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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:伊藤静雄「野の夜」

「野の夜」/伊藤静雄

五月の闇のくらい野を
わが歩みは
迷ふことなくしづかに辿る
踏みなれた野の径を
小さい石橋の下で
横ぎつてざわめく小川
なかばは草におほはれて
――その茂みもいまはただの闇だが
水は仄(ほの)かにひかり
真直ぐに夜(よ)のなかを流れる
歩みをとめて石を投げる
いつもするわが挨拶
だが今夜はためらふ
ながれの底に幾つもの星の数
なにを考ヘてあるいてゐたのか
野の空の星をわが目は見てゐなかつた
あゝ今夜水の面はにぎやかだ
蛍までがもう幼くあそんでゐて
星の影にまじつて
揺れる光も
うごく星のよう
こんな景色を見入る自分を
どう解いていいかもわからずに
しばらくそこに
五月の夜(よ)のくらい水べに踞(しゃが)んでゐた
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