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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

ネトウヨ・ブームのお話

あちこちで「まるで意味が取れない謎だらけの文章」と評価されていたので、興味を覚えて、記録してみる

【時代の風:サイバー空間の「国防」=東京大教授・加藤陽子(毎日新聞2011.10.30)】

◇変容を始めた安全保障
20代の学生にものを教える立場にいると、ときに「おやおや」と思うことがある。これが「やれやれ」となれば、村上春樹の世界となって別の話となるのだが。
「おやおや」と思った直近の例は、かなりの学生が、自分の目や耳に入ってくる「情報」につき、疑いの目を向けず、信頼感を持って接していると知らされた瞬間だった。しかも、彼らのそのような感覚を支えているのは、自らの判断力や思考力によって情報の確度を測れるとの自負ではないのだ。
そうではなく、インターネット上に短文で個人の観察や意見を投稿できる「ツイッター」などのサービスが有する機能ゆえに、情報の取捨選択がなされうる、と考えられている。ここにいう機能とは例えば、RTと略される「リツイート」、すなわち、ある投稿者の観察や意見に対し、他のユーザーが再投稿する機能を指す。RTによる反復で有用な情報は浮き上がり、デマの類いは自然に淘汰されうる、と考えられているようだ。
情報のデジタル化とは、周到な取材によって書かれた新聞記者の署名記事と、個人の観察や意見とが、
RTの対象という点では、同質の「情報」として並んでしまうことを意味する。やっかいな時代となった。正しく疑うことを教えなければならないのか。私に教えられるのか。
まずは、他人や他国について冷静な観察ができる人でも、それと同程度の確度で自らや自国について観察するのは難しいことに気づいてほしい。自らを眺める際に欠落している視角は何か、死角となっているものの見方は何かを問いながら、まずは情報に接する必要がある。
三菱重工や衆議院のネットサーバーやパソコンへサイバーテロが仕掛けられたとの事件を例に考えてみたい。三菱重工の一件では、潜水艦や護衛艦を建造する造船所から防衛関連情報が流出した恐れがあるという。また、衆議院の一件では、ウイルス感染によって中国国内のサーバーに強制接続するようなプログラムが議員の公用パソコンに組み込まれていたという。
二つの事件報道を点と線でつなげば、読み手の頭の中で自然に結ばれる像が何かは述べずとも明らかだろう。では、上記の事件を考える際に思い出されるべき事項とは何か。それは、昨年12月に閣議決定された「防衛計画の大綱」の中身だと思われる。
新防衛大綱は、1976年以来一貫していた「基盤的防衛力構想」を抜本的に見直し、日常の警戒監視を通じた抑止力の向上をめざす「動的防衛力」概念を打ち出した点に特徴があった。具体的項目では、16隻(4個隊)態勢だった潜水艦を今後10年間で22隻(6個隊)に増強する計画などが注目された。
今年8月2日の安全保障会議と閣議で了承された今年版防衛白書を読んでみると、新防衛大綱の特徴が次の諸点にあると気づく。第一に、サイバー攻撃への対処が急務とされたこと。第二に、潜水艦部隊による情報収集・警戒監視について、その対象地域を従来は、「東シナ海及び日本海の海上交通の要衝」としていたのに加え、「南西方面など」といった語句が加えられたこと。
第三に、南西方面の航空警戒管制の強化が挙げられる。南西方面とは、沖縄などを含む南西諸島を指す。弾道ミサイルの探知・追尾能力を持つ「固定式三次元レーダー」が、沖縄県糸満市の与座岳分屯基地において本年度中に運用開始の見込みという。さらに、沖永良部島、久米島、宮古島には、通信・電波情報収集施設がある。日本列島上の警戒管制の密度は、中国・ロシアなどユーラシア大陸にある国家にとって、十分な脅威となっていよう。
一方、防衛白書は「サイバー空間と安全保障」の項において、多くの外国軍隊がサイバー空間における攻撃能力を開発していると分析。説明にあたっては脚注部分で、米議会の超党派の諮問機関である米中経済安全保障再検討委員会が2年前に作成した年次報告書から次の一節を引用した。すなわち、「中国人民解放軍は紛争の初期段階において、敵対する政府および軍の情報システムに対して、コンピュータ・ネットワーク作戦を実施する可能性がある」と。
政府は次の通常国会をめざして秘密保全法案を準備中という。同法は、国防・外交・治安の3分野を対象に、国の存立にかかわる秘密情報を特別秘密と指定し、刑事罰を科すことで漏洩防止を図ろうとしたものである。これでは、情報公開法、公文書管理法など近年培われてきた流れに逆行するのではないか。公文書管理法は、第1条で公文書を、「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」、「主権者である国民が主体的に利用し得るもの」と位置づけていた。
問題は、国の存立にかかわるという特別秘密の中身だろう。その際、防衛白書がサイバー空間を、海洋や宇宙と並ぶ国際公共財と位置づけたことは見逃せない。安全保障の対象と意味づけが、世界的な経済危機と信用不安の中で大きく変容し始めている。事は小さくない。

(感想)…うーん、一応、「まともな言論」っぽい内容のように見えるのがキモ…?

(「興味を覚えて記録した」のがメインなので、それ以外の感想は、書かないことにするのです…)


長文だけど文章が素晴らしく絞られていて、面白く読めた記事。

http://ameblo.jp/oharan/entry-11062227098.html
「ネット利用者の右傾化、その功罪について」 その1

http://ameblo.jp/oharan/entry-11062227523.html
「ネット利用者の右傾化、その功罪について」 その2

http://ameblo.jp/oharan/entry-11062227958.html
「ネット利用者の右傾化、その功罪について」 その3

「東村山問題」は知りませんでしたが、そういう奇々怪々な出来事が日本で起きていた…という事実にビックリです。

最後、印象に残った文章(引用)

まとめ ~ ネットウヨク問題と右傾化はイコールではない
ネットウヨクと呼ばれる人種は「自分の思い通りの情報しか見たくない」「反対意見なんか聞きたくない」「議論なんかしたくない」といった、癇癪持ちの幼児かのような未成熟な人間であると言える。

これが現実社会であれば、嫌でも聞きたくない事を聞き、見たくない物を見せられ、自然と耐性が付いていくものなのだが、ネットに閉じ篭り、ネットにしか真実がないと勘違いをしている彼らには、そうした社会で揉まれる経験が欠落している。

そして何かのタイミングで自分をありのまま全肯定してくれるネットウヨク・コミュニティの存在に気付き、そこに依存するようになる。そのコミュニティもしくはサロンへ入る時に必要になる入場券や会員証が「反朝鮮」「反創価学会」といったキーワードなのだ。
これを80~90年代に例えるならば、「月刊ムーの読者投稿欄で知り合って文通を始める元火星の戦士」のようなノリだろう。しかし、あの当時は人を集めるにしても10~20人程度がMAXだっただろうが、今はインターネットというツールを使って何千何万という「同好の士」を見付けられる状況になってしまっている。
在特会などの素人ネットウヨクは、政治団体というより、このようにして膨れ上がった「月刊ムー同好会」のような存在なのである。「私は前世で火星の戦士でした」が「私は朝鮮人を憎む愛国者です」にすげ変わっただけだと考えるべきで、それ以上の深読みをすると逆に彼らの実態から遠ざかる。

何故なら、ネットウヨクと言うだけあって、どこかで聞きかじった政治的な文言をテンプレートのように口にするため、主張をまともに聞こうとすると、単なる政治議論のように見えなくもないからだ。

そうなると彼らは「現代日本の弱腰外交に義憤を感じて立ち上がった若者」といった解釈になってしまうが、果たしてそれで誰が納得するだろうか?
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