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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:ハウスマン「ウェンロックの丘にて」

On Wenlock Edge

On Wenlock Edge the wood's in trouble;
His forest fleece the Wrekin heaves;
The gale, it plies the saplings double;
And thick on Seven snow the leaves.

'Twould blow like this through holt and hanger
When Uricon the city stood:
'Tis the old wind in the old anger,
But then it threshed another wood.

Then, 'twas before my time, the Roman
At yonder heaving hill would stare:
The blood that warmed an English yeoman,
The thoughts that hurt him, they were there.

There, like the wind through woods in riot,
Through him the gale of life blew high;
The tree of man was never quiet:
Then 'twas the Roman, now 'tis I.

The gale, it plies the saplings double,
It blows so hard, 'twillsoon be gone.
Today the Roman and his trouble
Are ashes under Uricon.

ウェンロックの丘にて/A.E.ハウスマン・作/武子和幸・訳

ウェンロックの丘に森がざわめく。
リーキン山には森が羊の毛のように波打つ。
疾風は若い木を二つに折り曲げ、
木の葉はセヴァーン川に厚く散る 雪のように。

風は雑木林や山腹の森をこのように吹き抜けていったものだ
ユリコーンの町があった頃も。
むかしながらに吹きすさぶむかしながらの風だが、
それが吹きつけていたのは別の森。

そのころ、私の時代よりもむかしのことだが、ローマ人が
そこに波立つ丘を見つめていた。
ひとりのイギリス人の農夫に生命を伝えた血、
彼のこころを傷つけた想い、それらがそこにあった。

森を吹き抜けて荒れ狂う風のように、
生命の疾風が激しく彼を吹き抜けていった。
人間の樹は静まることなく、
当時はローマ人、いまは私。

疾風は若い木を二つに折り曲げ、
強く吹き、やがて静まる
ローマ人とその苦悩は いまでは
灰、ユリコーンの町の下で。
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詩歌鑑賞:ヴィーナス祭(西脇順三郎・訳)

ヴィーナス祭の前晩


作者不詳(ラテン語/古代末~中世初)西脇順三郎・訳

【Ⅰ】明日は未だ愛さなかつた人達をしても愛を知らしめよ、愛したものも明日は愛せよ。新しい春、歌の春、春は再生の世界。春は恋人が結び、小鳥も結ぶ。森は結婚の雨に髪を解く。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅱ】明日は恋人を結ぶ女は樹の影にミルトゥスの小枝でみどりの家を織る。明日は歌ふ森へ祭りの音楽を導く。ディオーネの女神が尊い法を読む。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅲ】明日は最初の精気が結ばれた日であらう。明日は天の血と泡のふく海の球から、青天のコーラスと二足の馬との中に、結婚の雨の下に、海から生れ出るディオーネを産んだ。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅳ】女神は紫の季節を花の宝石で彩る。浮き上がる蕾を西風の呼吸で暖い総(フサ)に繁らすためにあほる。夜の微風がすぎるとき残してゆく光の露の濡れた滴りを播きちらす。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅴ】輝く涙は重たき滴りにふるへる。落ちかける雫は小さい球になり、その墜落を支へる。晴朗な夜に星が滴らした湿りは処女の蕾を夜明けに濡れた衣から解く。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅵ】見よ。花びらの紅は清浄なはにかみを生んだ。そして薔薇の火焔は暖い群りから流れ出る。女神自身は乙女の蕾から衣を脱がせよと命じた。薔薇の裸の花嫁となるために。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅶ】キユプリスのヴィーナスの血、恋の接吻、宝石、火焔、太陽の紫の輝き、とでつくられた花嫁は、明日は燃える衣の下にかくされた紅の光りを濡れた森のしげみから恥じずに解く。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。

詩歌鑑賞:トルストイ(ロシア詩人)

◆アレクセイ・トルストイ(ロシア詩人)

海は泡立たず、波はしぶかない。
鬱蒼として暗い樅(もみ)の枝に風はそよがない。
世界をば鏡のように己が姿に宿しつつ
澄み切って、海は静かに横たわる。
    私は岩に腰掛けている。頭上には羊毛のようなちぎれ雲が
    藍青の空深くじっと浮かんで動かない。
    私の魂はふかぶかと鎮まって行く。
       静かな海と私は一体だ。

砕け、飛び散り、怒濤は私の瞼(まぶた)に塩辛い涙を投げつける。
身動きもせず岩に腰掛けた私の胸にすがすがしい清涼の気が流れ込む。
寄せては返し、また寄せて、激浪は絶え間なく私の城塞に打ちかかる。
波頭には白雪のような飛沫がきらきらと輝く。
    一体私は誰に闘いを挑んだらいいのだ、力強い海よ。
    漲(みなぎ)り来るこの力を誰に向かって試したらいいのだ。
    私の心は今こそ生命の美に触れた。
    おお 波よ、お前達はわが胸の憂愁を洗い流した。
    お前達の咆哮とその水しぶきは私の魂を呼び醒ました。
        この潮騒と私は一体だ。

◆<カラマーゾフ>

わが陥りし幽暗の深淵の底より
われ汝の憐みを乞い求む、「汝」わが愛する唯一のものよ。
世界は陰鬱に、見はるかす地平は鉛にとざされ、
恐怖と冒瀆は夜の闇に漂う。