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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:ブラウニング「岩陰に」

岩陰に/ロバアト・ブラウニング(翻訳:上田敏)

ああ、物古(ものふり)し鳶色(とびいろ)の「地(ち)」の微笑(ほほゑみ)の大(おほ)きやかに、
親しくもあるか、今朝(けさ)の秋、偃曝(ひなたぼこり)に其骨(そのほね)を
延(のば)し横(よこた)へ、膝節(ひざぶし)も、足も、つきいでて、漣(さざなみ)の
悦(よろこ)び勇み、小躍(こをどり)に越ゆるがまゝに浸(ひ)たりつゝ、
さて欹(そばた)つる耳もとの、さゞれの床(とこ)の海雲雀(うみひばり)、
和毛(にこげ)の胸の白妙(しろたへ)に囀(てん)ずる声のあはれなる。

この教こそ神(かん)ながら旧(ふる)き真(まこと)の道と知れ。
翁(おきな)びし「地(ち)」の知りて笑(ゑ)む世の試(こころみ)ぞかやうなる。
愛を捧げて価値(ねうち)あるものゝみをこそ愛しなば、
愛は完(まつた)き益にして、必らずや、身の利とならむ。
思(おもひ)の痛み、苦みに卑(いや)しきこゝろ清めたる
なれ自らを地に捧げ、酬(むくひ)は高き天(そら)に求めよ。
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遥かなる青の境界

「遥かなる青の境界」を描き続けた画家が、かつて、いました。

その筋では有名なロシア画家(正しくはドイツ系ロシア人)です。一般的には、ストラヴィンスキーの『春の祭典』の着想・構想・舞台デザインに関わった美術家として知られています。ドイツ名「ニコライ・レーリヒ」。または、ロシア名「ニコライ・コンスタンチノヴィチ・リョーリフ」。

彼は、晩年はヒマラヤの画家として名をはせ、インドで没しました。ヒマラヤ・チベットを題材とした絵画で、神々しいまでのブルー表現を極めた人です

ニューヨークのレーリヒ・サイトが、ひときわ見やすいです
http://www.roerich.org/
#「the Collection」というところをクリックすると、作品のリストへ。
1924-1925、1926-1934、1935-1947(晩年期)の部分には、特に、ヒマラヤ・チベットの光景を描いた美しい絵が多く載せられています。

レーリヒが描いた「青」を見ていて、「青の境界」という連想が浮かびました。今回のタイトルの由来です。これはこれで、絵画鑑賞を通じた「青の体験」の簡略版のようなものでしょうか

さて…、『雪片曲線論』(青土社1985年)中沢新一・著に、「青の体験」について面白い事が書かれてあったので、適当に要約してみます。内容は、「高原のスピノチスト・色彩の胎生学」という章からのものです。

(著者=中沢新一は)ネパールでチベット人のラマについて向こうの密教を学んでいたとき、絵師について絵も勉強していた。絵師は注文を受けて下絵を描くと、見習いの弟子に手渡し、空の部分に教えたとおりに色をつけるように指示してゆく。ライトブルーで薄く塗った後、濃紺からライトブルーに向かって色調を変化させながら塗りこんでゆくのである。

何日も何日も空の色を塗り続け、空の部分の色が仕上がると、今度は別の、年季を積んだ弟子がその絵を引き継いで、雲、山、花々、火焔といった各所に丹念に色を付けてゆく。そして最後に絵師が、神々や仏尊の顔、衣、宝飾などの重要な部分を仕上げてゆくのである。

こんな風に、見習い弟子は、来る日も来る日も、空の青を塗り続けるのである。しかしそれは、修行と言う観点からは、極めて重要な意味を持っている。チベット密教の瞑想体験の中では、空の青が極めて根源的な重要性を持っているからである(絵師の師匠が描く空の青は極めて深く、沁み透るような青であると言う)。

密教絵画の多くは、「生起次第」という瞑想技法に関連がある。

「生起次第」とは、視覚的想像力を通じて、前方ないしは頭上に様々な神仏のイマージュを生み出したり、行者自身の身体を神仏の想像的イマージュに変容させたりする、想像力の技法である。瞑想を通じて映像イマージュの生起する意識の深層領域に下降してゆき、器官的な身体をめぐる観念を浄化しようとするのである。

「生起次第」はそのようにして、日常意識の作り上げる二元論を解体し、物質的身体そのものが想像的なイマージュとして作られてくる事や、そういうイマージュ自体、純粋な意識の力の場から生起してくることを悟らせようとするのである。

青空は、「生起次第」による心的イマージュがそこから立ち現れ、再びそこに溶融してゆく母胎-意識の原初状態そのものを指し示している。それは、多層的意識の最下層に蓄えられたバイオ・コスミックな運動性が未発の状態でみなぎっている岩盤である。多層的意識全体を包み込んでいる意識体の原初を、その青空は、表そうとしているのである。

空の青は、意識の原初と言う概念を表すものではなく、意識の原初、意識の胎児そのものを、直接体験的に表すものなのである。瞑想の修行の過程でもたらされる「青の体験」そのものなのである。

「青の体験」において、修行者の意識は、純粋な原初状態に置かれる。そこから再び現象の世界に立ち戻ってくる過程で、修行者は意識の発生と展開を辿りなおす胎生学的探求に取り組むのだ。意識の原初が内蔵する「明(リクパ)」と呼ばれる意識の種子が、自らを展開しながら、意識の多層体を作り上げてゆく様を、体験的に観察してゆくのだ。

(原初の青は、まずまばゆい「智慧」の光となって躍り出る。これを、我々は、深層意識の領域に発する内的な光として体験する。意識構造体が完成してゆくに従って、光は原初の変容するまばゆさを失い、「無明」の闇となって澱む。この「無明」の澱みが、我々の意識現象の世界を作っているのである。)

バイオ・コスミックの岩盤である意識の原初には、人間の音声言語にも展開してゆく言語の「種子」が内蔵され、この言語種子は意識の様々な層を横断しながら、それぞれの層にふさわしい言語的痕跡を残してゆく。例えば想像的イマージュの生死する深層領域で、それは真言(マントラ)となって音声化する。だが、表層的意識には、この真言が不可解な音声の塊(マッス)にしか見えない。

表層に浮かび上がった言語種子は、自と他、内と外を分離し、客観的事実を構成する表層的意識に対応したシンタックス(言語配列)を形成するが、この言語シンタックスの物質性を通して、日常のリアリティと言う最も強固な実体性を帯びた幻影が構成されるのである。そしてその幻影の背後には、すでに超越性というもうひとつの幻影が産み落とされている。この超越性の場を背景にして、人々は言語を語り合い、彼らの象徴的現実を作り上げるのだ。

引用するとき、「青の体験」以後の後半はよく分からなかったので、分からなかった部分は、そのまま意味を壊さない範囲で、抜粋してあります。

異世界ファンタジー試作33

異世界ファンタジー9-3告白:ボーイ・ミーツ・ガールの真相

――結局ロージーが気付いたのは、居間とつながる続き部屋の、壁の隅に沿って設置されたコーナーソファの上だった。体が冷えないように、厚手の毛布を掛けられている。厚い生地のカーテンの隙間から見える窓の外は真っ暗で、ソファ近くの低いテーブルの上にはランプが煌々ときらめいていた。夕食の時間は、とっくの昔に過ぎ去っていた。

ロージーは目を覚ました後、暫くの間ボンヤリと瞬きしていた。やがて思考がクリアになる。

ランプの光の向こうに人の気配があり、ロージーはギョッとして身じろぎした。毛布の中でバタバタするが、手に力が入らない。

「無理して起き上がらなくても構いません――気分は如何ですか、ロージー」
「監察官…」

まさしく記憶にある――そのままの、朗々とした低い声だった。男は向かい側の椅子から立ち上がると、優雅ながら自然な動作で、ロージーの頭の側で角度を持って連結されている部分の座席に、そっと腰を下ろした。

「私がジル〔仮名〕です。今まで名乗っていなかったですね、驚かせてしまって申し訳ありません」

切れ長の深い青い目が、窺うようにロージーを見ていた。ロージーは無言のまま、ジル〔仮名〕と名乗る、あの監察官を見つめていた。笑うべきか泣くべきか、それとも他の――例えば怒るべきか、改めて驚くべきか――とにかく、余りにも色々な、いわくいいがたい思いで一杯になっていて、何も言えなかったのだ。

カッチリとした宮仕えの衣服では無く、ラフな私服をまとった監察官――ジル〔仮名〕の姿を見るのは、初めてだった。男の顔には笑みは無かったが、わずかに身を乗り出してロージーに注目しているその様には、確かな気遣いが感じられた。

ロージーの思考は急に回転し、直前の記憶を振り出した。

あの時、玄関ホールからロージーを見上げて来た、その綺麗な面差しには、驚愕の表情は感じられなかったのだ。さすがに少しは、驚愕はしてはいたかも知れないが、それは枝葉末節であり、もっと別の――疑念や疑惑のような――例えば何かを確認しているかのような表情だったのだ。

ロージーは男から視線を外し、微妙に眉根を寄せた。

――最初、共同墓地で出会った時は、この男、私が「ロージー」という名前である他は、何処のどういう者なのか知らなかった――というのは、確実だ。では、何処で、ジル〔仮名〕は私が、士爵グーリアスの娘ローズマリーだと分かったのだろう?

ロージーの頭の上で、ジル〔仮名〕の溜息が落ちた。

「――ロージーは本当に、考えている事が顔に出ますね。今、私が何故に驚いていないのか、考えているんでしょう?」

ロージーは思わず、ムッとした。頭の出来が違うからでは無いだろうか。ちょっとだけ、ひがんでしまう。やがてジル〔仮名〕の大きな手が、長い指が、最初はためらうように、ロージーの白緑色の髪を撫で始めた。

「私も最初は、ロージーが誰なのか知りませんでした。私が覚えている『ローズマリー』は、肩の辺りで真っ白な髪を切り揃えていた幼体で…触れると壊れるんじゃないかと思うくらい脆い印象だったですから。私が共同墓地に行った時に探していたのは、白い髪を持っている、それらしい女性でした」

ジル〔仮名〕は言葉を切った。どういう言い方をすれば良いのか考えているらしく、目を伏せて沈黙している。やがて、ジル〔仮名〕は、あの滑らかな低い声で、また語り出した。

「私が昔、ローズマリーに《宿命の人》を感じたのは本当です。あの時は、まだ小さかったから信じる信じないは自由ですが、あの時から私にとって唯一の人でした。理屈ではありません――この辺は竜人の男なら分かりますが、説明しにくいですね」

それはそうなのだろう。身体レベルで次元の異なる対象を理解するのは、難しい。ジル〔仮名〕は『唯一の人』という形で確信したらしいが、当時のロージーが抱いたのは、幼すぎる事もあってか、淡い好意でしか無かった。

ジル〔仮名〕はロージーの白緑色の髪の感触が気に入っているらしく、いつまでも撫で続けていた。

「雑木林で、ロージーを突き飛ばしかけて――咄嗟に捕まえた身体は華奢で、とても軽かった。人体もそうですが、随分、小柄な竜体の持ち主だと思いました。すぐに気配を収めましたよ、怖がるのは目に見えていたから。今だから言えますが、ロージーと目が合った時、『ローズマリー』に感じた時とは比べ物にならない程、直感を――心を揺さぶられました」

ロージーはビックリして、ジル〔仮名〕を見上げた。――そんなに?

ジル〔仮名〕は絶妙な角度で小首をかしげ、なまめかしい流し目をくれた。ロージーは息を呑んで固まった。多忙な毎日の中、鏡の前で練習しているはずは無いし、本人は意識すらしてもいないのだろうが、最初の頃と比べて色気が数倍くらい割り増しされているような気がする。誘惑されているようだ。不意にやられると心臓に悪い。

「ロージーの白緑色の髪に触りたかったですよ、あの頃から。王宮で再会した時、触るチャンスが出来たと思いました。昔のロージーが虚弱体質だったろうという事は一目で分かったので、大人になった『ローズマリー』に触れる練習になるという心積もりもありました」

雑木林での事は奇妙に隅々まで覚えている。確かに彼は、不自然なほどにロージーの白緑色の髪をジロジロと眺め――いや、穴が開くほど見つめ、注目していた。ロージーは赤面して目をギュッと閉じ、頭を引っ込めた。一瞬、男の手から髪が離れた。

「私が、ロージーが何処の誰なのか分かったのは――あの襲撃事件からずっと後になってからの事でした」

意識を回復させた襲撃者二人の白状した内容は、ジル〔仮名〕その他の官僚を驚かせる物だった。冬宮装飾に関して、会場設営担当の令嬢を2,3人ばかり、公費流用や横流しの罪をかぶせておいて、死体にして転がすつもりだったと言う。

冬宮装飾に関する汚職の疑いが持ち上がり、監察機関は冬宮装飾の取引に関する資料を集め始めた。提出されていた正規計画書に沿った契約先のサイン証明付きの領収書に混ざって、公費流用や横流しに相当する領収書が大量に見つかったと言う。

そこで、冬宮設営に関わった令嬢サフィニアと令嬢アゼリア〔仮名〕、そしてユーフィリネ大公女やその取り巻きの元へ、「必要とあらば証人喚問せよ」という指示を与えられた監察官スタッフと衛兵が、事情聞き取りに向かった。

勿論、令嬢サフィニアと令嬢アゼリア〔仮名〕は、ロージーが関わったのは計画書に沿った物だけだと証言した。

「女官長に、冬宮装飾にまつわる取引記録を、非公式のメモを含めて提出するよう要請しました。あの入札なしの業者の領収書に関する但し書きのメモを見つけて――思わず女官長に確認しましたよ、このサインは確かに本人の物と保証できるのかと」

ジル〔仮名〕の声は、ささやきに近いものだったが、ロージーの耳には良く響いた。

(――確かに、あのメモには正式名をサインしたわ。「士爵グーリアスの娘ローズマリー」…)

「筆跡証明が使えたのは幸運でした。ロージーの潔白は証明されています」

ロージーは「そうですか」と応じた後、おや、と言う風に目をパチクリさせた。「――じゃ、誰が汚職していたんですか?その人が、襲撃者だったんですか」

「それは機密ですから今のところは話せません。王宮神祇占術省の老ゴルディス卿からロージーに出ていた《死兆星》に関して補足説明を受けましたが、ロージーの災難は本質的に"とばっちり"で、全て運の悪い偶然が重なったせいだそうです」

ジル〔仮名〕の説明が終わり、ロージーは内容を反芻し始めた。部屋の中は暫くの間、静かだった。

「――婚約破棄をしたいそうですね、ロージー。理由は、クリストフェルですか?」

ロージーの心臓が飛び上がった――そして、ランプに照らされたジル〔仮名〕の顔は、笑っていなかった。