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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

異世界ファンタジー試作24

異世界ファンタジー7-2王宮神祇占術省:鉄拳を振るう神祇官

「吐け。白状しろ。キリキリ吐いてしまえッ!」

一言ごとに拳が振るわれ、中高年の男性神祇官の顔が、赤く腫れあがって行った。

――此処は機密会議室。老ゴルディス卿とガイ〔仮名〕占術師が、ライアナ神祇官及びファレル副神祇官と会談したところである。

機密会議室には、先日と同じ四人が集まっていた――そこに、もう一人が加わっていた。

新しく加わった一人こそ、誰あろう、王宮の諜報員が泳がせていた、いわゆる不良神祇官である。その不良神祇官、名前を士爵ウルヴォンと言い、ライアナ神祇官とは、長きに渡る学生・修行時代の同窓だったのだが――

ライアナ神祇官は恐ろしい剣幕でウルヴォン神祇官につかみかかり、鉄拳をお見舞いしているのであった。その見事な懲罰たるや、老ゴルディス卿とガイ〔仮名〕占術師が、二人して恐れ入って、壁に背を張り付ける程である。ライアナ神祇官が激怒した時どうなるかは、弟子になって長いファレル副神祇官にとっては、先刻承知の事実であったのだが。

「フ、ファレル副神祇官よ…ライアナ神祇官は、ずいぶん性格がお変わりになったようだな」
「あれこそ師匠なんですが、老ゴルディス卿様。昔の師匠は、一体どんな人だったんです?」
「ああ、彼女は、かつて日陰に咲く花の如き楚々たるうら若き乙女、ささやくような声で話す大人しい淑女だったのだ。あのように声を荒げて、無抵抗の男に暴力を振るうところは見たことが無かったんだよ」

猫をかぶっていたんじゃ無いだろうか…などと、ファレル副神祇官は、ある意味、罰当たりな事を思った。あるいは、かつての権力闘争による混乱の影響で、大切な人を次々に失ったという強烈な体験が、人格にも変化をもたらしたのかも知れない。そして――民間で神祇官としてやってゆくには、貴族相手とはまた別の率直さと逞しさが必要だ。

いずれにせよ、ファレル副神祇官にとっては、ライアナ神祇官は尊敬すべき師匠なのであった。

手首をあらかじめ縛られていたため、ウルヴォン神祇官は、ほぼ無抵抗だった。今や顔はボロ雑巾も真っ青という風である。

――ユーフィリネ大公女の尋問が終わりに近づき、ヴィクトール老公の派閥の半分以上が崩れた。 きっかけはユーフィリネ大公女の墓穴発言だったとは言え、余りの展開のスピードに疑念を抱いたライアナ神祇官が、老ゴルディス卿に不良神祇官との面会を申し入れた。老ゴルディス卿があっさりと承知したのは驚きではあったが――ライアナ神祇官にとっては、表も裏も知り尽くす同窓生だったのだからして、老ゴルディス卿の考えている事は、何となく予想はできたのである。

ウルヴォン神祇官は、最後にドウと床に叩きつけられ、涙と鼻水と流血をまき散らしながら、情けない声で抗議し始めた。

「ひ、ひどい。本当にライアナなの?僕の知ってるライアナは、こんな人じゃない」

少年がそのまま中高年になったみたいだ。神祇官となってその後、政争に無関係な研究者の一人として、安全な王宮の一角でぬくぬくとした環境に恵まれて暮らしていたためか、成長が見られないのであった。

ライアナ神祇官は、「な・さ・け・な・い!」と一語ずつ切って強調した。ダン、と足を踏み鳴らし、腰に手を当てて仁王立ちする。

「ひどいのは、どっちよ!人の研究結果を私的利用した上に、被害者を出しやがって!まあ死人は出なかったけどね、あんたのせいで半殺しの重傷者と複数の怪我人が出たの!我々が神祇官などという超困難なコースを選んだのは、こんな情けなくて下らない事をやるためじゃ無いでしょう!」

ウルヴォン神祇官は、必死そのものの形相で、ブンブンと頭を振った。なけなしの良心はあるようだ。

「そうだよ、僕だってそうなんだよ。僕は何とかして《天人相関係数》を極めて、この世の真理を解き明かそうとしてたんだ。偉大なる先達、士爵ライアス殿のように。ライアス殿は、どういう手法を用いて《逆ライ=エル方式》を導き出したのか、それは《死兆星》以外の個別の狭い事象にも及ぶものなのか、僕が、それを明らかにして証明したいと思ったんだ」

ライアナ神祇官は深いため息をついた。それは、《ライ=エル方式》の奥義に辿り付いたライアナ神祇官を含め、同世代を生きたという幸運があって、その叡智の一端に触れえた全ての研究者が、かつては抱いたであろう望みだった。

――しかし、それは大それた望みでもあった。

「で?それで、その証明は上手く行ったと思ってるの、ウルヴォン神祇官?あんたが《天人相関係数》に介入して、人工《死兆星》を現出させる羽目になったのは分かってるのよ。王宮の一角に流血と混乱を生み出した末に、得たものはあったのかしら?」

ウルヴォン神祇官は、上手い具合に周囲の内出血が進んでパンダ目になった目を、パチパチさせた。うーん、と考え込んでいる。

「実は、あれは失敗だったのかなと考えてるんだよ。僕が意図したのは《死兆星》じゃ無いんだ。全く別の謎の解明の方が、僕にとっては一大事だったからね。うーん、《神祇占術関数表》のレベルでは100%に近い確かさで証明できたし、それをグレードアップして…理論的には自信は、あったんだけどなぁ…変だなぁ」

ライアナ神祇官は再びウルヴォン神祇官の胸ぐらをつかみ、無慈悲に揺さぶった。ウルヴォン神祇官の鼻血が飛び散った。

「吐け。白状しろ。キリキリ吐き尽くせ。でなきゃ、あんたが15才の時やらかした、超絶☆キャー恥ずかしい事をバラすわよ」
「そんな、止めてよ!僕の人生がメチャになる!言う、言うから、止めて!」

老ゴルディス卿もガイ〔仮名〕占術師も、ライアナ神祇官の尋問の、想像以上の手際の良さに口をあんぐりしていた。だいたい神祇官と言う存在、やたら優秀な頭脳の持ち主なのである。《宿命図》なぞというとんでもない代物に日常的に関わっている人々、尋問のはぐらかしなどお手の物という、特殊な意味で面倒な連中なのだ。

「超絶☆キャー恥ずかしい事って何だろ?」
「聞かない方が幸せかも知れません」

ガイ〔仮名〕占術師の質問に、ファレル副神祇官が妙に青ざめた笑みで応じた。「"男"に関わる黒歴史って、そういう物でしょう?」

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