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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:ヴィーナス祭(西脇順三郎・訳)

ヴィーナス祭の前晩


作者不詳(ラテン語/古代末~中世初)西脇順三郎・訳

【Ⅰ】明日は未だ愛さなかつた人達をしても愛を知らしめよ、愛したものも明日は愛せよ。新しい春、歌の春、春は再生の世界。春は恋人が結び、小鳥も結ぶ。森は結婚の雨に髪を解く。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅱ】明日は恋人を結ぶ女は樹の影にミルトゥスの小枝でみどりの家を織る。明日は歌ふ森へ祭りの音楽を導く。ディオーネの女神が尊い法を読む。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅲ】明日は最初の精気が結ばれた日であらう。明日は天の血と泡のふく海の球から、青天のコーラスと二足の馬との中に、結婚の雨の下に、海から生れ出るディオーネを産んだ。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅳ】女神は紫の季節を花の宝石で彩る。浮き上がる蕾を西風の呼吸で暖い総(フサ)に繁らすためにあほる。夜の微風がすぎるとき残してゆく光の露の濡れた滴りを播きちらす。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅴ】輝く涙は重たき滴りにふるへる。落ちかける雫は小さい球になり、その墜落を支へる。晴朗な夜に星が滴らした湿りは処女の蕾を夜明けに濡れた衣から解く。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅵ】見よ。花びらの紅は清浄なはにかみを生んだ。そして薔薇の火焔は暖い群りから流れ出る。女神自身は乙女の蕾から衣を脱がせよと命じた。薔薇の裸の花嫁となるために。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
【Ⅶ】キユプリスのヴィーナスの血、恋の接吻、宝石、火焔、太陽の紫の輝き、とでつくられた花嫁は、明日は燃える衣の下にかくされた紅の光りを濡れた森のしげみから恥じずに解く。
明日は恋なきものに恋あれ、明日は恋あるものにも恋あれ。
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