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〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)
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『歴史と民俗のあいだ―海と都市の視点から』宮田登・著1996年(吉川弘文館・歴史文化ライブラリー2)

【地震鯰の発想・鯰と世界蛇】

鯰は淡水魚の一種であり、インドネシアから中国を経て日本列島に及ぶ地帯に生息している。鯰の独特の風貌が擬人化されて鯰男のイメージとなったのは日本の庶民の間であり、地震鯰の発想は、日本の民俗文化の一つの特徴と言えるかも知れない。

地震鯰は地域性が強いが、世界蛇の方はより普遍的である。これはイランからアッサム、ビルマ更にインドネシアの島々に分布しており、その中心はインドとその影響を受けた東南アジア地域である。大地の底に竜蛇が居ると言う神話は、インドでは竜蛇がぐるりと世界を取り巻いていると言う考え方になっている。

【鯰と巨人】

行基式と称される古地図は、列島のイメージを鯰あるいは鯨に似せているものであり、地震鯰ではなく地震鯨と言っても良い。重要な事は、この巨魚を巨人が石か剣で押さえていると言う考えである。

鹿島明神は建御雷命であり、高天原から降臨して国土を鎮めた功績により、東国の境界に守護神として鎮座した。特に北方に向かって聳立する巨人の面影がある。この大神が油断して要石を抑える力が緩むと、大地震が起きると言うモチーフは、阿蘇山の神話にもうかがえる。

阿蘇の大神は建磐竜命(たけいわたつのみこと)である。この神はかつて天皇の命により阿蘇に入った。外輪山から見ると、そこは巨大な湖である。そこで大神は外輪山の蹴破れそうな場所を探してそこを蹴破り、湖水の水を放出した。湖の主であった大鯰は流出して、麓の一の宮町に留まったと言う。大鯰が住む川を黒川と言い、別称鯰川とも言う。この鯰は大神の眷属であるから食べてはいけないと言われている。

また、巨大な鯰で尾が分かれて六ヶ村に渡っていたとか、若宮神社のご神体が洪水で流されたが鯰によって助けられて戻って来たと言う伝説もある。また大神によって大鯰が殺され、その死体は湖水と共に黒川を流れ落ち、辿り付いた土地の名を鯰と言ったり、大鯰の身体が六荷もあったので、その地を六嘉と命名したと言う地名伝説もある。

要するに、阿蘇大神は巨人であり、踏ん張って押さえていた大地を蹴破った事により、湖水の底の大鯰が暴れた事になる。鯰以前に、単に大魚が湖底に臥していたという伝説があり、大魚は大神の国土建設以前の地主神とする考え方もある。

阿蘇山頂には「神霊之地」があり、『続日本後記』承和7(840)年9月の条にも記載されている。天下に異変ある時には、この地に対して朝廷からの祈祷があり、奉幣が行なわれていたと伝えている。

阿蘇山の神話を、大地を支える巨人の変形したモチーフと見なすならば、これはむしろ、朝鮮半島に多く類話が見られるものである。ここでは抑え込んでいる筈の竜蛇や大魚の影が薄くなっている。阿蘇では、大鯰が暴れる伝承が途絶えているが、大神の眷属として守護霊に化して、現在まで伝承されているのである。

福岡県筑紫野市には、鯰の形をした3個の大石があって、これを「鯰石」と称していた。この石は、かつて菅原道真が鍬柄(すきえ)川の鯰を斬り殺したのが石に化した物と言い、大旱が続いた時、この石を酒で洗って祈ると雨乞いに霊験があると伝えている。ところが明治6(1873)年に雨乞いをした時、この石を焚いてしまった。それ以後、石が裂けてしまい、鯰がそこから多く発生して来たと言う話もある。

【物言う魚】

大鯰が水界の魚王で、危険が迫った時にそれを回避しようとして、人間たちにメッセージを送る。しかし人間はそれを十分に受け止めないままに、自然界の破局が起こると言う、共通したモチーフを持つ説話群がある。

大鯰以外にも、ウナギ・イワナ・コイ・サンショウウオなどもあって、魚類と人間の交流の在り方が、まず考えられていたのである。魚たちの住処が人間の侵犯行為によって破壊されると言うところから、「物言う魚」の存在がクローズアップしている。その事は、天変地異と言う出来事が、人間に対する天譴であるとする原初的心意に基づいている事を示唆している。

大魚はいずれも水界の主であり、その支配する自然界が人間によって浸食される事を未然に防ごうとして失敗した。その恨みから大洪水・大津波を起こすと言う結末に至っている。こういう、「物言う魚」型の鯰の伝説が、まず挙げられる。

【鯰を食べない伝説】

資料:淀姫(與止日女)神社の縁起

淀姫さんの氏子にはなまずを食うてはならぬという掟があり、食えば腹が痛むといわれている。
その昔、川上川には魚もたくさんいたが「かなわ」といって、まむしが年を経て変化したという怪物がいた。夜更けになって官人橋を渡ると、この「かなわ」に襲われて死んでしまうので、土地の人はこの得体の知れない怪物に恐れおののいていた。
ある夜、2人連れの親子が舟に乗って川魚をとり始めたが、思いもよらぬ大漁なので、時のたつのも忘れて夢中で漁をしていた。ところが突然火の玉のようなものが舟へ近づいてくる。あっ、これが日ごろ聞いていた「かなわ」だと思った途端、2人ともびっくり仰天して気絶してしまった。
それからどのくらいたったか、ふと気づいて辺りを見ると川岸に30cm余りの大なまずが死んでいた。恐ろしく腹がふくれているので、2人は恐る恐るなまずの腹を切り開いてみると、まさしく「かなわ」をのみ込んでいた。
さては、このなまずが危ないところを助けてくれたのかと感涙にむせび、このことを村人に告げ、ねんごろに葬ったうえ、今後はどんなことがあっても決してなまずを捕らない、なまずは食わないと淀姫神社に固い誓いを立てたという。
また、なまずは淀姫さんのつかい(従者)だから食わないという伝えもある。/出典:大和町史P.663(佐賀県佐賀市)
淀姫神社は、県社河上神社で与止日女という女神を祭神とする古社である。縁起によると、神功皇后が半島に進出の折に海神を祀り、航海の安全と勝利を祈った。神功皇后の妹に当たる与止日女命は磯童と共に竜宮に到って満珠干珠をもたらした。満珠は青、干珠は白であって、この二つの宝珠は風雨を起こす力がある。戦いの際、これにより敵船を覆した。凱旋した後は川上にある神社に納めたと伝えられている。しかし、その神社は何処にあるのか判明しなかった。ところが与止日女命が磯童と共に竜宮に到る際に乗って行ったのは海神の使と称する大鯰である。その後、鯰は淀姫さんの眷属であり御使であると言うようになった。それでこの鯰を捕らえて食べるような事があれば、海神の怒りが立ちどころに起こり身体が鯰のように膨らんでしまうとか、腹痛を起こすと言われている(北九州市在住の江藤徹氏の調査資料による)。

この言い伝えは現在までも残っていて、川上神社の氏子たちは鯰を食べない。鯰が神使であり、祭神の眷属として指令に扱われている。これは指令型と言うべき鯰伝説である。ちょうど稲荷神社が狐を、春日神社が鹿を指令としているのと同様である。

【鯰と異変の予兆】

この淀姫と鯰との関係には、神と神使というモチーフがあり、巨人が抑え込む鯰では無くなっている。しかし、なお断片的ではあるが、鯰による異変の予兆があり、鯰の出現を海の彼方と結び付ける思考が語られていたと言えるだろう。このような「物言う魚」としては、鰻(ウナギ)と鯰(ナマズ)、岩魚などが古来より知られていた。

大魚を捕らえて担いで帰る途中、魚が声を発するので慌てて水中に戻したと言う。もし、そのまま魚を持ち帰ると、大雨になったり、洪水や津波が起きると言う。大魚は人間に化けてこちらの世界に危険を告げようと働きかけているのである。人間の方でその事を解読できかねて、遂に災厄をこうむる羽目になるという伝説が多い。沖縄のヨナタマという人魚は海神の変化であり、ヨナタマが人語をささやいたのを聞き取った母子だけが、一村全滅の危機から救われたと言う話は良く知られている。こうした「物言う魚」が、福岡県や佐賀県下では大鯰に表現されているのである。

滋賀県の琵琶湖の主は鯰である。『竹生島縁起』には、かつて水底に潜んでいた竜蛇が島を七巡り囲んでいたが、それが大鯰に変化した事を記している。湖底の鯰たちは八月十五夜に砂浜に出現して踊ると言われ、特に国土に異変が生ずる時には大群となって出現すると言われている。

このように大鯰が擬人化され、道化役にされやすいのは、鯰の異相によるところが大きいが、それとは別に海神や竜神の変化であり、かつ水界の主であって、神の託宣や予言を伝えるという信仰もある。やはり、それを身近に見ている人々の鯰に対する想像力の帰結するところと言えるだろう。

列島や国土を囲繞しているというのは竜蛇のイメージによるものだが、それが大魚のうちでも、とりわけ鯰へと収斂したのは、やはり幾つかの要件が重なった事は明らかであろう。

【海の彼方からのシグナル】

この問題を海からの視点で捉え直してみると、どうなるだろうか。

黒潮の起点に近いフィリピンのミンダナオ島のマノボ族の神話によると、彼らの先祖はマカリドンという巨人であった。彼は1本の天柱を中心に立て、その傍に数本の柱を立てた。そして自分は中心の柱の所に住み、1匹の大蛇を伴っていた。もし彼が柱を揺すると、大地震が起き、世界は崩壊すると言う。

更にミンダナオ島のマンダヤ族の神話では、大魚は鯰であり、大地はこの巨大な鯰の背中に乗っている。そしてこの鯰が身動きすると地震が起こると言うのである(大林太良『神話の話』)。

明らかにフィリピン南部のミンダナオ諸島の神話の巨人と、黒潮の北限に当たる鹿島大神とが、鯰・竜蛇と言う同工異曲のモチーフを伴っている事に気付かれる。これはまた伊勢神宮の心御柱の地底に竜神が祀られていると言う伝説との共通性も示唆している。

鹿島大神が用いる要石は、大きな柱の先端部であり、その柱が地底奥深く突き刺さっている故に大地は安定している。時折それが大鯰によって揺るがされると言う太平洋沿岸部の伝承に対し、黒潮が対馬海流となっている五島列島、対馬海峡そして北九州の日本海に面した地帯では、先述した福岡・佐賀の淀姫神社の伝説があって、そのモチーフは熊本や香川の方にも及んでいる。この場合の淀姫は、海の女神であって、巫女信仰との結び付きがあった。一方、大魚による天下異変の予兆がうたわれており、これは海の彼方からの特別なシグナルを読み取ろうとした想像力として共通していると言えるだろう。


《管理人コメント》

海洋(黒潮)系の渡来人が持ち寄った神話群と、大陸系の渡来人が持ち寄った神話群との交錯が、大いにあったのだろうという事が想像できます

地図の上で見ると、昔は「熊襲」と呼ばれた九州南部~中央部で、神話ストーリーの流れがほぼ直交している…と言うところが、より興味深く思われました。特にバトル系統の神話が語られた阿蘇山の周辺は、昔から物流の道が開かれており、住み着くに良い豊かな地域だったのでしょう。ヤマト王権の祖をはじめ、数多の古代移民が殺到した事が想像されます。或いは、火山噴火を含む天災の記憶が、このようなストーリーを作り上げた可能性もありますが…

ヤマト王権の東進と共に、大陸系神話も海洋系神話も東進し、そのとりあえずの最終地点が、鹿島エリアでありました。鹿島神話の、均衡を保ちながらも危うい緊張をはらんで語られる内容は、日本列島における大陸系と海洋系の、緊張をはらんだ混血の有様でもあろうと思います

太平洋沿岸に広がった神話ストーリーと、日本海側に広がった神話ストーリーを比較すると、大陸系神話の影響が強くなると巨人の存在がクローズアップし、海洋系神話の影響が強くなると地震鯰や大魚(竜蛇)の存在がクローズアップする、そういう傾向を見て取ることができます

「淀姫」という存在が、神話の交錯の中から生み出されてきた物だとすれば、「淀姫」はある意味、最初に大陸系と海洋系の相克に見舞われた、九州の歴史と知が生み出した物と言えるかも知れません

九州の王朝から見た視点の記録が残っていれば…と、この辺は、歴史の記憶の消失を、惜しく思います

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少し前に遭遇した出来事です。

些細な見解の対立から、統合失調症を患っている人物と、ウツ病を患っている人物と、ビミョウに正義漢(健康な人)と言う人物が、ネット上で議論を交わしているところを見かけました。

結果は、まあ想像の通りで、ビミョウに正義漢(健康な人)と言う人物が勝ち残りました…というか、各個論破して、最後まで残った感じ?

で、議論そのものの結果よりは、「各人のエネルギー状態」の方で、色々考えさせられるところがありました。

  • 健康かつ元気な人=エネルギー満杯/器ステータス・並、ヒビ無
  • 統合失調症の患者=エネルギー満杯/器ステータス・強、ヒビ有
  • 一般ウツ病の患者=エネルギー欠乏/器ステータス・弱、薄い

自然にパッと、「生命エネルギーの器としての精神&身体」という連想が湧きました。

スピ的な議論では、生命体というのは、単に物理的肉体というだけの存在…という訳じゃ無くて、エネルギー体、アストラル体、色々な不思議なエネルギー層が重なっている状態(七層ぐらい重なってる?)…だと言われています。今回の騒動は、それを如実に感じさせられたと言いますか…

霊&魂の議論で、精神&身体の、一体化している状態の人体を考えていましたが…

  • 霊と魂とは、集合無意識でリンクしている
  • 魂と肉体とは、自律神経(或いは"気脈"や"経絡"のようなモノ)でリンクしている

…と言う風に、思索を進められるかも知れません。針灸とか、東洋医学をキチンと勉強しないと、この辺に素人考えで踏み入っても危険だなと言うのはあるのですが。

エネルギー低下した状態を想像してみると。

▼普通の人(健康な人)の「生命エネルギーと器」

疲労から回復しようとする時に、残余エネルギーを活性化・増幅して、器を並々と満たす感じ。

エネルギー活性化する時も、各エネルギー層においてコントロールが充分に効いているので、エネルギー暴走という事も無く、器は割れない。

つまり、疲労状態でも身体は異常な反応を起こさないし、疲労回復する時にも身体異常は特に起きないと言う訳です。若干の頭痛とかの反応はありそうですが…

▼統合失調症の患者の「生命エネルギーと器」

疲労から回復しようとする時に、残余エネルギーを活性化させるが、それが暴走しやすく、器にヒビが入ったり、エネルギーが溢れたりする感じ。

統合失調症という病名を誰が考えたのかは知りませんが、簡にして要を得たネーミングだなとシミジミと感心しました。恐らく、各エネルギー層において協調が取れていないので、コントロールのバランスが崩れやすいのでは無いか。

「活性化エネルギー」=「元気玉」と言う風に単位化して、

本来は、A層で10元気玉、B層で5元気玉、C層で15元気玉を入れる必要があるのだけど、統合失調症の「器」の中では、A層で5元気玉、B層で100元気玉、C層で3元気玉、と言う風に、てんでバラバラな元気玉を用意してしまうのでは無かろうかという想像があります。

で、生命エネルギー(元気玉)に応じた器の強さはあるんだけど、そんな風にバランスが取れてない物だから、暴走したエネルギーの分が、しょっちゅう、器にヒビを入れたりするんでは無かろうか。

疲労した時は普通に疲労状態になるんだけど、それがイビツな疲労状態なモノだから、本当は休息が必要なのに、一方で、過剰に元気そうに見えたり。疲労から回復する時も、身体異常を起こしやすいのでは無いかと想像。

溢れ出したエネルギーの分が、幻覚とか幻聴とか…過剰な感覚・認識を生み出すとしたら、これはこれで、辛いものがありそうです。

そこに「器が強い」というステータスが加わると、統合失調症に対して、いっそう「矛盾」という印象を加える訳で。

暴走レベルの生命エネルギーに耐えられるレベルの強靭な器なのに、そこにヒビが入っている状態。なおかつ霊と魂と肉体の協調が取れてない状態。かえって生命維持の思考が薄くなって、自傷行為に及ぶという風になる…感じでしょうか?

▼ウツ病の患者の「生命エネルギーと器」

疲労すると、なかなか回復しない状態なので、エネルギー欠乏状態ゆえの身体異常が長引く感じ。それに応じて、器の方も、だんだん弱くなって来るんでは無かろうか?と想像です。

健康な人と同じように行動しようとする場合、ただでさえ薄くなってしまった器の中でエネルギー活性化させる訳で、器に"ピキッ"とヒビが入るので、どうしても制約された範囲に留まってしまう。

※知人の知人(過労によるウツ病の人)のケースですが、そろそろ、リハビリ出社を考えてみては?という状態にまで回復した事があったのです。ですが、出社の直前に、突発的に自殺して亡くなりました。リハビリ外出はOKだったのですが、リハビリ出社という段階では無かったんだなと、今にして思ったりします。

「器」の回復に何が必要かは分からないので、如何ともしがたいですが…

いずれにせよ、健康な人と同じ職場での労働を目指すのであれば、基本的に「エネルギー欠乏状態(低空飛行の状態)が長期化する事は、よろしくない」という事は、確かかも知れません。

職場そのものは理想的でも、通勤経路や建物の入り口の状況が理想的じゃ無い事は、多々ある筈です。

「入り口のところで、どうしてもダメ」とか、「いったん中に入れば気持ちが落ち着くんだけど…」というコメントも多少ながら聞かれるところですし、「インターフェース」「ゲート」という場所は、一般的に、或る程度の心理的負荷を及ぼすシロモノであるらしいです。


@うつ病の意味:医学上の特徴として、うつ病は、一見、関連性が見当たらない多様な症状を併せ持つ

一つの人類の集団の中で一定の割合でうつ病患者が生まれるようにしておくと、そのうつ病の特有の性質により、集団絶滅を免れる可能性が上昇する。

米アリゾナ大学、チャールズ・レイトン博士らの研究グループの学説:

  • 伝染病が流行する時期に、他人との接触機会が減る
  • 食欲が低下するため、食物を通じた感染機会が減る
  • 体温が上昇するため、病原体の体内での増殖が抑制される(うつ病患者は、炎症反応が起きやすい事が知られている)

米エモリー大学、アンドリュー・ミラー教授らの研究グループの学説:

  • 戦闘意欲が低下するため(=積極的な不参加状態)、生き延びる可能性が高い(※反応や行動に多彩なバリエーションがある方が、種族としての生存確率は高くなる)
  • 睡眠障害によって眠りが浅くなり、常時覚醒状態に近づくため、予期せぬ危機に対応しやすくなる

@明るい性格と暗い性格

ミスが許されない職業(パイロット、弁護士、会計士、外科医など)は、暗い性格が向く。一般的に、悲観的な気分になると視野が狭まり、特定の対象への集中力が上昇するため。

楽観的な気分になると視野が広がり、多様な情報をキャッチしやすくなる。突飛なアイデアも湧きやすくなる。どちらも生存に必要な性質。

@他人の意見に流されやすい遺伝子COMT

COMT変異型は他人の意見に流されやすい。COMT変異2つ持ち=12%、COMT変異1つ持ち=45%。

この変異の存在の割合の高さは、「信念を貫かない」という性質が、生存に役立つ能力である事を暗示する。また、バリエーションがあるのは、心理的なバリエーションの多彩さが人類の集団の存続に必要であることも意味する。

※純粋に病的な遺伝子変異の場合は、総じて上限3%程度の割合

@正常な心臓に現れる1/f揺らぎによる不整脈

  • 0.25ヘルツ揺らぎ(HF:High-Frequency、3~5秒単位)=肺の呼吸活動の影響
  • 0.1ヘルツ揺らぎ(LF:Low-Frequency、10秒単位)=頸動脈の血圧調整の影響(=脳みそが血液を確保するため)
  • 0.04ヘルツ~0.008ヘルツの揺らぎ(VLF:Very-Low-Frequency、20秒超の単位)=腎臓の活動の影響

第二部「タタシマ」・第五章「熊野道・後篇」の完成版を公開しました

⇒《物語ノ本流》コーナーにコミック&字幕版へのリンク有

第五章「熊野道・後篇」は紆余曲折が多くなったパートです。後のパートに続く考察や伏線が相当に多く含まれている事もあり、ストーリー的に分かりやすかったかどうかについては、反省部分が残っています

此処で提示したストーリー上の設定は、ざっと以下のような物でしょうか:

★伊勢暴動に関わった新興カルト「熾天聖光神道」と、甲斐国から出て来たという噂のある新興カルト「金剛光連衆(欠き眉の弟である紫銅が居る謎の集団)」が、裏で手を結んでいるのでは?という「疑惑」

★東北アテルイ伝説にからむ「日ノ丸」の存在の提示。実際の歴史においても、紅白で彩られる「日ノ丸」は元々は東北由来、それも、ひとまとめに蝦夷と呼ばれた「まつろわぬ民」の物でした。京都文化圏では「紅白の日ノ丸」という発想はありませんでしたが、東北からシンボルが流入した結果、「日ノ丸」のモチーフが普及したという説があります

★「オオマガツヒ/ヤソマガツヒ」「アラハバキ」と「日ノ丸」とのつながりの提示。後のパートに関わる伏線です。平安時代から鎌倉時代にかけて再編集されたミクロ説話&神話群(神仏習合が多い)と関係があります。「禍」と「日ノ丸」が結びついていたのは、「まつろわぬ民」との抗争の歴史も影響していた筈です

★古語「ユツ/イオツ」の提示。これも後のパートの伏線となっています。今は「そういう古語が存在する」という知識だけでOK。考察は徐々に進行する予定です

★田辺の生首事件や道成寺の妖異事件で、欠き眉の性格や行動パターンを実際に提示。思いつく限りの「残虐」というのを表現してみましたが、「欠き眉の豹の残虐さ」というのがキチンと表現できたかどうか、ちょっと良く分かりません。この部分は、流石に他人任せになります

以上

道成寺の妖異事件は、複数の伏線が絡み合った物になりました。流石に、背景が分かりにくくなったかもという点で反省しています

この部分は、「壮大な呪術によって時空に不自然な歪みが入った事件」「不思議な勾玉が謎のパワーを発揮した事件」「欠き眉の行方不明&消失事件」という3つの要素を含んでいます。この3要素は、ストーリー上、多数のパートに関わる重要な要素です

・・・・・・《制作メモ》・・・・・・

斎つ「ユツ」=名詞の上に付き「神聖な」「清浄な」の意。一説「いほつ(五百箇/イオツ)」の音変化、数の多い意⇒「豊か(ユタカ)」は「ユツ/イオツ」から出たかも?/使用例=「―真椿」「―磐群(いわむら)」「―爪櫛(つまぐし)」「―御統(みすまる)」「―真賢木(まさかき)」

ヤヌス(両面の双頭神)=ローマ神話の出入口と扉の神。前後2つの顔を有し一年の終わりと始まりの境界に位置、1月を司る/オアネス(海洋性、人頭&魚頭の双頭神)=シュメール文明神/両面宿儺(双頭の人物?)⇒「スクナ」名を持つ事から文明伝達の神スクナヒコナと同一視する説もあり

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