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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

異世界ファンタジー試作23

異世界ファンタジー7-1裁判所:手中の妖光

王宮の最高裁判所で、老ヴィクトール大公の孫娘ユーフィリネ大公女の裁判が始まる。

裁判長と裁判員が何ページもある書類をさばきながら相談している様子が、ユーフィリネ大公女が控えている小部屋から窺える。

全く忌々しい事に、ユーフィリネ大公女は犯罪者扱いされているのだ。皆がひれ伏し、かしずくべき大公女なのに!

ユーフィリネ大公女は、先立って体験した怒涛の出来事を、目のくらむような怒りと共に思い出した。

あの日、ガイ〔仮名〕占術師が無礼極まる態度で、ユーフィリネ大公女の発言を証言した。

そこから先は、嵐に巻き込まれたようだった。

監察官スタッフと衛兵は素早くユーフィリネ大公女を取り囲み、取り巻きの令嬢たちは恐れを成して逃げ散ろうとしたが、ユーフィリネ大公女と共に、「重要参考人だ」と言う言葉と共に拘束された。その後は何日間も、悪夢のような尋問が続いた。取り巻きの令嬢たちは早くもギブアップしたようで、ユーフィリネ大公女が見本市で何をしていたかをペラペラ喋ったのである。

(――全く、わたくしが犯罪者扱いなんてどういう事?!秘密よ、と口止めしたのに、全く役立たずの女たち!)

クリストフェルは、流石に変わり身が早かった。早すぎた。令嬢サフィニアと令嬢アゼリア〔仮名〕が驚愕の眼差しでユーフィリネ大公女を振り返るや否や、その後の異様な事態を察知して誰よりも早く壁際へと後退し、「何の関係もない」と言わんばかりの野次馬となったのである。近衛兵の身体能力に、別の意味で感心する。

元々クリストフェルは少年の頃に、淡い予感を抱いた少女との間で婚約が決まりかけていたのだが、何せ金髪碧眼の、とりわけ目立つ美少年だったのだ。ユーフィリネ大公女は、孫娘に甘い老ヴィクトール大公におねだりした。「あの子が欲しいの」と。クリストフェルも満更では無かったのだろう、老大公の手が回って婚約をオシャカにされても、それ程困った顔をした訳では無かった。

そもそも、《宿命の人》とまで見初める対象には、滅多に出会えないのだ。淡い予感を抱いた相手と少しずつ関係を育てて――いわば《宿命》の関係を育てて――そして、その地道な蓄積の上に、結婚して夫婦となるのが普通だ。

(そんな地味な関係なんて、意味ないわ!《宿命の人》と出会えば良いんだから!)

そんなユーフィリネ大公女は、「あの子って良い」と思うたびに、老ヴィクトール大公に頼んで手を回してもらった。そうして、いわば「見目の良いお気に入り」が増えて行った。回数を重ねるうちに、淡い予感といった物に対する感覚は薄れて行った。「相手そのもの」を誠実に良く見ようとすることが面倒くさくなって、単に「あれ、良いわ」という感覚だけで動くようになったためだ。

ある日、ユーフィリネ大公女の目に留まったのは、ジル〔仮名〕だ。彼は、まだ婚約者が居なかった――いわばフリーだ。噂に聞くところでは、《宿命図》が狭量で気難しいタイプで、かなり相手を選ぶらしいという事だった。

(でも、綺麗な顔してるじゃない。キープしとこうっと)

ユーフィリネ大公女もジル〔仮名〕卿も、その他のクリストフェル卿といった「お気に入り」たちも、あの頃は、まだまだ子供だったのだ。子供ゆえの独占欲。それは恋や愛そのものでは無いのだが、子供たちにとっては、それが恋であり愛だったのだ。

ユーフィリネ大公女は、他の令嬢たちが憧れるような見目の良い貴公子たちが、ユーフィリネ大公女を独占しようと互いに角突き合わせ決闘するという行動に、得意になり、喜びを感じていた。貴族特権の延長だ、何を間違っているという事があるだろう。

だが時が経つと共に、その子供っぽい関係にも変化が訪れる。とある年、夏の園遊会でクリストフェルとジル〔仮名〕が決闘したのは、そんな変化期の中の一コマであった。二人の実力は目下、互角であったが、その日は、呆気ないほど速やかに決着が付いた。長続きしなかったことに失望したくらいである。

ジル〔仮名〕は完全敗北した事で何か悟ったのか、その後は礼儀正しい無表情を守り、ユーフィリネ大公女に近づかなかった。クリストフェルが不思議がったくらいであるが、クリストフェルはユーフィリネ大公女を独占する機会が増えたことで満足しきりであった。

(ほとぼりが冷めれば、またいつもの関係に戻るわよね)

そんな風に思っていたユーフィリネ大公女を驚かせたのは、ジル〔仮名〕が《宿命の人》を見出し、だが相手にも事情があったのか、仮婚約したという噂であった。ジル〔仮名〕は元々表情の少ない性質だったが、いっそう無表情になって行った――ユーフィリネ大公女が見る限りでは。何年も何年も、そういう状態が続いた。

(ほーら、相手を間違えたのよ。わたくし以外にはいないのに)

その有様が、ユーフィリネ大公女の自信を支えていたのである。時が経ち、見目麗しい少年たちは青年となった。何人かは「お気に入り」の入れ替えがあった。顔に傷を負ったり身体に傷を負ったりして、いわば「傷物」になった人たちは、お払い箱である。そういう日々が、これからも続くと思っていたのだが。

あの日、愕然とするような光景を目撃した。「お気に入り」の一人だった彼が、ユーフィリネ大公女には絶対に見せなかった顔を、別の女に見せていた。いつの間にか気が付いてみれば、そう言えば、あの人も。あの人も。それは手ひどい裏切りだ。

小部屋に押し込まれていたユーフィリネ大公女は、再び怒りを燃え上がらせた。今、最も忌々しいのは、あの監察官だ。全くもって、あの監察官が、あんなに無礼者だったなんて!

黒髪と青い目の監察官はユーフィリネ大公女の余罪を余すところなく指摘し、老ヴィクトール大公の手が回っていただろうに、無慈悲にも満場一致で裁判所送りにしたのである。今まで別の人に向いていた、あの凍て付くような眼差し。その秀麗な顔には、一切笑みを浮かべない。それを真っ向から受けて思わず萎縮してしまったことには、自分の事ながら、返す返すも腹が立つ。

そう、腹が立つ。ユーフィリネ大公女は、険しい眼差しで己の手のひらを見た。あんな奴、死んでしまえ。

ユーフィリネ大公女は、監察官の婚約者が《宿命の人》である事を知っていた。《宿命の人》を失った竜人は――

その有様を想像し、口元に、酷薄な笑みが浮かんだ。

(そう、私には力があるのよ。誰も知らない力が)

ユーフィリネ大公女は、身体の一部を慎重に竜体へと変化させた。手首から先だけが、鱗に覆われた竜の手になる。紫を帯びて黒く輝く美しい鱗だ。金色で縁取られているのは王族の血筋の証。手のひらに相当していた部分で、《宿命図》に似た何かがが輝き出した――

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