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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

天才とは何か・考1

【天才とは何か・考1】

世間の意見1「遺伝(知能指数とか、アスリート体質とか)」
世間の意見2「ギフテッド(突出的発達・サヴァン症候群の類)」
世間の意見3「超人的才能の種子が元々あって、それが鍛錬によって開花した(サイヤ人?)」
世間の意見4「学問(偶然、教育の条件や環境がスーパー合致)」
世間の意見5「努力の敵と言うべき、閃きチート要素が本当に実在する(神のエコヒイキ?)」

「天才とは?」様々な意見を拝見。

興味深いです。興味深いですが……結局のところ、「その存在が天才と呼ばれるべき者であるかどうか」は、他者(一般世間)の評価でしか語れないのですね。

作品を読んだ読者が、そのキャラクターをどのように評価してゆくのか……そこまで想定して表現していかないと、「このキャラは天才キャラである」という認識を仕掛けられないと思われます。

その辺のイメージ喚起を誘う表現方法は……色々だろうなと思うのであります。

人によってイメージは色々でありますね。世間の作品の中で、どのように「天才キャラ」が語られているのか……実際に見てみると面白いなと思います。

自分なりの「天才」イメージ:要約すると

1、観察力が高い

2、興味&関心の対象がハッキリしていて、それに対する知的好奇心が非常に強い。草の根・石の根かき分けてでも納得するまで探求するし諦めが悪い

3、思考&学習スピードが非常に早い(大量にインプット&大量にアウトプット。効率的に本を読む。ロジックを瞬時に組み立てられる)

4、放っておくと寝食をすっかり忘れているほどの狂ったような集中力が、一極集中状態のまま長く続く(脳みそをよく鍛えてあるので、疲労しにくい?)

5、その代わり、興味のない事柄については結構ズボラだったり、すっぽ抜けてたりする

6、着眼点が妙にユニークなため、人と違う「取っ掛かり」をつかむ確率が大きくなる(着眼点の根拠を聞いてみると、非常に論理的かつ妙にスケールがデカい)

7、新しく構築し現出させる力、あるいは創造力

以上。

ちなみに、才能が人の役に立てば「天才」と言います。害悪になれば「天災」と言います。

渾身のダジャレでございました(笑)

閑話休題。

我が国が誇る天才のひとり南方熊楠氏の名言(天才というよりは変人奇人?)。

宇宙万有は無尽なり。
ただし人すでに心あり。
心ある以上は
心の能うだけの楽しみを宇宙より取る。
宇宙の幾分を化して
おのれの心の楽しみとす。
これを智と称することかと思う。

数学ジャンルの方で、多変数複素函数論をひとりで構築した天才数学者・岡潔(おか・きよし)氏も、似たような壮大な事を言っていました。

※多変数複素関数論は、17世紀に新しく始まった数学すなわち解析学(微積分学)の延長線上にあります。

彼らの周囲の同時代の人々の行動記録を見て気付くのは。

「凡人や常人は、天才というスケールを理解できない」

平々凡々の、凡人の身としては、まさに「ぐぬぬ」&「ポカーン」でございます。

端的に言って……

天才の「視野(着眼点)」、「知の力」、「世界観」、「認識力」というのが、やたらスケールがデカく、時代の先を行っているということが大きい模様。

いわゆる「パラダイム・シフト」など、基本的・本質的な内容になればなるほど、本当に先駆的な仕事が世間に認知され、理解されるようになるには、やはり時間が掛かるようです。

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