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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

異世界ファンタジー試作5

異世界ファンタジー2-1再会:王宮の令嬢女官と貴族官僚

ロージーの王宮勤務が再開した。ロージーは王妃直属の女官長に忌引休暇の報告をすると共に、祖母の《霊送り》の日が近づいて来たことを説明し、申し訳ないが近いうち、また長期休暇を取得するつもりだと述べた。

ロージーは、数家の貴族令嬢たちとチームを組み、押し迫って来た冬季社交シーズンにおける、王室開催の園遊会の準備に関わることになった。令嬢や令夫人の公務でもある。外交も兼ねる国家的な行事であるが、信頼できる強力な令嬢たちとチームを組む事になったため、それほど大変にはならないだろうと、ロージーは楽観した。

今回のチームを組んだ令嬢のうち一人、令嬢サフィニアは、王宮植物園を管理する公務に就いている女官である。占術に興味を持っているところで、ロージーが民間の神祇官から聞き知った《運命の人》の内容に大いなる関心を示した。

「自由恋愛って感じねー。いろんな恋の可能性があるって事だわ、何かロマンチックじゃない」
「ある種の獣人社会みたいに、一夫多妻とか一妻多夫まで行くのは、行き過ぎるとは思うけどね」

同じチームの令嬢アゼリア〔仮名〕が口を挟む。出版物書庫の司書を公務としていて、時事や貴族社会の話題に明るい。

チームメンバーには、もっと上位の貴族であるユーフィリネ大公女も居るのだが、既にお見合いを兼ねた園遊会の招待客の選定に入っているということで、園遊会の開始までは余り話し合うことは無いだろうという事だった。貴族のゴシップに詳しい令嬢アゼリア〔仮名〕が、平民上がりのロージーにとっては見知らぬ存在でもあるユーフィリネ大公女の情報を提供する。

ユーフィリネ大公女は、先王の代のキングメーカーでもあった筆頭の老大公――通称老ヴィクトール大公――が溺愛する孫娘である。老大公は非常な高齢だが今なお隠然たる影響力があり、その権勢をうらやむ若手は「老害」だと騒ぐ。今を時めくユーフィリネ大公女は、ロージーより少し年上の、まさに社交の花を成す世代。両親は権力闘争の影響で早死にしたが、絶世の美男美女だった両親の素質を受け継いでおり、国内でも外国でも、「妻に欲しい」と希望する大貴族が大勢いるのだそうだ。

(雲の上の存在は、やっぱり違うわ…)

でもね、と令嬢アゼリア〔仮名〕は愚痴っぽく続けた。

「ユーフィリネ大公女は、老ヴィクトール大公に甘やかされてるでしょ。性格が派手で極端だし、付き合いは疲れそうだし、公務でも楽な仕事を選んで残りを下々に押し付けてくれちゃうし、文句を言ったら取り巻きににらまれるし、私は余り…ってとこだわ」

ひとしきり談笑した後、チームはそれぞれの担当に応じて別々の場所に向かった。

*****

ロージーは備品倉庫管理の公務から大いに繰り上がった形で、会場設営の担当になった(ある意味、下位女官としては出世したと言える)。高位竜人の間で立ち回る仕事では無いから気楽だが、内容はハード。納期厳守でもある。

冬季という事もあって、庭園の常緑樹の管理を除けば、室内装飾が中心になる。ロージーは、穏やかな秋の日差しが降り注ぐ冬宮の長い回廊を巡りながら、テーブルの配置などの基本的なアイデアを詰めていった。まだ季節は秋であり、秋宮のにぎやかさに比べ、冬宮はひっそりとしていた。たまにすれ違う衛兵やメイド以外には、出会う人は居ない。

(冬宮の設営は初めてなんだよね…冬季期間中の様々な交流場所にもなるから、ある程度、春になるまでの間、飽きないような趣向じゃないと――)

ロージーは冬宮の壁を覆う幾つもの絵画装飾やタペストリを眺めた。雪や曇天が続き、植生も殺風景な光景になりがちな冬のテーマには、歴史が選ばれることが多い。前任者もまた歴史をテーマにしていた。神話時代から現代まで、冬に起きた出来事のあれこれを巧みに組み合わせてある。社交の話題の種になるという実用性も狙っているのは明らかだった。

(あら…でも…?)

幾つか抜け落ちている要素がある。故意に省いたみたいだ。ロージーは眉根を寄せ、首を傾げた。

(パターンが見えない…どういう基準で選んだのかしら?)

座っても立っても分からない。東西南北くるくる回っても分からない。神話時代の物はある程度は揃っていたが、現代時事の話題が多くなるであろう社交では、意味合いが薄くなるのは確実である。平民上がりのロージーは、社交に関しては最小限の招待状しか受け取っていなかったから、婚約者のジル〔仮名〕と出会うチャンスではあったが出る幕が無かった。自然、社交会場の事情についても、良く分からないことが多かった。

(これは、前任者に聞いてみるべきなのかしら?そういえば、前任者って誰だったかしら…)

「そこに居るのは誰ですか?」

いきなり、回廊の端から低く通る声が響いた。思案にふけっていたロージーは、流石にギョッとする。

声のした方を振り返ると――そこには、予想外の男性がいた。男の方も驚いたように「ロージー嬢?」と呼びかけを重ねる。

――共同墓地の離れの雑木林でかち合った、あの黒髪と青目の、背の高い男。何という思わぬ再会。

(確か、この人も王都で仕事をしているとか――王都の何処かだろうとは思ったけれど、まさか王宮の中で?!)

驚きと気まずさと、再会の喜びや他の様々な感情が混ざり合って、ロージーはどう反応したらいいのか分からず、男が貴族そのものの洗練された動きで歩み寄ってくるのを、呆然として見つめるばかりだった。

「気晴らしに来てみたら、挙動不審なメイドが居る…と思ったので――失礼をしました」
「まあ、そちらこそ不審人物じゃありませんか。冬宮の稼働は、まだ先ですもの」

男はおかしそうに笑い声を立て、ロージーはムッとし――そして、緊張がほぐれた。今日のロージーは、一見してメイド服と変わらないような、あっさりとした緑色のドレスだ。デザインや質は貴族令嬢のドレスに準ずる物なのだが、喪に服していることを示す黒いリボン以外には特に凝った装飾は無く、エプロンその他の装備を付ければ、メイドの出来上がりといっても良いほどだ。

ロージーは男の衣服を眺めた。パリッとしていて、如何にも役人を務める貴族といった風。しかも、胸元の徽章は――

「監察官でしたの?」
「良くお分かりになりますね」

何処の部署かという事は具体的には言えませんが――と、男は苦笑した。ロージーは納得した。

最近まで王都を混乱に陥れていた権力闘争の後始末には監察官が関わる案件が膨大にあり、多くの部署にまたがっていることもあって、宰相の交代に伴って、一時的に合同機関が設立されていた。日夜、各部署の監察官がそこに詰めているという事を、ロージーは社交界の噂話でちらほらと聞き知っていた。

「それで、どうしてロージー嬢は、タペストリを盗みそうな目つきで見ていたんですか?」
「盗むんじゃありません!冬季社交シーズンに向けての模様替えをどうするべきか検討していたんですわ!」

本当は再会の嬉しさと恥ずかしさで一杯だったのだが、ロージーはそれを慎ましく押し隠そうとして、かえって挙動不審と受け取られても仕方がないほどの反発的な口答えをしていた。流石に「しまった」と思ったものの、男の方は全く気にしていないようで、笑い上戸よろしく、いつまでも肩を震わせていた。

――やがて気分が落ち着いた後、ロージーは絵画やタペストリの奇妙な選択パターンについて、男に意見を求めた。

「ああ、それは前の権力闘争の影響に違いありませんね」

男の回答は明快だった。古い時代にさかのぼる家柄の貴族は、その先祖が、たびたび絵画やタペストリに登場する。最近の権力闘争では古い家柄の貴族も相当数が関わっており、確執やスキャンダルも多く生まれていた。社交の話題で余計なトラブルの種にならないように、関係者の先祖が含まれている部分は注意深く省いたのだ、という事だった。

「最初は例年通りに定番のパターンを組み合わせていたのですが、裁判が進んで毀誉褒貶が定まってくると同時に、社交界で名誉棄損の訴えなどの揉め事が増えて、その後始末も増加しましたから…」

男はため息をつき、「特にヴィクトール老大公が関わる部分では、みな神経質になります」と付け加えた。

ロージーは、会場設営の仕事が想像以上に面倒な仕事になったことを直感して、落ち込んだ。何年も前から定番以外のパターンが続いていて、工夫はあらかた出尽くしたそうだ。新しいパターンを考えるのは大変になりそうだ。納期に間に合うのかしら。

ロージーはあれこれと思案に沈む余り、男がロージーをしげしげと眺めていることには気づいていなかった。

実のところ、男はロージーを熱心に見つめていた。平民クラス出身そのものの、さほど力量のつかない平凡な体格。王宮に上がるために相当鍛錬したのであろう、きりっと背筋を伸ばしているから二割増しで堂々としている風に見えるのだが、成人済みにも関わらず、明らかに小柄で華奢だ。白緑色の髪は、光の当たり具合によっては真珠色にも銀色にも見え、思わず触ってみたくなるような透明感と艶やかさを持っている。

この印象は、真冬の雪のような絶対的な白さ、と言うよりは――

やがて、流石に鈍いロージーも男の視線に気づき、「私の顔に何か付いてますか?」と尋ねる。

「ロージー嬢、エランティス…ああ、その趣向のパターンでは、如何です?」
「節分草ですね?それは、どういう事でしょう?草花の装飾は春の独壇場ですが…」
「スプリング・エフェメラルですよ――季節の先取りというのも悪くは無いと思います」

ロージーの顔が、ぱああと明るくなった。

「すごいです、監察官!それ、名案です!」

ロージーは勢い込んで礼をすると、善は急げとばかり、チーム仲間の令嬢たちの元へと駆け出した。

一陣の風のように駆け去ったロージーの後、残された男が頭に手をやりつつ、苦笑しながら佇んでいた。

「…ガイ〔仮名〕殿の、植物園通い趣味のお蔭だな…」

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