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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:「人と海」ボードレール

人と海/シャルル・ボドレエル/上田敏・訳

こゝろ自由(まま)なる人間は、とはに賞(め)づらむ大海を。
海こそ人の鏡なれ。灘(なだ)の大波(おほなみ)はてしなく、
水や天(そら)なるゆらゆらは、うつし心の姿にて、
底ひも知らぬ深海(ふかうみ)の潮の苦味(にがみ)も世といづれ。

さればぞ人は身を映(うつ)す鏡の胸に飛び入(い)りて、
眼(まなこ)に抱き腕にいだき、またある時は村肝(むらぎも)の
心もともに、はためきて、潮騒(しほざゐ)高く湧くならむ、
寄せてはかへす波の音(おと)の、物狂ほしき歎息(なげかひ)に。

海も爾(いまし)もひとしなみ、不思議をつゝむ陰なりや。
人よ、爾(いまし)が心中(しんちゆう)の深淵探(さぐ)りしものやある。
海よ、爾(いまし)が水底(みなぞこ)の富を数へしものやある。
かくも妬(ねた)げに秘事(ひめごと)のさはにもあるか、海と人。

かくて劫初(ごうしよ)の昔より、かくて無数の歳月を、
慈悲悔恨の弛(ゆるみ)無く、修羅(しゆら)の戦(たたかひ)酣(たけなは)に、
げにも非命と殺戮(さつりく)と、なじかは、さまで好(この)もしき、
噫(ああ)、永遠のすまうどよ、噫、怨念(おんねん)のはらからよ。
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詩歌鑑賞:ヘルダーリン「夜」他

夜/ヘルダーリン(作成日不詳)

町は静かにやすらっている。ひっそりとして街灯は灯され
松明をかざして馬車は音立ててすぎてゆく。
昼の喜悦(よろこび)に満ち足りて人々は家路につきながらその日の損益を
はかる。せわしい市場にも
いまは花も葡萄も手芸の品々の影もない。
だが遠くの闇からは手すさみの楽の音がひびいてくる。おそらくは
恋する者が弾くのであろうか。それとも孤独のものが、
遠い友らを、また若い日を偲ぶのであろう。噴水は
絶え間なくほとばしって におやかな花壇をうるおしている。
暮れすすむ空にはいま 静かに鐘がひびき、
夜番は時を告げて過ぎてゆく。
ふと風が起って森の梢をうごかす。
みよ! 私たちの大地の影、月も
いまひそやかに立ち昇る。物思う夜が
満天の星をやってきたのだ。わたしたちにはかかわる気配もなく
その壮麗のものは人間のあいだの異郷の客として昇ってくる、
かなたの山の空から悲しげに またかがやかに。

秋/ヘルダーリン

かつてあって、また立ち帰ってくる生気についての
言い伝えは 大地を去っていたが、
それがまた人の世に帰ってくる。そして、多くのことを
われわれは 急速に去ってゆく季節から学ぶのだ。

過去のもろもろの形姿は 自然から
棄てられはしなかった、夏の盛りに
日々が色あせても、秋が大地にくだってくれば
畏懼(いく/おそれ)を呼びおこす霊気がまた空にうまれてくる。

またたくまに多くのことが終わった。
犂を駆って野にいそしんでいた農夫は見る、
年がよろこばしい終わりに向って傾くのを。
このような形姿のうちに人の日の完成はある。

巌をかざりとして広がる大地は
夕べに失せてゆく雲にひとしいものではない。
それは金いろの昼とともに現われる、
そしてこの完成には嘆きの声はふくまれない。
(手塚富雄訳)

*****

Der Herbst

Das Glänzen der Natur ist höheres Erscheinen,
Wo sich der Tag mit vielen Freuden endet,
Es ist das Jahr, das sich mit Pracht vollendet,
Wo Früchte sich mit frohem Glanz vereinen.

Das Erdenrund ist so geschmückt, und selten lärmet
Der Schall durchs offne Feld, die Sonne wärmet
Den Tag des Herbstes mild, die Felder stehen
Als eine Aussicht weit, die Lüfte wehen

Die Zweig’ und Äste durch mit frohem Rauschen,
Wenn schon mit Leere sich die Felder dann vertauschen,
Der ganze Sinn des hellen Bildes lebet
Als wie ein Bild, das goldne Pracht umschwebet.

詩歌鑑賞:リルケ

「The Sorrow of Love(リルケ,1892)」(浅川順子・訳)

軒の雀たちのいさかい
丸い満月と満面の星々をたたえる空
絶え間なく歌う木の葉は
この世の古く疲れた叫びを隠し去った。
そしてそれからその悲しげな紅い唇の君が現れた
君といっしょに この世のあらゆる涙がやってきた
この世の労多き船のあらゆる悲哀
この世の幾千年のあらゆる苦しみがやってきた。
そしていま 軒で争う雀たち
消えていく月 空の白い星々
止まることのない木の葉の大きな歌声が
この世の古く疲れた叫びに身を震わせる。

「海の歌 カプリ、ピッコラ・マリーナ」(神品芳夫・訳)

海から吹き寄せる太古の風、
夜に吹く風よ、
おまえはだれに向かって来るのでもない。
夜、目覚めている者は、
いかにしておまえを耐え抜けばよいかを
思い知らねばならない。
 海から吹き寄せる太古の風、
その風はひたすら太古の岩のために
吹いているようだ、
空間ばかりをはるかから
取り込むようにして……
 おお 月の光を浴びて上方で
実をつけるいちじくの木は
どんなにおまえを感じ取っていることだろう。

*****リルケ 富士川英郎訳「海の歌」

大海の太古からの息吹
夜の海風
 お前は誰に向って吹いてくるのでもない
このような夜ふけに目覚めている者は
どんなにしてもお前に
堪えていなければならないのだ