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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

断章・航海篇2ノ3

【シュメール諸都市の物語・・・神は王権を授ける】

都市文明を築く事に成功したシュメールは、「王権は天から降ってくる」と考え始めた。

以後の時代のオリエント圏の物語は、「王権神授説」がスタンダードとなる。シュメール文明の末期、イシン・ラルサ時代に完成したとされる王名表(キング・リスト)によれば、「王権は天から降ってきたが、その後大洪水があってすべてが一新された」となっているという事である。そしてその後、諸都市の王の名前と覇権争いの顛末が、順次刻まれてゆくのである。

この王名表は、文書によって内容はまちまちだが、最初の都市エリドゥから最後の都市イシン(セム語族アモリ人国家)まで復元されている。

いわく、「天から都市Aに王権が降り、P王・在位Q年、R王・在位S年、…合計Z人の王がT年統治。都市Aが滅亡すると都市Bに王権が移行…、都市Bが滅亡すると都市Cに王権が移行…」と記されていると言う。

こうした文書は、王を戴いたオリエントの諸都市の中で次々に作成され、各都市の王権神話と分かちがたく結びついていった。いわく、「天から下された王権がこのような経緯を経て、現在のわが王朝に伝わったのである。天下に2人以上の王が並び立つ事は無く、我らは由緒正しき王統である」。

シュメール人は、伝説上の大洪水を「歴史の分水嶺」と捉え、神話に伝承した。その物語群が、オリエント交易路の一翼を担っていたヘブライ人の神話『旧約聖書』に取り入れられ、「ノアの洪水神話」という一大バージョンを生み出した事は、余りにも有名である。

メソポタミアの主要産業は農業であった。その収穫の成否は、都市の運命を左右した。灌漑組織の整備は文字通り国家の死活に関わっていたのであり、人民は毎年、運河整備や浚渫に動員されたという事が知られている。

水と人の闘い。シュメール神話における王権神話の基調音は、そこにある。そしてその物語は、水神エア(エンキ)と地母神ニンフルサグの闘争として伝えられた。この物語は、後にバビロニアの創世神話とも言われている『エヌマ・エリシュ』の起源となる。

ちなみに、バビロニア神話『エヌマ・エリシュ』では、バビロン市の神マルドゥク(古名=嵐の神エンリル)が、混沌の水の女神ティアマトの使わした各種怪獣の脅威と戦う物語・・・として再編集された。これは、オリエント文明における王権の確立に関わるもので、『旧約聖書』は洪水神話と共に、この王権神話をも受け継いだ。

シュメール神話には、「メ」という掟が述べられている事が知られている。一般に「規範/神の掟」という意味であるが、王権の維持や文化芸術の伝承に強く関連していたようである。

最古の都市エリドゥから新興の都市ウルクへ、王権ないしは文化芸術が移行した事を暗示する神話『イナンナ女神とエンキ神』がある。エリドゥの都市神が「全知全能にして水と深淵と知恵の神エンキ」で、ウルクの都市神が「天の女王にして愛と豊饒の女神イナンナ」である。

上の物語では、都市エリドゥを訪問したイナンナが、エンキを大量のビールやワインで酩酊させ、エンキが持っていた全ての「メ」(〝エリドゥの掟〟とも呼ばれていた)を首尾よく獲得し、「天の舟マアンナ」に積み込み、都市ウルクに帰還したという事が語られている。

都市ウルクでは、全ての人々が舟で到着した「メ」を喜び、あらん限りの歓迎をした。してやられたエンキは、正気に戻った後、イナンナの策略に感心し祝福したと言う。「メ」は元々抽象的なもので、「知識や芸道は、伝授しても減るものではない」という考えの下に、最後には都市エリドゥにも「メ」が復活した・・・と伝えられている。

以上のような物語は、「王権」と「繁栄」とが強く結びついていた事を暗示するものである。そして、それは、「メ」と称される「神々の掟」に結晶した《物語》であった。「世界を切り取る物語」は「世界を支配する〝絶対の掟〟の物語」となって、更に広範囲に伝播する事になったのである。

・・・付記:歴史に見る古代メソポタミアの伝統・・・

古代メソポタミア史の特徴として、「長期にわたる伝統の保持」「中央政権と地方分権との対立」の2点があげられる。

《長期にわたる伝統の保持》

古代メソポタミアにあっては、支配民族の変化による伝統断絶は、さほど大きなものでは無かった。むしろ伝統の継承が強く志向されていたのであり、そうした中で、前3000年紀に始発するシュメール・アッカドの伝統は、前2000年紀のバビロンにしっかりと受け継がれていった事が明らかになっている。

バビロンを支配したアムル人、カッシート人、カルデア人、・・・彼らはいずれも、自己の民族性の発揮よりも、バビロンの伝統の継承の方に力を注いだ。太古の知識を伝える偉大なバビロン!

伝統を保持するのとは逆に、革新を目指したナラムシンは、アッカド王朝滅亡を扱った作品『アガデの呪い』の中で、神に不敬を働いた業(=自らを神とした事)によって王朝を滅ぼした悪しき王として描かれた。古代メソポタミアに脈々と流れていた伝統継承の志向が、この作品を描かせたのであろう。

※ナラムシン=アッカド王朝(前2350年~前2100年)第四代の王。

《古代メソポタミアにおける中央政権と地方分権との対立》

ヘロドトス以降、オリエントは強大な東洋的専制国家として語られているが、現代の歴史学によれば、オリエント地域における諸都市や地方の自立傾向は強固なものであった事が知られている。これらの諸都市の自立性が、中央集権的理念の確立を阻害したとさえ言われているのである。

意外な事ではあるが、メソポタミアを象徴する歴史的文化的な統一場は確立していない。ヘレニズム世界、ローマ世界、イスラム世界…そういった普遍理念を支える統一場としての「ひとつの世界」の確立は、オリエント文明圏(とりわけ、メソポタミア地域)においては、成しえなかったのである。

オリエント圏の諸々の神話物語は、いにしえの諸々の都市が切り開き、受け継いできた、各都市の伝統世界と強く結びついている。極めて地域色の強い、個別的な面を持つ物語群であると言えよう。

21世紀に至って、地政学上の激変に飲み込まれ、四分五裂の事態に見舞われているオリエント地域。その未来が如何なるものになるのか? は、今の時点では、杳として知れない。

・・・次回に続く・・・

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