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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:ヘルダーリン「遠望」他

詩歌鑑賞:ヘルダーリン

遠望(1671.3.24)

緑が平坦な遠方から見え始める時、
広やかな昼は人間に様々な形象で明るい、
夕べの光が薄明へと傾き、
微光が昼の響きを優しく和らげるまでは。
しばしば世界の内面は雲に包まれ、閉ざされる、
人間の思いは疑念に充ち とどこおる、
壮麗な自然は彼の日々を明るくし、
彼方には疑念の黒い思いが佇んでいる。

冬(1842.3.9)

野は荒涼としている、遥かな高みには
ただ青い天空だけが輝いている、そして彼方に続く小径に似て
自然の風光は一様だ。風は
清新に吹く、自然はただ明るさに包まれている。

大地の一刻一刻は 明らかに天空に
囲まれている、過ぎ行く昼に、そして
星の群がりが高く現われる清澄の夜に。
そして生は遠く開けて霊性を増してくる。

冬(1676.1.24)

年が変わり 壮麗な自然の
光が過ぎると、季節の輝きは
もはや栄える事が無い、日々は歩みを速めて
過ぎてゆく、しかしまた歩みをゆるめて留まる。

生の精神は 生き続ける自然の
季節ごとに異なる、日々はさまざまに
光を広げる。しかし変わることなく新しい姿は
選ばれたものとして人間の心にかなう。

冬(1743.1.24)

年の日が傾き
四方の野も山並みも沈黙すると
空の青みは輝き
日々は星座のように晴れた高みにそば立つ。

交替と壮麗との拡がりは少なくなった、
彼方の河はその流れを速めている、
しかし安らぎの心は時ごとに
壮麗な自然と深く結び合っている。

時の霊(1748.5.24)

人間はこの世界において生と結ぶのだ、歳月は移り 時代は高みを目指し
変容は続く、それに従って今もなお見出される多くの真実がある、
こうして伝統が多様な歳月を貫くのだ、
完全はこの生において結実し
人間の高貴な努力はこの生に随順する。

『ヘルダーリン全集2』手塚富雄・浅井真男(訳)河出書房

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月光の中の散歩、クリフォードの丘/ジョン・クレア

月光の中の散歩(Moon Light Walk) L I 431./『後期詩集』ジョン・クレア

太陽は、愛する者の最後のまなざしのように
塔と樹木に、さよならの笑顔を見せてしまった。
そして全ての森の、蔭という蔭に
私を喜ばせる静寂を残して去った。
その間、周りの全てがたいそう清らかに見えるので
私の神様が近くにおられるのでは、と空想し、
あるいは何か甘い夢のなかにいるのでは、と考える、
この夢では夕べの月が、澄みきって輝いている。

今や夕べの露が降り始めている、
そして砂利の上に月の光線が、あまりに明るく
暗闇に投げかけられて舞い降(くだ)り、輝いているので、
月の光は、拾い上げることができそうに見える。
暗闇に似た柩の黒布より、さらに黒々とした
樅(もみ)の木の低地が、ひとかたまりになった影をなすので
まったく地面がないように見える影のあたりを
触ろうとして腰を屈(かが)めねばならないのも月の明るさ。

夕刻の歌を奏でながら、近くに羽音をたてる
粉ふき黄金(コフキコガネ)は、何ときれいなバグパイプ吹きなのか、
この昆虫は、ハリエニシダに覆われた荒野、厳(いか)つい雑木林で
ただ一人出歩く人に出会ってくれる。
今はもうべちゃくちゃした昼間の語りは終わった、
そしてこの景色をただ一人だけに残してくれた、
だから私は、月光に照らされた散歩道をそぞろに歩く、
この道の楽しみがみな私のものだと想いながら。

*****

クリフォードの丘(Clifford Hill) L II 675./『後期詩集』ジョン・クレア

川は蛇のように くねくねと流れる、
緑の牧草地に沿いながら、
そして夏の季節の夕刻には
水車の回転が大きな響きをたてる。
水車のあたりに水が疾(と)く行き過ぎるのと同じに
ひとのいのちも疾(と)く行き過ぎてゆく。
私は草地のうえに腰をおろす、
この美しい眺めを探るために。

頃は夏の日、そして露多き夕べ、
太陽はうるわしく低くたれ込む、
私は微笑む、しかし心は悲しむ、
水と波が流れ去るから、
あまりに濃き緑の菖蒲を見るから、
太陽があまりに波を輝かせるから。
私はこの愛らしい夕べにここをさまよう、
驚きと歓びとに満たされながら。

クリフォードの丘には、樅(もみ)の木が黒々と見える、
その下には輝いている川、
水車の下では、流れは全て泡立ち、
そばには美しい花々が咲きそろう。
朝も晩も、私がそぞろに歩くのはこのあたりだった、
愛を籠めてじっと眺めながら
夕陽で金色になった光が
向こうの空に落ちてゆくまで――

そうとも、親しいものとして私はこの景色を愛する、
あの樅(もみ)の木に覆われた丘も親しいもの、
この場所ならまったく安全に野鳩は巣作りし、
水車はクリック・クラックと回り続け、
今は《自然》の心地よい休息のなかで
私もしばらくこの場を立ち去る。
蜜蜂は薔薇の花の中に埋もれてしまった、
そして人は労働から去ってしまった。

詩歌鑑賞:西脇順三郎(眼・睡蓮)

眼/西脇順三郎

白い波が頭へととびかゝつてくる七月に
南方の奇麗な町をすぎる。
静かな庭が旅人のために眠つてゐる。
薔薇に砂に水
薔薇に霞む心
石に刻まれた髪
石に刻まれた音
石に刻まれた眼は永遠に開く。

宝石の眠り/西脇順三郎

永遠の
果てしない野に
夢みる
睡蓮よ
現在に
めざめるな
宝石の限りない
眠りのように