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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

軍事覚書:水陸両用船隊「夜明けの電撃戦」

《自衛隊の歴史的快挙、水陸両用戦隊が「夜明けの電撃戦」に参加》
(JBPRESS-2013.6.6/http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37927)

およそ250名の陸上自衛隊員を伴った海上自衛隊“水陸両用戦隊”がハワイのパールハーバーに寄港した後、5月31日、カリフォルニア州サンディエゴのアメリカ海軍基地に到着した。
6月11日から28日(現地時間)の間、アメリカ海軍・海兵隊が中心となり、日本、カナダ、ニュージーランドが参加してサンディエゴ周辺で繰り広げられる水陸両用戦合同訓練「ドーンブリッツ(Dawn Blitz:夜明けの電撃戦) 2013」に参加するためである。

◆陸・海・空の能力を併用する水陸両用戦のための訓練

現代の水陸両用戦は、陸上戦闘部隊が洋上の艦艇から海と空を経由して陸に達し、陸上での各種作戦を実施する陸・海・空の軍事力を併用する軍事作戦である。陸上戦闘部隊が海岸線に到達するまでの間、それに陸上での作戦実施の間、いずれも海と空、とりわけ航空機による近接戦闘支援や補給活動が欠かせない。したがって陸上戦闘部隊と海上部隊と各種航空部隊との統合運用能力が水陸両用戦の必須条件ということになる。
そして、このような21世紀版水陸両用戦に必要な様々なノウハウを訓練し同盟国と共有しようとするのがアメリカ海軍・海兵隊が主催するドーンブリッツなのである。
水陸両用戦の訓練というと、日本のメディアなどは短絡的に「尖閣諸島奪還訓練」といった見出しを付けたがるが、ドーンブリッツはそのような狭い目的の訓練ではない(もちろん尖閣奪還にも役には立つ)。この演習は、アメリカ海軍と海兵隊が主催しているという性格上、水陸両用戦に関する専門的・総合的な訓練である。
具体的には、水陸両用戦参加部隊間のコミュニケーション、艦艇への各種資機材の積み込みならびに揚陸、水陸両用強襲車・各種揚陸艇・各種航空機(輸送ヘリコプター、オスプレイ、戦闘攻撃機、攻撃ヘリコプターなど)の揚陸艦からの発進と回収、陸上・海上・航空担当幕僚による戦闘、災害救助・人道支援、補給などの計画立案や指揮統制、陸上作戦部隊に対する艦艇や航空機からの火器支援など、陸・海・空の様々な能力を併用する水陸両用戦のための多岐にわたる訓練が実施される。

◆太平洋を渡った自衛隊「水陸両用戦隊」

現在アメリカ海軍サンディエゴ軍港に停泊中の海上自衛隊の艦隊は、“日本的”に表現すると護衛艦「ひゅうが」「あたご」に陸上自衛隊員250名を乗せた輸送艦「しもきた」の3隻で編成された艦隊、ということになる。
だが、国際社会ではそのような“まやかし表現”は通用しない。NATOの標準的分類に従うと、ヘリコプター空母「ひゅうが」(CVH-181)、輸送揚陸艦「しもきた」(LST-4002)、ミサイル駆逐艦(イージスシステム搭載)「あたご」(DDG-177)からなる水陸両用戦隊ということになる。
もちろん、自衛隊には水陸両用戦というドクトリンが確立していないため、いくら海上自衛隊が水陸両用戦に使用できる艦艇を持っていても実情は揚陸艦とは言えないことになる。しかし、水陸両用戦に向けての訓練を開始すれば、たちまち名実ともに揚陸艦に、そして水陸両用戦隊になり得る実力を海上自衛隊は備えている。したがって、サンディエゴ軍港に姿を見せた自衛隊艦隊をアメリカ海軍や海兵隊そして地元メディアなどが日本の“水陸両用戦隊”と考えても誤りとは言えないのである。

◆水陸両用戦能力を保持していれば救えた命

“日本の国防事情に最も精通している海兵隊幹部”と言っても過言ではないアメリカ海兵隊駐陸上自衛隊連絡将校グラント・ニューシャム大佐は、自衛隊のドーンブリッツへの参加について「2年前には、誰がこのような状況が実現することを想定し得たであろうか?」と語る。
彼は東日本大震災に際してアメリカ軍が実施したトモダチ作戦に海兵隊司令部要員として参加し、水陸両用戦能力が欠落していた自衛隊の状況を目の当たりにした海兵隊将校の1人である。そして「あの大地震と巨大津波が発生した当時、もし自衛隊に水陸両用戦能力が備わっていたならば、少なくとも3000から4000名の人々の命が助かったに違いないし、極めて多くの被災者たちの苦しみも軽減されたに違いない」と常日頃から残念がっていた。
陸上・海上・空中の軍事力を併用する水陸両用戦能力が災害救助・人道支援作戦(HA/DR)に大活躍することは、東日本大震災のはるか以前よりアメリカ海兵隊が実証していたことであった。
もちろん自衛隊に限らず軍事組織の主任務は国防のための戦闘に勝つことであり、HA/DRはあくまで副次的な任務にすぎない。島嶼国家日本にとって水陸両用戦能力は国防のための必須能力であり、それは「島嶼防衛」と言われる離島部の防衛のみならず、そもそも狭小な島国日本全体の防衛に不可欠なのである(拙著『島嶼防衛』明成社、『写真で見るトモダチ作戦』並木書房 参照)。

◆ようやく動き出した水陸両用戦能力構築

日本防衛に必須であり大規模災害救援にも大活躍する水陸両用戦能力を、自衛隊は持たせてもらえなかった(要するに、政治家が必要性に気がつかず予算を与えなかった)。このような日本防衛システムにとって深刻な欠陥を、筆者は東日本大震災の2年ほど前に出版した拙著『米軍が見た自衛隊の実力』(宝島社)以来、事あるごとに指摘してきた。少なからぬアメリカ海兵隊関係者たちも、日本に海兵隊的組織を構築させようという動きを見せていた。
残念ながら、自衛隊を指揮監督する責任のある政治家や政府首脳は、東日本大震災に直面しても、なかなか自衛隊に水陸両用戦能力を持たせようとはしなかった(JBpress「ようやく着手か? 防衛に不可欠な『水陸両用戦能力』の構築」2012年9月13日)。そこで、ついにアメリカ海兵隊は、自衛隊が水陸両用戦能力を構築する方向性を打ち出す一助になるべく陸上自衛隊中枢に連絡将校を送り込んだのである。
それが、どのくらい功を奏したのかは分からないが、兎にも角にも政局に明け暮れる政治と違い、自衛隊は着実に水陸両用戦能力の取得に向けて動き始めたのである。
それまで、陸上自衛隊の水陸両用戦との関わりと言えば、毎年サンディエゴ郊外で実施される海兵隊との合同訓練「アイアンフィスト(Iron Fist)」に参加するだけであった(JBpress「米海兵隊と陸自が大規模共同訓練を実施」2013年2月1日)。これも陸上自衛隊だけが参加するため、陸・海・空を併用する統合運用訓練にはなっていなかった。
しかし、2012年の夏には、わずか40名とはいえ陸上自衛隊員がアメリカ海兵隊第31海兵遠征隊とアメリカ海軍の揚陸艦に乗り込んで沖縄から北マリアナ諸島に渡り、水陸両用戦訓練に参加した。そして陸上自衛隊は、水陸両用戦に不可欠と言える「AAV-7」水陸両用強襲車を、調査研究用の4輌だけとはいえ調達することになった。
そしてついに、海上自衛隊の輸送揚陸艦に250名の陸上自衛隊員が乗り込んで太平洋を渡り、カリフォルニアの海岸線で海上自衛隊の揚陸用艦艇と自前のヘリコプターやLCAC(エアクッション型揚陸艇)、それに各種車輌を用いて海・空・陸にまたがる水陸両用戦訓練に参加することになったのである。
ちなみに、陸上自衛隊部隊はサンディエゴ軍港に上陸したのではなく、車輌・資機材・隊員を「しもきた」から海自LCACによって海兵隊キャンプ・ペンドルトンの「レッド・ビーチ」に直接上陸した。
(LCACによる上陸の様子の映像がこちら。注:説明書きで「ひゅうが」と「しもきた」を取り違えている)

◆日本国防にとり歴史的な出来事

陸上自衛隊部隊が海上自衛隊艦隊とともに太平洋を渡り、ドーンブリッツ 2013に参加することは、ニューシャム大佐の感慨のように「2年前では想像できなかった」ことであるし、「過去65年間を通して、海上自衛隊と陸上自衛隊が統合して実施する最も意義深い出来事であり、まさに歴史的瞬間である」。彼だけではなく、アメリカ海兵隊やアメリカ海軍の少なからぬ戦略家たちが似たような感想と感嘆を口にしている。
残念ながら、アベノミクスに関しては鳴り物入りで大騒ぎしている日本政府や日本のマスコミは、自衛隊が黙々と、そして着実に自主防衛能力強化に向けて努力している状況を、国民に伝えようとはしていない。
アメリカ軍関係者たちが「歴史的」と評価している自衛隊水陸両用戦隊のサンディエゴ入港の模様や、陸上自衛隊の上陸の姿、名実ともに国際軍事社会を唸らせつつある自衛隊の姿を、日本国民に知らしめることこそ、国民の間に自主防衛の気概を涵養し国民全体の士気を高めるために必要である。そのことに政府やマスコミは気づいていないのであろうか。民主主義国家では、国防の主体は国民なのである。
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