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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:トルストイ(ロシア詩人)

◆アレクセイ・トルストイ(ロシア詩人)

海は泡立たず、波はしぶかない。
鬱蒼として暗い樅(もみ)の枝に風はそよがない。
世界をば鏡のように己が姿に宿しつつ
澄み切って、海は静かに横たわる。
    私は岩に腰掛けている。頭上には羊毛のようなちぎれ雲が
    藍青の空深くじっと浮かんで動かない。
    私の魂はふかぶかと鎮まって行く。
       静かな海と私は一体だ。

砕け、飛び散り、怒濤は私の瞼(まぶた)に塩辛い涙を投げつける。
身動きもせず岩に腰掛けた私の胸にすがすがしい清涼の気が流れ込む。
寄せては返し、また寄せて、激浪は絶え間なく私の城塞に打ちかかる。
波頭には白雪のような飛沫がきらきらと輝く。
    一体私は誰に闘いを挑んだらいいのだ、力強い海よ。
    漲(みなぎ)り来るこの力を誰に向かって試したらいいのだ。
    私の心は今こそ生命の美に触れた。
    おお 波よ、お前達はわが胸の憂愁を洗い流した。
    お前達の咆哮とその水しぶきは私の魂を呼び醒ました。
        この潮騒と私は一体だ。

◆<カラマーゾフ>

わが陥りし幽暗の深淵の底より
われ汝の憐みを乞い求む、「汝」わが愛する唯一のものよ。
世界は陰鬱に、見はるかす地平は鉛にとざされ、
恐怖と冒瀆は夜の闇に漂う。
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詩歌鑑賞:石原吉郎「位置」

しずかな肩には

声だけがならぶのではない

声よりも近く

敵がならぶのだ

勇敢な男たちが目指す位置は

その右でも おそらく

そのひだりでもない

無防備の空がついに撓(たわ)み

正午の弓となる位置で

君は呼吸し

かつ挨拶せよ

君の位置からの それが

最もすぐれた姿勢である


ウィキペディアより:

石原 吉郎(いしはら よしろう)

1915年(大正4年)11月11日~1977年(昭和52年)11月14日

日本の詩人。シベリア抑留の経験を文学的テーマに昇華した、戦後詩の代表的詩人である。

山吹挽歌、近代ソネット、東は東

◆山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく・・・(万葉集)

立原道造〈みまかれる美しき人に〉より:

まなかいに幾たびか 立ちもとほったかげは
うつし世に幻となって 忘れられた
見知らぬ土地に 林檎の花の匂うころ
見おぼえのない とおい暗夜の星空の下で

The Road to Anywhere/Bert Leston Taylor

Across the places deep and dim,
And places brown and bare,
It reaches to the planet's rim ------
The Road to Anywhere.

Now east is east, and west is west,
But north lies in between,
And he is blest whose feet have prest
The road that's cool and green.

More sweet these odors in the sun
Than swim in chemists' jars;
And when the fragrant day is done,
Night ------ and a shoal of stars.

Oh, east is east, and west is west,
But north lies full and fair;
And blest is he who follows free
The Road to Anywhere.

《翻訳=『英詩の歓び―青春、そして夢と追憶』松浦暢・編訳/平凡社2000》

深く おぼろな国を 越え
荒寥とした 褐色の国を越え
それは この世のはての
どこかへ 通じる道。

おお 東は東 西は西
しかし 北は その間に横たわる。
ひんやりとした みどりの道を 辿った人は
めぐまれた人だ。

陽光をあびる この香りは
いやさらに美しい 科学者の試験管に
ながれる あの香りよりも。
かぐわしい昼間が 終わると
夜が訪れ――満天の星はきらめく。

おお 東は東 西は西
しかし 北は はてしなく美しく横たわる
おお 幸せな人だ それは
どこかへの道を 自由に辿る人。