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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:伊藤静雄「漂泊」

「漂泊」/伊藤静雄

底深き海藻のなほ 日光に震ひ
その葉とくるごとく
おのづと目(まなこ)あき
見知られぬ入海にわれ浮くとさとりぬ
あゝ 幾歳を経たりけむ 水門(みなと)の彼方
高まり 沈む波の揺籃
懼れと倨傲とぞ永く
その歌もてわれを眠らしめし
われは見ず
この御空の青に堪へたる鳥を
魚族追ふ雲母岩(きらら)の光……
め覚めたるわれを遶りて
躊躇(ためら)はぬ櫂音ひびく
あゝ われ等さまたげられず 遠つ人!
島びとが群れ漕ぐ舟ぞ
――いま 入海の奥の岩間は
孤独者の潔(きよ)き水浴(ゆあみ)に真清水を噴く――
と告げたる
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詩歌鑑賞:伊東静雄「水中花」

水中花/伊東静雄

今歳(ことし)水無月(みなづき)のなどかくは美しき。
軒端(のきば)を見れば息吹(いぶき)のごとく
萌えいでにける釣(つり)しのぶ。
忍(しの)ぶべき昔はなくて
何(なに)をか吾の嘆きてあらむ。
六月(ろくぐわつ)の夜(よ)と昼のあはひに
万象のこれは自(みづか)ら光る明るさの時刻(とき)。
遂(つ)ひ逢はざりし人(ひと)の面影
一茎(いつけい)の葵(あふひ)の花の前に立て。
堪へがたければわれ空に投げうつ水中花(すゐちゅうくわ)。
金魚(きんぎょ)の影もそこに閃(ひらめ)きつ。
すべてのものは吾にむかひて
死(し)ねといふ、
わが水無月(みなづき)のなどかくはうつくしき。

私製詩歌「あじさい」

(新しいバージョン)

緑も深き 木下闇に
五月雨そそぐ 降りそそぐ

あやに群ら咲き 彩るものよ
薬玉 薫(くゆ)る かたちして

誰恋うゆえに 赤にや咲くらむ
誰待つゆえに 青にや咲くらむ

色を定めぬ あじさいの
花に宿るは 天の水

涼しき野辺に 五月雨なおも 降りそそぐ
雨だれを 鳴らしつづける 風神雷神
緑の袖の 梅雨美人(つゆ-びじん)

雨上がり はるか青空 虹かかる
あじさいの如くに 色を定めぬ 天の妙(たえ)

(挿絵イラスト試作)

*****

(古いバージョン)

緑も深き 木下闇に
静かなるもの あじさいは
ためいきしろく ほの匂う

夢 食(は)む如き 五月雨の
薬玉 薫(くゆ)る かたちして

誰恋うゆえに 赤にや咲くらむ
誰去ぬゆえに 青にや咲くらむ

色も定めぬ あじさいの
雨の水色 妙(たえ)に思ほゆ

水霊(みづち)に巻かれて 色こそ匂え
緑の袖の 梅雨美人(つゆ-びじん)

誰か心を 思わざる――