

「エピック」/西脇順三郎(部分抜粋)

・・・・・・
彼らに近づくには
困難な階段を登らなければ
ならない
脳髄は時間と空間を征服する
悪魔の笛の饗宴に
われわれは燕尾服を着た
栗と鶉(うずら)の間をさまよう色の
ネクタイをしめている
・・・・・・
外界と内界が
せせらぎの渦巻のように
混合する
やがてそれがかたまって
アメスィストのように光る
その宝石で舌が切れるまで
それをなめながら
この重い光明と暗黒の世界を
担いで歩く
人間が考えられない
オブジェを発見するのだ
・・・・・・
すべて内面だ
すべて外面だ
内面は外面だ
外面は内面だ
螺旋だけが残る
・・・・・・
ススキの生えた
外面の世界をのぼつて行く
内面はアマラントの影だ
・・・・・・
あの家の前にある
小さい庭は
一万年前の夢だ
永遠は回転しない
時間のロクロは
空間で廻るだけだ
・・・・・・
もめんづるのからむ
藪の路を
青ざめた人間が
通る
人間は果しないものへ
流れて
行く

詩歌鑑賞:伊藤静雄「漂泊」

「漂泊」/伊藤静雄

底深き海藻のなほ 日光に震ひ
その葉とくるごとく
おのづと目(まなこ)あき
見知られぬ入海にわれ浮くとさとりぬ
あゝ 幾歳を経たりけむ 水門(みなと)の彼方
高まり 沈む波の揺籃
懼れと倨傲とぞ永く
その歌もてわれを眠らしめし
われは見ず
この御空の青に堪へたる鳥を
魚族追ふ雲母岩(きらら)の光……
め覚めたるわれを遶りて
躊躇(ためら)はぬ櫂音ひびく
あゝ われ等さまたげられず 遠つ人!
島びとが群れ漕ぐ舟ぞ
――いま 入海の奥の岩間は
孤独者の潔(きよ)き水浴(ゆあみ)に真清水を噴く――
と告げたる