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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

青銅華炎の章・上古8

詩的考察:【21世紀中国の考古学事情…夏殷周三代断代工程】

何故、黄河流域の一帯に、いち早く「國」が成立したのでしょうか。

これは現代考古学の謎の一つであると言われています。その回答を得る為には、「國」が生まれる以前の農耕社会について、その発生から展開、あるいは変遷について眺めてゆく事が必要であり、そして黄河流域の諸族が到達した「國」のありようを、学問的に考えてゆく事が必要であると申せましょう。

一方で、中国大陸は極めて広大であり、多様な地理環境が存在する事が知られています。従来は、黄河流域を中心に一元的な文化・文明の発生を論ずるというやり方が一般的なものでありました。

しかし、1980年代半ばからの中国考古学の進展は著しいものであり、特にここ20年の間には、中国の多様な地理環境に基づいて、多元的社会の展開を重視する…というやり方への転換が見られるようになった、という事です。

長江文明への注目は、このような中国考古学の進展によっています。今日の中国の地域社会や地域風土を考える際に、決して無視できないのが、先史時代から続く周辺情勢の動向である事は、明らかであります。

目まぐるしく王朝交代を繰り返し、政略暗闘の歴史を刻み続けてきた中原史にあって、周辺地域の情勢の影響もまた、厳然として存在してきました。周辺地域の情勢変化は、歴史記述にはなかなか表現されてこないものではありますが、現代考古学、そして現代社会は、こうした要素を無視して論ずる事は、もはや不可能な筈です。

さて、現代の中国考古学は、今や情報過多の世界に足を踏み入れつつあります。特にここ10年の変化は、現代中国における目覚ましい経済成長に呼応しているものである…と、言われています。

21世紀の中国考古学の傾向は、現代中国の発展と、無縁ではありません。

現代中国では、国家的プロジェクトとして、『夏殷周三代断代工程』が動いているそうです。夏・殷・周を科学的に研究し、特に夏王朝の存在を科学的に証明し、殷・周の歴史年代を証明する、という事に重点が置かれているものだそうです。この工程は「中国」なるものの国家威信をかけたものであり、かつ「中国」のアイデンティティを確立する試みでもある…のでしょうか?

現在、先史時代の社会発展については、地域の独自性を追跡するものになっています。一方では、歴史時代に入ると、夏・殷・周といった古代国家が、黄河中流域を中心として一元的な歴史的展開を果たした…という印象のある歴史観、いわば「中国史観」が強調され始めます。

そこには、当然、大きな問題がある事が指摘されます。

殷・周社会の発展とは、まさに中原を中心とする「中華」概念が成立してゆく過程でありますが、問題とは、果たしてこうした単純な中国史観で、多元的発展(先史時代)から一元的発展(歴史時代)への転回を論ずる事を、真に学問的と言えるかどうか?であります。

他の問題もあります。「中国史観」なるものは、「中国」という名の呪術的イデオロギーを、暗に含んでいるものでは無いと言えるのでしょうか?そして、それは、「歴史学」というよりは、「歴史」を絶対価値とする宗教カルト…、いわば〝中国史的一神教〟に変化してゆく危うさを孕んでいないと言えるのでしょうか?

多元的歴史から一元的歴史へ向かう、という転回。混沌の中の華夏大陸…

数多の諸族がその生を営々と刻み続けてきた華夏の大地の歴史とは、果たして、「中国」という概念で統べられる存在として、「中国史観」の論理の元に描いてゆけるものなのでしょうか。

夏殷周三代断代工程の最終的な形を、息を詰めて見守るものであります。

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