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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

断章・航海篇2ノ1

無謀な試みであることを自覚しつつ、星巴に大きな影響を及ぼした物語群を思索してみる。

そして、「オリエント・物語・論」という大層なタイトルをつけてみるのである…

さてオリエント圏の物語論、すなわち西アジアの物語論という事であり、このエリアに興亡した文明を整理する。すると、ウバイド文化(文明とは言われないが、重要な先史文化ではある)、メソポタミア文明(=シュメール・アッカド等)、ペルシャ文明(ゾロアスター文明とも言えようか)、イスラーム文明、というのが通常理解されている流れであると思われる。

オリエント諸文明は、海洋・河川文明としての性格を色濃く持っているように見えるが、古代における文明世界は、むしろ諸都市が分立し、比較的閉じられた世界を形成していたのではないかと云う説がある。

中央ユーラシア方面は、アナトリア高原・ザグロス山脈・バーレズ山脈…イラン高原・アフガニスタン・ババ山脈・ヒンドゥークシュ山脈…と大きな山系が連なっており、これらを超えて陸路交易を開く事は困難であっただろう・・・と予想できる。

しかし、オリエント交易の草創期、イラン高原を横断するラピス・ラズリの交易路が既に開かれていた事は有名である。

瑠璃、青金石とも言われるラピス・ラズリ原石は、太古の昔から、アフガニスタンのバダクシャン山地に産出する事が知られていた。初期王朝時代、都市アラッタがラピス・ラズリの加工技術に優れている事で名を轟かせていた。大洪水の後の時代のウルク王エンメルカルは、幾度と無くアラッタの君主と対決したという伝承がある。

都市アラッタの位置は未だ不明であるが、伝承によると、アラッタに向かったエンメルカルの使者は、「ズビ山地(ザブ川上流域か)を越え、スサとアンシャンを越え、五つ山越え、六つ山越え、七つの山を越え」、アラッタに到着したとなっている事から、現在のザグロス山脈を越えた遥か東方ではないか? と推測されている。

後の時代(アッカド時代)では、もう少し詳細な記述になっている。交易路を通じてメソポタミアに流れ込んだのは、貴金属、貴石、レバノン杉、アマヌス杉などがメインであったようである。これはギルガメッシュ神話の中で、遠い北方の地の庭園の果樹は貴石であったという話や、ギルガメッシュとエンキドゥが結託して、杉を守る森の巨人フワワ(フンババ)退治に出かけたという話に見られるものである。

(海上交易について)古代のインダス文明とオリエント文明との海上交易を考えるとき、ホルムズ海峡~アラビア海~インダス河口の約1000km、ホルムズ海峡~ペルシア湾~シャット・アルアラブ河の河口の約1000km・・・という本格的な遠洋航海を可能にする技術が、その当時から十分に発展していたかどうか?が難点であると言われている(当時の船の構造は明らかになっていない)。

(シャット・アルアラブ河=全長1850kmのティグリス、全長2800kmのユーフラテス両河は、ペルシア湾の手前200kmほどで合流し、シャット・アルアラブ河となる。)

古代の海上交易は、インダス文明の方が進んでいたのではないかと言う研究もある。いずれにせよ、大陸交易に比べて海上交易は不安定で、断続的にまだらな発達をしていたようである。

・・・次回に続く・・・

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詩歌鑑賞:ゴンゴラ『孤独』

◆ゴンゴラ『孤独』

ベハール公に捧ぐ
    巡礼の足の徨(さまよ)う
   優しき詩神の我に口伝えしこれらの詩句、
      身もだえる孤独のうちに
     あるは失われ、あるは心に残りたるもの。

      おお、投槍に固められ
――樅(もみ)の壁、金剛石の銃眼――
 空が水晶の巨人たちに恐れ戦(おのの)きいる
雪に覆われし山並を打つ君よ。

     そこに角笛の響きわたる谺(こだま)により
    君を牧神どもに告げ知らせしも――彼等は
    命絶えて変身し、地の果てを色どりて
 トルメス河に珊瑚の泡を与えたり。
 君の梣(とねりこ)は梣に交わり――その鉄は
    血を汗と流し、わずかの遅滞も
     雪を紅に染むるならん――
    して見張りの狩人が
   固き柏に、誇り高き松に
     ――そは岩どもの生ける敵手か――
    その輝く投槍の柄(つか)に
貫かれつつ、なお口づける熊を
    猛々しき紋章に加える時に
   ――おお、聖なる樫は高貴なる支えの天蓋となり
    また君の神性にふさわしき御座(みくら)の
    輝きに満てる、かの泉の
    高き縁(へり)の飾りたらん――
       おお、赫々たる公よ!
   その波に君の疲れを癒したまえ
    して、休息に任せたる君の軀(からだ)を
   まだ刈り取らざる麦の原に伸し
  暫く堅き君の足を撫でさすらせたまえ。
     その君のよろめく歩みにて
    紋章に刻まれたる王の鎖に捧げしその足を。

  この優しく寛大なる絆が
   運命に弄(もてあそ)ばれし自由を讃えんことを。
   歌と笛の詩神エウテルペが君の慈悲に感じ
  その甘き捧物と響きよき楽器もて
狩の喇叭の鳴らぬ時も風に名声を撒かんことを。

訳:中村真一郎

作:ドン・ルイス・デ・ゴンゴラ・イ・アルゴテ

16世紀後半から17世紀初頭にかけてのスペインの詩人。その難解幽暗な詩風は「ゴンゴリズム」と呼ばれて、ルネサンス、リヨン派の総帥モーリス・セーヴの謎詩集『デリー』や、又、前世紀末(19世紀末)フランスの詩宗マラルメの象徴詩の解明の際に、常に必ず引き合いに出されている。生前から長く、その詩的評価は、スペイン文学史上に、晦冥なる表現の故に、不安定であった。

  • 樅(もみ)の壁、金剛石の銃眼=ベハール公の猟兵たちの槍衾を暗示
  • 水晶の巨人たち=ジュピテルに対する巨人族(ギガンテス)の戦いを暗示
  • トルメス河=サラマンカを流れる河

詩歌鑑賞:土井晩翠「夕の磯」

「夕の磯」/土井晩翠『天地有情』

見よ夕日影波の上
しばしたゆたふ紅を、
沈まば盡きんけふ一日
名殘はいかにをしむとも
久しかるべき影ならず。

見よ老びとの磯の上
思にしづむ面影を、
逝かば終らむ身の一世
ほだしはいかにつらくとも
久しかるべき命(めい)ならず。

嗚呼雲入りて星出で、
夕日は波にしづみけり、
わが日わが世のあとひとつ
夕波騷ぎ風あれて
嗚呼老びとの影いづこ。