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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:伊藤静雄「野の夜」

「野の夜」/伊藤静雄

五月の闇のくらい野を
わが歩みは
迷ふことなくしづかに辿る
踏みなれた野の径を
小さい石橋の下で
横ぎつてざわめく小川
なかばは草におほはれて
――その茂みもいまはただの闇だが
水は仄(ほの)かにひかり
真直ぐに夜(よ)のなかを流れる
歩みをとめて石を投げる
いつもするわが挨拶
だが今夜はためらふ
ながれの底に幾つもの星の数
なにを考ヘてあるいてゐたのか
野の空の星をわが目は見てゐなかつた
あゝ今夜水の面はにぎやかだ
蛍までがもう幼くあそんでゐて
星の影にまじつて
揺れる光も
うごく星のよう
こんな景色を見入る自分を
どう解いていいかもわからずに
しばらくそこに
五月の夜(よ)のくらい水べに踞(しゃが)んでゐた
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詩歌鑑賞:ヘルダーリン「追憶」

詩歌鑑賞:ヘルダーリン「追憶」

Andenken / Friedrich Hölderlin

Der Nordost wehet,
Der liebste unter den Winden
Mir, weil er feurigen Geist
Und gute Fahrt verheißet den Schiffern.
Geh aber nun und grüße
Die schöne Garonne,
Und die Gärten von Bourdeaux
Dort, wo am scharfen Ufer
Hingehet der Steg und in den Strom
Tief fällt der Bach, darüber aber
Hinschauet ein edel Paar
Von Eichen und Silberpappeln;

Noch denket das mir wohl und wie
Die breiten Gipfel neiget
Der Ulmwald, über die Mühl,
Im Hofe aber wächset ein Feigenbaum.
An Feiertagen gehn
Die braunen Frauen daselbst
Auf seidnen Boden,
Zur Märzenzeit,
Wenn gleich ist Nacht und Tag,
Und über langsamen Stegen,
Von goldenen Träumen schwer,
Einwiegende Lüfte ziehen.

Es reiche aber,
Des dunkeln Lichtes voll,
Mir einer den duftenden Becher,
Damit ich ruhen möge; denn süß
Wär unter Schatten der Schlummer.
Nicht ist es gut,
Seellos von sterblichen
Gedanken zu sein. Doch gut
Ist ein Gespräch und zu sagen
Des Herzens Meinung, zu hören viel
Von Tagen der Lieb,
Und Taten, welche geschehen.

Wo aber sind die Freunde? Bellarmin
Mit dem Gefährten? Mancher
Trägt Scheue, an die Quelle zu gehn;
Es beginnet nämlich der Reichtum
Im Meere. Sie,
Wie Maler, bringen zusammen
Das Schöne der Erd und verschmähn
Den geflügelten Krieg nicht, und
Zu wohnen einsam, jahrlang, unter
Dem entlaubten Mast, wo nicht die Nacht durchglänzen
Die Feiertage der Stadt,
Und Saitenspiel und eingeborener Tanz nicht.

Nun aber sind zu Indiern
Die Männer gegangen,
Dort an der luftigen Spitz
An Traubenbergen, wo herab
Die Dordogne kommt,
Und zusammen mit der prächtgen
Garonne meerbreit
Ausgehet der Strom. Es nehmet aber
Und gibt Gedächtnis die See,
Und die Lieb auch heftet fleißig die Augen,
Was bleibet aber, stiften die Dichter.

「追憶」

北東の風が吹く。
風のうちでも最も好ましい
熱き心と
良き旅を舟人に約束する風だ。
だが今は行け そして言問いせよ
美しいガロンヌの流れに
ボルドーの数なす庭園に。
そこでは岸辺の断崖に
細い道が通じ 大河の深みに
小流は落ち込み その上に
槲(かしわ)と白楊(ポプラ)の
高貴な一対の林が見晴るかす。

私は思い出す
楡(にれ)の森が広やかな梢を
水車の上へ傾げているのを。
中庭には無花果(いちじく)が生い茂り
祝祭の日には
褐色の肌の郎女(いらつめ)たちが
絹のような地面を歩む。
時は三月
夜と昼の長さを等しくする頃のこと。
ゆるやかに延びてゆく道野辺
金色の夢を重く載せ
ひとを眠りに誘う微風が流れる。

恵みたまえ わが憩いのために
暗い光に溢れた
香り立つ盃(さかずき)を。
木蔭に結ぶまどろみの甘さよ。
好くないのは
魂も虚ろに 死すべき
思いに沈むこと。
好いのは ひとと語らい
内なる情熱を述べること。
愛の日々について
いにしえの諸々の業について
耳傾けること。

しかし友はいずこ? ベラルミンと
彼の仲間は? 水源に遡るのを
恐れる者は多い。
豊かなものが集い始めるのは ほかならぬ
海なのだ。人々は
絵師が描き込むように 地上の美を
蓄積し 帆を翼のように翻す
海上の戦をも厭わず
むき出しの帆柱のもと
長い孤独の中にも住む。
夜を照らす街の祝祭も
絃楽も 郷土の舞踏もない所で。

今や天竺へ
男らは赴いた。
葡萄の山々に寄り添う
風吹き通う岬から。
ドルドーニュが流れ下り
そして壮麗なガロンヌと交わり
海のような広さとなり
注ぎ出る所。そして 記憶を奪い
また与えるのは海。
そして ひたむきな眼差しを きざすのは 愛。
しかし うち残るものを樹(た)てるのは 詩人たちである。

参照:『ヘルダーリン詩集』川村二郎・訳/岩波文庫

(殆ど川村氏の訳を参照していますが、一部、当サイト解釈による言葉の変更が混在)

私製和歌まとめ「日は高く」他

◇日は高く-千早佐保姫-比礼を振り-嵐は猛る-緑の丘に

◇嵐来て-雨風乱る-空になお-春とし聞けば-咲くやこの花

◇翼駆る-白の一列-北帰行-無限に遠き-空の彼方に

◇震災の-瓦礫のその名に-し負うとも-過ぎにし人の-思い去らずや(3.11大震災の瓦礫処理問題に寄せて)

◇真砂なす-星に願いを-込める夜-橋渡せるや-天つ白鷺(2010年夏、七夕に寄せて)

◇神々の-戦ありなむ-西暦の-二千と十の-夏の激しさ(2010年の夏は例年にない猛暑として記録に残るレベル)

◇炎天の-叩き落とせる-青柿が-石路(いしみち)の上(へ)に-蒸されたる見ゆ(2010年夏の炎熱に負けて多くの未熟な柿が路面に落ちる)

◇陽に討たれ-我が隣にて-逝きし人-去(い)ぬる時は-かくも疾(と)きもの(2010年夏、熱中症による死者が近隣でも増加

◇窓と空-分かちがたくて-仰ぐなり-風に震える-人の世の秋(2010年秋、気になった写真に寄せてhttp://amselchen.exblog.jp/14162718/)

◇亡国の-予言覆いし-わが国の-真夏の裁きは-未だ終わらず(2011年夏、大震災後初の暑熱の季節、予期せぬ停電の恐怖と共に)

◇風立ちぬ-生死を分ける-煉獄の-如き航路に-人を問う神(2011年夏、熱中症死者が再び増加。節電のため秋にも熱中症が発生)

◇朝露の-命刻める-戦国の-世紀を偲び-黙せりこの日(2011年夏、戦後66年目の8月15日。或る意味では節目の年)

◇天抜けて-雨降り注ぎ-土砂崩れ-無限にかなし-夏の青空(2011年夏・秋の大雨。東北は新潟&福島、近畿は那智勝浦で激甚災害)