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異世界ファンタジー8-3浮遊:速達と冬薔薇の花束

その日は、上空で南風が比較的に吹いたようで、灰色の分厚い雲が少し薄くなり、仄明るい昼間となっていた。

王宮内にあるジル〔仮名〕の執務室に、一通の速達が届いていた。荘園邸宅が抱える、有能極まりない執事からである。速達であるとはいえ、かなりの日数の間、大量の緊急文書の間に挟まったまま、存在を忘れられていたというのが実情であるが。

――士爵グーリアスの娘ローズマリー嬢より、婚約破棄の申し出あり。彼女は侯爵邸に滞在中、ただちに帰宅し、会見を――

(どういう事だ)

ジル〔仮名〕は、一瞬、目の前が暗くなるような思いを味わった。

ちょうどその時、ジル〔仮名〕の友人でもあるガイ〔仮名〕占術師が、楽しい植物園通いの帰りらしく冬薔薇の花束を抱えて、ジル〔仮名〕の執務室にノックなしで入って来た。ガイ〔仮名〕占術師はジル〔仮名〕の様子に気付いた瞬間、サッと眉根を寄せ、仕切り庭の側の窓から見える別棟や、別棟をつなぐ渡り廊下に視線を走らせた。

しかし、竜人の鋭い視力をもってしても、異変と思しき光景は見当たらなかった。ガイ〔仮名〕占術師は再びジル〔仮名〕を振り返った。

「真っ青な顔してるぞ。クリストフェルにまた言い寄られてたのか、彼女?…っていう訳、ないか」

ジル〔仮名〕は無言で、速達を示した。顔をしかめ、頭を振り振り、艶やかな黒髪に片手を突っ込んでかき回す。いつも冷静沈着なこの男にしては、滅多にない程に珍しい事だったのだが、ジル〔仮名〕は動転の余り、何も言葉が思いつかなかったのである。

「――婚約破棄…?!何で?!良い感じだったんじゃないのか、彼女とは」
「私にも訳が分からない…」

ジル〔仮名〕の滑らかな低い声は、今はかすれていた。絶対零度の気配――不吉な兆候だ。

ガイ〔仮名〕占術師は血の気が引いた顔を強張らせ、恐る恐る同年代の友人に視線だけ寄越して、様子を窺った。ジル〔仮名〕の逆鱗に触れた者の末路を、ガイ〔仮名〕占術師は良く知っていた。嫌な汗が背中を伝う。ロージーこと士爵グーリアスの娘ローズマリーは、ジル〔仮名〕が《宿命の人》と見初めた唯一の存在である。

先日の襲撃事件で、彼女が襲撃者二人の手で亡き者にされかかったという経緯は、ジル〔仮名〕をいたく怒らせた。あの襲撃者二人の正体は、最下級チンピラ・レベルとは言え暗殺者として訓練されていたプロであり、暗殺ヤクザ集団に所属していたのだが、上も下も含めて、徹底的に報復を食らったのだ。問題の暗殺ヤクザ集団がどうなったのかは、此処では伏せておこう。

荘園邸宅の有能極まりない執事は、ジル〔仮名〕の狭量で気難しい本性(流石に今は、表面上は穏やかな性格で隠しおおせている状態だが…)をよく心得ているようで、よくもこれ程、簡にして要を得たメモにまとめた物だと、逆に感心してしまう。

(しかし、あのローズマリー嬢が?)

ガイ〔仮名〕占術師は立場の都合上、最近、ロージーと直接、顔を合わせる機会があった。白緑色の髪とラベンダー色の目をした妖精のような女性――人知を超越した運命は、ジル〔仮名〕に、彼女という《宿命の人》を用意していた。特にここ最近のジル〔ジル〕の変化は、劇的だった。ガイ〔仮名〕占術師は口をあんぐりさせながらも思ったものだ――こいつにも人の心があったのか、と。

彼女からの婚約破棄の申し出。その理由をあれこれと想像するにつれ、ガイ〔仮名〕占術師の脳裏には、不吉な未来が湧きあがる。

ロージーは元々、平民としての自活能力はあるのだ。ユーフィリネ大公女のように、いきなりド田舎に放り出される運命になったとしても、貴族社会への適応よりは、苦労はしないはずだ。彼女は何処へ行っても、命の危険が無い限りは上手くやるだろう――彼女がジル〔仮名〕の手を取るのが、彼女にとっても周囲にとっても、最も幸せな選択だと思うが。

(唯一考えられるのは、"男"なんだよな。それも、恋人に相当する男――)

彼女に接触して来た男は、まず襲撃者二人だが彼らはむしろ恐怖の対象だ、それは流石に無いだろう。ファレル副神祇官はその気になって見れば好青年だが、ライアナ神祇官の弟子と言う形で女性の管理下にあるので、性別はれっきとした男性とは言え「その筋の行為は皆無」という点で、信用してよい。そもそも恋愛感情が見受けられない。

(まさかの穴馬、近衛兵クリストフェルか?いつだったか、積極的に言い寄っていて――)

ガイ〔仮名〕占術師はジル〔仮名〕が同じ結論に至りそうなのを直感し、「落ち着けよ」の意味を込めて鋭いジャブを放った。

パシッと音がする。意外に重い衝撃を与える物だったのだが、ジル〔仮名〕は平然とした様子で、軽く片手を上げて防衛していた。

「ローズマリー嬢は今、『ジル〔仮名〕殿の実家』に、滞在してるんだぞ。とりあえず会ってみろ。話はそれからだ」

ガイ〔仮名〕占術師は、"彼女は荘園邸宅に居る"という点を強調した。ジル〔仮名〕の表情はさして変わらなかったが(元々表情が分かりにくいのだ)、先ほどまでの絶対零度の気配が薄らいだ――どうやら、気を取り直したらしい。

ガイ〔仮名〕占術師は、腕に抱えていた冬薔薇の花束を見て、閃いた。

「これ、サフィがローズマリー嬢にお裾分けしたいと言って植物園で選んでいた花だよ。婚約者たるジル〔仮名〕殿の手から、どうぞ、ってさ。ローズマリー嬢はサフィと気が合う人なんだから、押しポイントの似た者同士、間違いなく花の方を喜ぶ性質だろう」

ガイ〔仮名〕占術師の言うサフィとは、令嬢サフィニアの事である。ジル〔仮名〕は困惑した様子で花束を見つめた。

その、人間らしい反応。ガイ〔仮名〕占術師は興が乗り、ジル〔仮名〕の前に優雅にひざまづいて花束を差し出した。

「どうぞ、愛する人よ!」

その瞬間、扉が勢いよく開いた。近衛兵を務める金髪碧眼の貴公子クリストフェルと、その連れの、同じく近衛兵を務める貴公子が、そこに居た。彼らは、目を点にして固まった。

――結論から言おう。それは、大いなる誤解が成立した瞬間だったのである。

開かれた扉を挟んで、異様に『意味深な』沈黙が落ちた。

クリストフェルのあごが落ちた。その連れは手に持っていた書類を落とした――書類が廊下の上に散らばった。

一方、ひざまづいていたガイ〔仮名〕占術師は無意識のうちに冬薔薇の花束を手放しており、立ち尽くしていたジル〔仮名〕は、やはり、無意識のうちに貴族らしい優雅な仕草で、冬薔薇の花束を受け取っていたのである。

この場に居合わせた四人の男は、暫くの間ピクリとも身動きしないまま、互いの目を見合わせていた。

*****

沈黙が破れたのは、ジル〔仮名〕の執務室に更に文書を持ち込んで来た官僚が、「どうしたんです?」と声を掛けたからだった。

クリストフェルは勝利の表情を浮かべ、「そうか、そういうシュミだったのか…」と呟いた。連れは喉の機能を停止していた。

ガイ〔仮名〕占術師は両手を上げてバッと立ち上がり、ジル〔仮名〕は冬薔薇の花束をサッと背後に隠した。

そして、クリストフェルとそのギクシャクとなった連れは、散らばった文書をそのままに、足早に去って行った。キョトンとした官僚が、その文書を合わせて拾い上げ、「何があったんですか?」と、ジル〔仮名〕とガイ〔仮名〕占術師に質問を振った。

ガイ〔仮名〕占術師は頭を抱えて天を仰いだ。

「――絶対に誤解したぞ、あのクリストフェル…!」
「急いで誓約書を書く羽目になりそうだな」

ジル〔仮名〕の目が座った。ジル〔仮名〕は新しく入って来た官僚を振り返り、持ち込まれた文書の量を見ると、更に眼差しを険しくした。

「私の二人の補佐官を呼べ。それから緊急で、馬車回しの方に控えている御者も」
「御意」

官僚は手慣れた様子で文書を所定の場所に納めると、すぐに執務室を飛び出した。

*****

ジル〔仮名〕の部下である二人の補佐官が執務室に入って来ると、既に執務室の椅子に座していたジル〔仮名〕は、今日の定時から数日ばかり休暇を取るから、その間の私の代理をキッチリ務めるように――と、無慈悲に申し渡した。

「論功行賞で繰り上がって来た人材を抜擢しても良い頃合いだ。ただし、無能な働き者は即クビだからな」

実のところ、ジル〔仮名〕がこなしていた仕事量は、複数の高位官僚がこなす仕事量に太刀打ちできるレベルである。そもそも、父親に当たるギルフィル卿が宰相補佐を務めており、その右腕をも兼務しているからだ。二人の補佐官は青くなって手足を振り回し、大困惑のペアダンスを踊ったが、いつの間にか既に割り振られた膨大な仕事スケジュール表を前に、撃沈した。

二人の補佐官の机に大量の文書が移動している間に、困惑顔をした御者が、ジル〔仮名〕の執務室を訪れた。

「火急の件だとか」
「執事に緊急で。早馬を使え」

ジル〔仮名〕は机上の大量の文書をさばきつつ、空いた手でメモを御者に手渡した。ずっと前に――何日も前に――速達として届けられていた執事のメモに、要件を裏書きして元の封筒に戻しただけの簡単な物である。

御者は「御意」と短く一礼し、ジル〔仮名〕の執務室を飛び出した。

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