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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

twitter覚書:プロット是非論

【キャラを知る】 プロットの是非論 【己を知る】=http://togetter.com/li/208671

プロットについて・01)編集者や専門学校、大学のマンガ学科などでも、作品作りの第一歩はプロット作りという人間は多い。自分も昔はそういう指導をしていた。でも、ある時期からこの考え方に疑問をもつようになった。少なくとも、素人や投稿者、新人には有効ではないのではないか……と。mogura2001 2011-11-02 14:12:08

02)プロットの有効性を解く人は、物語の方向性がブレないとか、考えを整理するのに良いと力説する。その側面は否定しない。また、ベテランの作家の多くがプロットを推奨されているという経験則を言う人もいる。これも否定しない。しかし、投稿者とベテラン作家は分けて考えるべき。mogura2001 2011-11-02 14:15:55

03)ベテランは物語のポイントとなる部分を抽出する技術と経験値があるので、プロットをザッと作っておけば、作業が短縮できて効率的である。逆説的に、作業効率化の方法論を経験値が不足した投稿者や新人にやらせても、かえってプロットの方向性に束縛され、自由度がなくなる。mogura2001 2011-11-02 14:18:06

04)自分の場合、原作を勝手にマンガ家に変えられることは多々ある。ただ編集も経験している身としては、作品作りは生き物だと認識している。マンガ家と編集者の打ち合わせの中で、実際にネームにしたらシックリこない部分や、逆に想像力を刺激され膨らむ部分が数多くある。むしろ、ない作品はダメ。mogura2001 2011-11-02 14:20:24

05)ところが多くの投稿者や学生を相手にしていると、プロットに拘るあまり、生き物としてのネーム作りを窮屈にしている人間のほうが多い。マンガ家は小説家ではない(そういう資質を持った人もいるが)。セリフと絵が一体となって場面を構成しているので、それを文字で抽出するのは苦手な人が多い。mogura2001 2011-11-02 14:22:41

06)なので自分はある時期から、「予定は30ページだけど、60ページになってもいいからとにかくネームで起こして」と言うようにした。完成度は低くても、その作家が書きたいと思っている点を全部吐き出させて、その上で全体を俯瞰してネームを叩く方が、手間はかかっても完成度は高くなるのだ。mogura2001 2011-11-02 14:25:56

07)そもそも、プロットとは何か? それは、演劇や映画の世界で、長大な脚本を読む手間を減らすために、物語の概要をまとめてダイジェスト化したものであって、実は作品の完成度を高める手段と言うよりも、100ページ前後もある脚本を読んで時間をムダにしたくない、手抜きの発想から生まれた。mogura2001 2011-11-02 14:28:11

08)コレ自体に、考えをまとめるための手段としての効能があることは、否定しない。しかしそれは、自分で自分の作品を客観視し、調整する能力が高い作家には有効でも、大多数の人間には難しい。そういう調整能力に長けた作家は、そもそも編集との打ち合わせすら不要なことが多いのだ。mogura2001 2011-11-02 14:30:28

09)作品とは、計算尽くの部分から生まれるものではない。起承転結がしっかりしていて、受けそうなキャラクターを配置し、派手な事件を組み合わせれば傑作ができるのなら、誰も苦労はしない。そういう要素を食いあわせれば傑作ができるのではなく、傑作はそういう要素を含んでる、ということ。mogura2001 2011-11-02 14:33:03

10)そもそも作品とは、書き手の自覚していない無意識下の不満とか欲求とか葛藤などが、フッと浮上した時に良いものが生まれることが多い。ところがプロットというのは客観化・自覚化の作業なので、プロット段階で無意識化の要素が浮上していないと、ただ型を追うだけになってしまう。mogura2001 2011-11-02 14:35:50

11)だから投稿者や新人はプロットなんか作らず、話が右に行ったり左に行ったりしていつまでも終わらないとかの経験を何度でも繰り返し、経験値を貯めこむことが地力になる。そうやって失敗の経験値が積み重なると、次の作品作りではその失敗が生きる。失敗は成功のマザー(by 長嶋茂雄)。mogura2001 2011-11-02 14:38:22

12)自分が推奨しているのは、プロットを作ってからネームを作るのではなく、ネームを作ってからプロットを作れ、という手法。自分の無意識下を引きずりだしたごった煮状態の作品を、一歩引いて俯瞰して、不要な部分や不足した部分を客観視するのだ。順番は違うがコチラのほうが完成度が高まる。mogura2001 2011-11-02 14:41:14

13)もちろん、多くの作家は客観視が難しいので、そこで編集者の役割が生きてくる。逆に言えば、編集者に必要なのは徹底的な客観視の能力。作家は作品にのめり込んで視界狭窄に陥りがちなので、そこで一歩引く。作品の展開のキモを抽出し、単純化すればそれがプロットになるのだ。mogura2001 2011-11-02 14:44:01

14)こういう経験を繰り返せば、作家の中に自分なりのパターンと言うか、得意技がいくつか生まれる。そうなると、物語を強引だと気づかせずに強引にエンドマークを打つ技術が育つ。そこまで行けば、おおまかなプロットを元に作品作りをしても、途中で破綻しても、なんとか着地させられるようになる。mogura2001 2011-11-02 14:46:29

15)これがより高い段階に至ると、ひとつの単語やワンシーンのイメージが浮かんだだけで、物語にすることが可能になっていく。本宮ひろ志先生は冬の日本海を歩く母娘のイメージから『男樹』を発想し、勝新太郎はライターが出した3つの単語からTV版座頭市の物語を発想した。mogura2001 2011-11-02 14:49:26

16)しかし、ココら辺は経験値が高い人間の手法であって、それをマネしても投稿者や新人には失敗することが多い(稀に天才型はそれができる)。宮崎駿監督はシナリオなしでいきなり絵コンテを書いて『未来少年コナン』を作り、魔夜峰央先生はネーム無しで下書きに入るが、それをマネしても難しい。mogura2001 2011-11-02 14:53:19

17)よく例えに出すが、自転車に乗れる人間は、乗れなかった時の感覚を思い出せない。プロットや、場合によっては単語から物語を作れるようになった人間は、昔自分がどう試行錯誤して作品作りの文法を確立したか、忘れていたり記憶を組み替えたりすることが多い。mogura2001 2011-11-02 14:57:13

18)いや自分は最初から担当に言われてプロットから作品作りをしていたと言い張る人もいるかも知れないが、それは実際はネームづくりでの試行錯誤がフィードバックされ、プロットがまとまるようになっただけ。逆にマンガ家なら、キャラが勝手に動き出して予定外の成長をしたという経験があるだろう。mogura2001 2011-11-02 14:58:54

19)それは、自分の無意識下にある欲求や葛藤や人格がキャラに投影されて、型から脱して自由に動き出したから。作品作りは生き物とは、そういうこと。物語は自分の中の問題とシンクロしていないと上滑りするように、キャラも自分の人格の一部が投影されていないと、本当には生きてこない。mogura2001 2011-11-02 15:01:52

20)ココら辺の話は、マンゼミで詳しくやりたかった部分でもあるので、あくまでも概要だけ。マンガ家が読み切り作品を描く機会が減って、訓練するまもなく連載に入ってしまうことの弊害も含めて、ココら辺の問題は根深く思い込みと前例踏襲が跋扈している。mogura2001 2011-11-02 15:06:01

@mogura2001 漫画描き講師業をしている者です。漫画を描くのは初めてという学生の場合、ページ数と『主人公が○○する話』というテーマとあらすじ、登場人物を書き出させる「プロット」を作らせてます。そうしないと10人くらい登場させて、40Pのプロローグを描く確立が高いのです。IsagiTachibana 2011-11-02 14:46:59

@IsagiTachibana 重要なのは、そういう作品を「描かせない」ことではなく、登場人物10人の40ページのプロローグを描かせて、なぜそれではいけないのかを本人にも分かる形で納得させ、ではどうするかの方法論を、本人の書きたいものの全体像から俯瞰して叩くことです。mogura2001 2011-11-02 15:08:32

@IsagiTachibana そして、そういう作品を描いてしまう生徒というのは、だいたいが既成作品の影響を受けた借り物でしかないので、そこを的確に指摘すること。そこで教える側が楽してもしょうがないと自分は思うんですけどね。まずは連載作と読み切り作の違いを、ちゃんと説明しないと。mogura2001 2011-11-02 15:12:27

個人的には、マンガ家が生徒を教えることに関しては、問題点もあると思っています。マンゼミの前書きでも書いたように、マンガ家はスペシャリストであればいいですが、人を教え育てるのはゼネラリストでないと。多種多様な個性を持つ生徒を教えようと思ったら、対応能力が必要です。mogura2001 2011-11-02 15:14:35

村上もとか先生のアシは、デビュー39年で40人ほどとか。自分の場合だと1年目で20人ほどの作家を担当し、新人育成の必要性を感じたため毎年20人以上の投稿者を見ていた計算。10年で80人ほどの作家と作品作りをし、100人以上の投稿者のネームを最低1回は見て打ち合わせた計算に。mogura2001 2011-11-02 15:21:00

アシスタントが続々デビューするタイプの作家と、そうでない作家にクッキリ別れるのは、個々の作家の個性にあった対応力の問題でしょう。編集者はその能力に乏しくても、とにかく膨大な数をこなすことで職人的に身につけるわけで、そこがマンガを書けない編集が作品作りに関われる理由でもあります。mogura2001 2011-11-02 15:25:16

もちろん編集も、投稿者がほとんどデビューに至らない・デビューしても鳴かず飛ばずのタイプもいれば、滅多にヒットしないが当たればメガヒットのホームラン打者タイプ、地味ながらも数多くデビューさせる首位打者タイプの編集もいますけれどね。mogura2001 2011-11-02 15:29:22

大学や専門学校は、作画技能があれば漫画を教えられると思いがちですが、実際は作品作りはまた別のノウハウが必要。マンガ作りをして来なかった出版社がマンガに進出するとだいたい失敗するのは、実はこの点とも重なっています。有名作家を他社から引きぬいて並べれば、売れるはずと考えがち。mogura2001 2011-11-02 15:31:15

ところが実際はそうはならないのは、長崎尚志氏が『ラジオ版学問のすすめ』で指摘している通り(興味がある方はライブラリを探して聞いてみてください)。小説の場合の本作りのノウハウが、マンガ作りでは上手くいかないのは、一部の編集不要のマンガ家を除いて、編集の果たす役割が大きいから。mogura2001 2011-11-02 15:38:48

もちろん、自己調整能力が高いマンガ家なら、作画技術と作品作りを分けて教えることも可能ですが、そういう先生は一握り。そういう資質がないマンガ家が人に教えるときには、ついつい「まずテーマを決めて、プロットを作って…」と、型にはめ込むことになりがち。そうでなければ自分の方法論の絶対化。mogura2001 2011-11-02 15:41:28

@shuhosato 自分も、育てるのではなく育つものだと思います。逆説的に、わしが育てたとか言う編集は信用しないことですね。だって、どんな名編集でも成功率は2割行くか行かないかですから。失敗例を語れない編集は、その時点でアウト。mogura2001 2011-11-02 15:43:33

@takukitazaki ふくらませるより削ったほうがいい、という場合が多いですしねぇ。シナリオと違って漫画のネームはすぐ読めるんですから、編集者は手を抜かず向き合って欲しいですね。そこで意見をぶつけることが、編集にも経験値になって財産になるんですから。mogura2001 2011-11-02 15:47:27

@msugaya すがや先生の場合は小説も書けますから、「オレはこの方法でやってきた」と言い張っても、反論できる人は少ないでしょうに、教える技術を学び直す。さすがですね。自分も少女誌と少年誌を経験して、文法の違いとかに驚いた口ですから、教えることは本当に難しいです。mogura2001 2011-11-02 15:53:33

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タロット10運命の輪

タロット10運命の輪

カード・メッセージ=「輪廻」

主な意味=状況の変化、チャンス(或いはピンチ)の到来、遭遇、開放、復活、臨機応変、見当違い、不安定、クラス替え、循環器系統、フル回転、転換期、すれ違い、火の車

運命の軌道の組み換え、変転を暗示するカードです。鉄道のコースがジャンクションの切り替えで変わるように、運命のコースもまた、思いもよらぬタイミングで思いもよらぬ方向に切り替わってゆく…

上昇する道にせよ下降する道にせよ、その結果が吉と出るか凶と出るかは、誰にも分かりません。しかし、動揺し続ける不安な現実を、我々は生きてゆくしかないのであります…全ての世界が回転を止める、その時まで

変転し続ける運命に悩まされる…というイメージで描画。「事実は小説より奇なり」と言われるように、運命の変化を通じて現われてくる新たな光景は、いつでも人間を戸惑わせ、悩ませるものであります

他にも、「過去の出来事が別のタイミングでよみがえってくる」という意味もあります。因果応報。或いは、過去に張られた伏線が、運命の輪の回転に伴って表面化してくる…

「運命の輪」のカードは、元々特定の方向を持たない円形のイメージで描かれる事が多いせいか、正位置/逆位置に伴う意味の変化は、非常に小さいものになります。強いて言えば、正位置においてはチャンス到来、逆位置においてはピンチ到来…という系統で解釈される場合が多いですが、その持続性は長くありません。「好事魔多し」、「冬来たりなば春遠からじ」という格言が、方向性は違えどほぼ同じ内容を指摘しているのと同じ事であります

タロットの中では、多くの業と矛盾と謎に満ち溢れているこの世界の秘密に、最も近くまで接近しているカード…非常にドラマチックなカードであると思うのであります

☆タロット連作&解釈の一覧を作成=〔ホームページ更新2013.6.14

*****

タロット:運命の輪(エリファス・レヴィ版)
右、アヌビス:上昇=霊魂を導くもの
左、セト/テュポン、ギリシャ風ヘビ姿:下降=荒らぶる異境のもの
上、スフィンクス:均衡=王
基部、カドゥケウス

2010.6.25暁の夢

少し変わった夢を見たので、記録です…^^ゞ

夢占いサイトなどでチェックしてみると、ものすごくポジティブな夢だということになっていて、ちょっと意外でした。起床時は疲れて、ぐったりしておりましたので…

最初のシーンは、とても古い、大きな御殿から始まりました。平安時代の寝殿造りのお屋敷みたいな感じです。南側に、池つきの庭園が広がっておりました。これはどうも、京都御所を観光したときの記憶を元に、夢の中の建物を組み立てていたものらしい…

ただ、少し変わっていたのは、縁側を兼ねた回り廊下がぐるりと、建物の周囲を取り巻いていたことでした。これは西洋のお城の建築か、戦国時代のお城を合成したものらしいのですが、平べったい寝殿造り風の木造建築に翻訳されていたので、最初はちょっと分かりませんでした(笑)

その中に、不思議な老女が住んでいました。ものすごく年取ってる感じ。ボンヤリと、美月の先祖っぽいな…という感覚がありました。品が良く、足腰がしゃんとしています…銀鼠色と薄紫色の着物を着ている不思議な老女が、建物の中をうろうろしているわけです。

※ユング的夢占いによれば、この老女はどうも「グレートマザー」とか、そういう存在になるらしいです。そして、建物は今の自分の状況を暗示しているらしいので、図式的には、奥深いところに居るらしい「グレートマザー」が、自分のあちこちをチェックするために出てきたという意味になるのでしょうか…^^;;;

夢の中の或る日、老女の居る御殿に、平安時代風の格好をした男性訪問者が2、3人現われました。手に榊か椿の葉っぱらしきものが付いた枝を持っています(=丁寧に、役人風の冠をかぶり、黒い束帯っぽいものをまとっていたので、ビックリでした。これも京都御所を観光した時の記憶が元になっていると思いますが…)。彼らは「国家施設のためにこの御殿が必要なのだ」と言い、老女に「御殿を譲って欲しい」旨の話を持ちかけていました。

…夢の中ながら、これがどういう意味を持っているのか、甚だ不明です。国家施設といってもそんな大仰なものではなく、会議室とか集会所として使うため、リフォーム工事などもするので、本格的に譲って欲しいのだ…という話になっていました。

老女は快く同意して、御殿を譲っていました…^^;

…夢の中ながら、最近流行の「リフォーム工事」詐欺じゃなければいいけれど…

御殿のリフォームが始まり、破れ障子やら古い雨戸やらがいっぱい出てきたので、夢の中ながら、ビックリ。畳を返したりして、ホコリが舞い上がっていました。廊下の隅にホコリが大量に溜まっていて、掃除しなければ…と、ハタキでパタパタしつつも、リフォームなどの工事の方が忙しくて、それどころではありませんでした。

…この辺で、毎度のプロフィール風「管理人@小人バージョン」が出てきました。どうも夢の中で、老女の後を追いかけたり、掃除をしたり、リフォーム工事を手伝ったり、色々動いていたようです…^^;;;

ふとした事で、北側の廊下に出まして、そこは断崖絶壁になっていたのでビックリしました。御殿の北西の方角に、御殿に食い込んでいる大きな山があって、そこから崖になっていて、廊下から見ると、左から右に向かって急に落ち込んでいる地形になっていました。

山は豊かな森に覆われており、むき出しの断崖絶壁からは、穏やかな流れの滝が、岩をなめるような感じで流れ落ちています。光の加減で、御殿の影になって黒い水に見えるものの、時々はねて飛び散ってくる水しぶきを観察すると、冷たくて透明な水だと分かりました。

…この辺り、風水っぽい雰囲気。北は黒い色で、黒は水の象徴で…と、陰陽五行説で言われているので、ちょっと気になりました。岩の様子も、考えてみれば、巨大な亀(=玄武=)の甲羅という風に見えたかも。夢占いでは、北の方角は、運気の停滞を表すそうですが…微妙に「山があるのは北西(乾の方角)」って思っていたりしたので、微妙に気になりました…^^;

気が付いて足元の廊下を眺めると、細かい穴だらけなので、これはどうした事かと疑問に思った一幕もあり。そのまま老女の後を追いかけていって、間取りがどんどん変わっていく御殿の中をウロウロしていると、いつしか御殿の外に出ておりました(老女は消えていた…)。方角は分からないけど、多分、西か南。

…やがて、何故そんなことになったのかは分からないのですが、リフォームされたのか、それとも前からそうなっていたのか、現代風になっている御殿の屋上に上がり(=ビルの屋上みたい=)、大きな羽を両手に持って、空を飛ぶ練習をしていました。結構、大真面目に練習していました。練習の仕上がりの頃になると、近所一円を飛び回れるくらいには飛べていた…

微妙に、旧知の友人も傍に居まして、何だか変な感じがしました…^^;

※夢占いによれば、こういう知人は、もう一人の自分を投影したものらしい…

しばらくフワフワと飛び回り、やがて地上に降りて、少しの時間だけ歩きました。周囲は、駅前ターミナルとローマのコロシアムを合成したみたいな感じで、なおかつ近未来SFの気配もある…という光景でした。

やがて行く手に湖が見え、そこで、何故か湖を写真撮影していました。少しうねり、波立っています。岸辺に近寄って観察すると、オパールみたいに色合いが刻々変化する、不思議で透明な水で、なかなか神秘的でよさげな湖でした(=摩周湖っぽい印象です。曇天なのかなあ、湖面がボンヤリとしていて、封印されている感じ。もうちょっと太陽を出すとか、何とかすれば、キラキラとキレイに光るはずなのです…)。

しばらくすると、目の前に見知らぬ男性が座っておりまして、呆気にとられて眺めていました(彼は、湖の岸辺の石の上に座っていたらしい)。大学生っぽい印象の男性です。何となく、握手。彼は困ったような顔で、「自分の事を忘れてるだろう」と気さくに話しかけてきました。

いきなり現われたところは非常に怪しいものの、明朗で爽快な感じの青年で、悪くない印象。白に近い薄いグレーのTシャツと、濃いグレーのジーパンという、えらく簡素なファッションです。

※勿論、小人スタイルからすれば、これでも巨人に見えるのです。何で自分の夢だと、自分のイメージがプロフィール風の小人になるのかは、よく分かりません…が、夢占いで調べてみると、まだまだ未熟で、人生修行中、ということのようです…

じーっと観察していると、あちこち管理人と似通った要素があり(=髪型の雰囲気とか)、やがてパッと気が付いたのですが、「管理人@男バージョン」でした…(管理人@小人バージョンが、いかに驚きで吹っ飛んだかは、ご想像のほど…、つい、「あなたは私の見知らぬ双子の兄弟か?」と確かめていました…)^^;;;;;;

…あとで、ユング的夢占いで調べてビックリしたのですが、どうも自分の中の男性要素が、ああいうキャラクターになったらしいです。妙な青年です。夢の中でのイメージではありましたが、最初に握手したときの感触がリアルだったので、まだ驚きが抜けておりませんです。

ちょっと個人的な内容なので省略しますが、「現在の政治や、自分の性格の改善などの諸問題」について、深遠なお話、というより議論をしておりました…(管理人@小人バージョンも、この点については、何故か相当に頑固だったようです。自分が出した占いの判断とか)…^^;

…「湖の岸辺に立つ」という夢は、もともと、悩み事や懸案を解決しようとしたり、何かを改革しようとする時に見る夢なのだそうです(=非常にポジティブですね=)。無意識に、身の回りのことや、政治(今回の参院選)などの諸問題について、割と悩んでおったらしいです…^^;;