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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

錬金術についての覚書・前

参考書籍=『図説錬金術』吉村正和・著、河出書房新社2012年


《錬金術の実験室にあった様々な材料や合成物》

アッ・ラージー(9世紀-10世紀、アラビアの科学者・錬金術師)の実験室
▼硫化鉱物、孔雀石、瑠璃(青金石、ラピス・ラズリ)、石膏、赤鉄鉱、トルコ石、方鉛鉱、輝安鉱、明礬、緑礬、ナトロン(天然炭酸ソーダ)、ホウ砂、普通塩、石灰、ポタシ(炭酸カリ)、辰砂、鉛白、光明丹(こうみょうたん、四酸化三鉛)、酸化鉄、酸化銅、酢
17世紀イギリスの実験室
▼亜砒石、硫酸、炭酸カリ、粗酒石、ソーダ灰、辰砂、腐食液、白鉄鉱、不純酸化亜鉛、マグネシア、王水(アクア・レギア)、アンチモン等

アッ・ラージー著『秘密の書』は蒸留、煆焼、溶解、蒸発、結晶化、昇華、アマルガム化、蠟化などの工程が明らかにされており、ジャービルの錬金術理論を証明するための、実践的な化学実験の書でもあった。アッ・ラージーは、多くの実験器具を考案した人物としても知られる。

ジャービル・イブン・ハイヤーンは、8世紀-9世紀(アッバース朝の頃)、アラビア錬金術の頂点を築いた科学者・神秘思想家である。3000点ほどの論文(ジャービル文書)のうち、ジャービルの弟子たちによる著作も多いと推測されている。ジャービル文書は、13世紀後半、ヨーロッパでラテン語に翻訳され、『錬金術完成大全』として流布した

代表的なジャービル文書
▼『112の書』=錬金霊液についての言及あり
▼『70の書』、『精留の書』=すべての金属は硫黄と水銀から成るとする、「硫黄=水銀理論」を説く。なお、アッ・ラージーは、ジャービル理論を継承しつつも、「硫黄」と「水銀」に続く第三の原資として「塩」を加えた。
▼『均衡の書』=錬金術だけでなく、医学・占星術・物理学においても均衡が重要と説く
ジャービルが完成したアラビア錬金術の理論(硫黄=水銀理論)の概略:
【硫黄と水銀は、「平衡」の状態において完全な調和となり、金属の場合は完全なる金となる。人間の場合は、精神状態が回復される。この調和をもたらすのが、「錬金霊液アル・イクシル al-iksir(ラテン語:エリクシル elixir)」である】

《大いなる作業(12の操作)》

15世紀イギリスで活躍した錬金術師・修道士ジョージ・リプリー作詩『錬金術の構成(1471年執筆、1591年出版)』=イギリスで最も初期に出版された錬金術文献であり、賢者の石の生成過程が「叡智の城」に至るための12の門(扉)として表現された。

概略=錬金術の元素材(ヒキガエル、蛇、ドラゴン)⇒プリマ・マテリア(第一質料)への還元⇒白い石⇒赤い石⇒金属変成(黄金創出)

  1. 「煆焼(かしょう)」・・・金属を焙焼して金属灰(calx)にする操作。不純物を除去。
  2. 「溶解」・・・金属を液状にする操作。濃密な状態が希釈化される。それまで金属の内部に隠されていたものが解放されて、液の中に溶け出して来る。原初的なプリマ・マテリアの状態に重なる。
  3. 「分離」・・・ 四大元素の分離であり、分解した四大元素からその魂である精気(第五元素、エーテル)が遊離してくる。この過程を進めるために必要なものは、金属の内部にある神秘的な火、即ちドラゴンの火である。
  4. 「結合」・・・ 分離した対立要素が結び付けられる過程であり、「化学の結婚」と呼ばれる。 女性と男性、水銀と硫黄の結合であり、この場面は両性具有の図版で描かれる事が多い。
  5. 「腐敗(黒化、ニグレド)」・・・金属はこの段階で完全な死を迎えて、「カラスの嘴のように黒い粉末」となる。黒化の段階は、同時に再生への出発点である。結合の段階で蒔かれた種子は「懐胎」された状態となる。
  6. 「凝固(白化、アルベド)」・・・浄化された金属は白くなり、「白い石」が得られる。白化の段階であり、 これ以降は「赤い石」を生成する作業「赤化(ルベド)」が続くが、詳細は不明。
  7. 「滋養強化 cibation」・・・新しく生まれたものには養分を与えて大切に育てる必要があるように、滋養物を与えて金属を強化する過程である。
  8. 「昇華」・・・固体を、液体の形を経ないで直接に気化させる。
  9. 「発酵」・・・酵母菌によりパンが発酵するように、金属が時間を掛けて発酵する。
  10. 「高揚」・・・金属の性質が高められる。
  11. 「増殖」・・・質を高められた金属が増える。金変成が行なわれなくても、その量を増す事が出来れば、 同じ経済的な効果を生むために、重要な操作と見なされていた。
  12. 「投入」・・・赤い石を投げ入れて、短時間のうちに金変成を行なう。

※当サイト管理人の考察=錬金術における「増殖」と「投入」のプロセスは、現代の化学実験における、金属イオンの溶液の中で進む「金属樹(金、銀、胴、鉛、錫etc)」の生成プロセスでは無いかとも思われる。金属樹の生成は、見ようによっては植物の成長・増殖に似ている。


《錬金術の基本用語》

▼賢者の石

卑金属を金や銀などの貴金属に変成するとされた物質。石のような固体、或いは粉末が想定されていたらしいが、正確なところは不明である。「白い石」と「赤い石」があり、「白い石」は銀の変成に、「赤い石」は金の変成に使うとされた。

更に、神的・天地創造的なエネルギーの結晶でもある「賢者の石」には、万能薬、不死薬、若返りの薬など、様々な医学的効能も期待された。このような神的な物質が存在すると言う信念が、錬金術を成立させてきた。

▼錬金霊液(エリクシル)

「賢者の石」を変成する神秘的な霊薬である。「賢者の石」同様に、金属変成や病気治癒の効能が期待された。赤い錬金霊液と白い錬金霊液とがある。赤い錬金霊液は金の変成および病気治癒が可能であり、白い錬金霊液は銀の変成が可能であるとされた。

▼錬金染液(ティンクトゥラ)

金属の色を変化させる神秘的な霊薬である。表面的な色だけでなく、その内部の性質をも変容させる事が可能とされた。「賢者の石」や「錬金霊液(エリクシル)」に代わる重要物質(※或いは、その研究発展形であるように思われる)。

▼硫黄=水銀理論

すべての金属は硫黄と水銀から成るとする理論で、ジャービルによって提唱された。ここでは、金属生成の原理的要素としての「(原理的)硫黄」「(原理的)水銀」の事であって、現代的な意味で言う鉱物とは意味合いが異なるので、錬金術文献を読む時は、注意を要する。

錬金術師は、(原理的)硫黄と(原理的)水銀を、以下のように考えていた:
@硫黄の性質&役割=発動的性質、能動的原理、男性原理(種子)
@水銀の性質&役割=受容的性質、受動的原理、女性原理(母胎)

つまり、原理的・硫黄(男性原理)と原理的・水銀(女性原理)の結合によって、すべての金属の生成が可能であるとしたのである。

後世、「賢者の水銀」が考え出されるが、これは、原理的・硫黄(男性性)と原理的・水銀(女性性)の両者を併せ持つ、両性具有的な水銀とされた。

更に、「(原理的)硫黄」「(原理的)水銀」「(原理的)塩」によって金属の生成を説明しようとする錬金術師も登場した。

※それ程に、「金属(メタル)」と言う"不思議なもの"が何故に存在するのか、どうして、どうやってこの地上に生み出されたのかというテーマは、世界の創造と変容の秘密に迫るための、重大な謎であり鍵であったと思われる。現代は、金属の生成は、宇宙物理学・原子物理学・量子物理学(超新星爆発に伴う巨大な原子&クォーク過程)によって説明されている。

▼プリマ・マテリア(第一質料)

アリストテレス用語。形相も性質も持たない原初的・未分化・純粋な質料であるとされた。すべての物質に内在する根源物質であり、物質が外面的にどのような変化をしても、常にその存在を支えている。

「マテリア」の語源は「マテル(母)」に由来しており、母胎的なイメージを備えている。

錬金術の作業では、物質をこの根源状態(プリマ・マテリア)に戻した上で、これを活性化するために「生ける生命原理」が吹き込まれなければならないとした。この生命原理は、受動的な質料に対して能動的役割を果たすものであり、「種子」という概念が充てられた。

※種子たる「硫黄」を注がれ、しかる後に変容能力を持った(=活性化した)プリマ・マテリアが、両性具有性(=受容性と発動性)を備える「賢者の水銀」とされた、と思われる。

▼四大元素

万物の基本元素は、「地」「水」「風」「火」であるとされ、これが四大元素とされた。アリストテレスは、「熱」「冷」「湿」「乾」という基本的な四性質と結び付ける事で、各々の四大元素の性質と形相を説明しようとした。

【地】=冷、乾/【水】=冷、湿/【風】=熱、湿/【火】=熱、乾

このように、基本的な組み合わせの変化によって基本的な形相と性質が決まる、従って、この世すべての事物もまた、幾つかの基本的な組み合わせの変化によって、その形相と性質が変化すると結論する事は、自然な結果であった。

※組み合わせを変化させる事で、或る元素を別の元素に変化させる事が出来るという考えは、ここに由来する。これを、すべての金属の生成理論に応用したのが、錬金術の「硫黄=水銀理論」と言う事が出来るようである。

※全ての元素は基本的な粒子(陽子、中性子、電子)によって構成され、かつその組み合わせによって各元素の性質が決められているとする、現代の原子分子化学・物理学の考え方と、それ程大きな差がある訳では無い。

▼第五元素

アリストテレスが提唱した概念。月下界(地上)の物質が四大元素「地」「水」「風」「火」によって構成されているのに対して、天空界(恒星と惑星の世界)は第五元素によって構成されているとした。

四大元素「地」「水」「風」「火」より成る地上の存在は、時間と共に腐敗し変化するが、第五元素から成る天空界は、時間によらず不変である(=永遠的な存在)とされた。

錬金術のもうひとつの目的は、地上の物質から、この第五元素を抽出する事にあったとされている。第五元素は、しばしば、「賢者の石」と同一視された。

※腐敗しにくい永遠的な性質を持つ金属は、ごく微少ながら、第五元素を内蔵していると考えられたのかも知れない。或いは、原理的・硫黄と原理的・水銀は、ごく基本的な物質である故に、上昇と下降を繰り返す神秘的な反応・変容を通じて、天空界と神秘的な方法で直結し、天上的物質である第五元素を呼び込む、或いは生じる(析出する)、とされたのでは無いかと考える事も出来る。

▼生命霊気

宇宙に偏在する生命原理であり、神の息吹(プネウマ)として、人間だけでなく金属を活性化する原動力である。錬金術は、この生命霊気を、物質(※おそらくは、特に原理的・硫黄)から抽出しようとした。

※中国の神秘思想における、玄妙な「気(氣)」に相当するものかと思われる。

▼黒化(ニグレド)・白化(アルベド)・赤化(ルベド)

錬金術の作業において、主に火を通じて起こる各種の反応・変容である。

  • 黒化=素材となる物質を加熱し溶解する事によって完全に分解する過程(物質の死)
  • 白化=物質の変容が進み、精妙になり純化する過程(新たな純粋物質として再生する過程)
  • 赤化=最終段階の変容。「賢者の石」を生み出す時に進行する化学反応とされた

▼赤い王

アラビア錬金術がヨーロッパに伝わってキリスト教化された結果、「完全無欠の金属」の変成や医学的効能が期待される「賢者の石」は、最後の審判において、人間の魂を救済し永遠の命を約束するキリストのイメージと重ね合わされた。

錬金術においては、キリストは、赤化の最終段階で出現する「賢者の石」の象徴である。図版では、「赤い衣服をまとった人の王(或いはキリスト)」として表現された。

※西洋では、「賢者の石」は、赤い色を持った物質としてイメージされていたようである。実際の図版では、この「赤い王(賢者の石)」は様々な姿で描かれており、ルビー、太陽(ソル)、不死鳥、赤い花(バラ)、等のパターンがある。

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