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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

イラスト制作2025年9月10月

2025年11月1日イラスト、win11版メディパンペイント試用
ネコミミ帽子というものがあると知ってびっくりした件

2025年10月13日イラスト、win11版メディパンペイント試用
なんとなく金髪少女。割にすかしてる金髪の座敷童イメージ。そのうち和装でも

2025年9月お題「ソーセージ」
異世界ファンタジー風「タコサンバ踊るタコパスタ」

2025.09.21作成、1時間イラスト、中国神話の怪異「混沌」イメージ

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生成AIについて、まだ適切なところは判らないけど(絵への活用は興味なかったので)「AIをどう使うか」に帰着するのかなと思案。AI自体に意思はないけど、思考アウトプットを増速代替はできるので…言語思考を訓練していないor身体言語の力が弱い人にとっては福音と思います

数学を思考できない人間が、その部分をAIに代替してもらって数学の結果を出してもらうのと同じ…「どうしてそういう結果が出たのかは判らない」まま現実に使う形になる/本当の試行錯誤でたたき出した現実の結果は、「この方法は失敗だった」とか、血の涙を流すような内容が多かったりしますが、AIが出してくれた結果リストの中で「最高の果実」と思った内容をサクッと使うということが、ほとんどになってゆくのかも知れません

(AIの試行錯誤の過程は、既存・想定のなかの一部で構成された仮想現実の過程である/この果実を味わった結果どうなるのかは、AIは、質問されなければ回答しないし、あるいは回答できないかもしれない)

思考は言語によって構成される/想像力・構想力や、危険察知などの鋭い直感思考の能力も、また同じ(宇宙進出するときに、どうしても必須)宇宙進出が現実になろうというタイミングで、生成AIが出現したことは意味深…人類の進化の分岐点になるのかもしれないなと思ったりします

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■記録メモ:2025.10.07、制作用ノートパソコンをwindows10版からwindows11版へ切替

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■なろうチアーズプログラム雑考■

「なろうチアーズプログラム」

>本プログラムに参加すると、小説家になろうに投稿した作品の閲覧を通じて、作者の方が収益を受け取ることができるようになります。

業界事情には詳しくなく、「カクヨム」「note」など他の著名サイトをさらっと眺めて、その後「なろうチアーズプログラム」をあらためて拝見。時代の変化に応じた、興味深い試み…という印象。

同時に、こうした試みが広がってゆく現状、その背景にありそうなナニカを、考えさせられるところがあり…すこし雑考。

やはり大きな要素としては、表面的には「評論家」「専門家」権威の平均化または一般化…というのがあろうかと思案。この潮流は、ネット掲示板や個人ブログが興隆したころから明らかになって来た…という感じ。いまでは主にSNS。

明治・大正・昭和の頃は「学問の格差」「知識の格差」「情報の格差」が非常に大きかった。 この辺りは、明治・大正~昭和前半の世代の祖父・祖母がいらっしゃる人なら、聞いて知ってるかも。一般平均的な国民が受けられた教育は、小学校まで…ギリギリ中学校まで。

そんな時代背景があって「高等学校から大学進学を果たした人」=「いっぱい勉強して物知りで、お金も持っていて偉い人」という前提と信頼は、確実にあった筈。

高等教育を修めたうえでの、高名な「著述家」「評論家」「専門家」としての地位と立場は、そのような前提と信頼のうえに築かれた。ラジオやテレビに出て、物事をあれこれ評価したり、善悪を判断してみせたり。評論家が絶対唯一神となって善/悪を決める事が出来た(世の中へ、「正義という絶対的価値」で飾り付けた商品を、押し付けることが出来た)、という不公平も…全く無かった…とは言えないかも。

判断は難しいですが、富と名声とが強烈に絡みあうところ、優越的地位を維持しつづけたという実績はある…

ひるがえって、平成を通過した後の令和。現代。高度経済成長と、バブル崩壊の危機を切り抜けた末の、富の分配がもたらした高度教育環境の充実。

(積み上げた国富を、いかに分配してゆくか…統治に関して、とてもとても高度な経験と技術が必要で、明らかに、その辺の普通の…歴史の浅い新興国の政府ができる仕事では無いです。日本は偶然にも、ゆうに2000年を超える国家統治の経験と技術があった。過去の成功と失敗の歴史を振り返り、より洗練させるための政治見識もあった。「この時期の日本に生まれた事は大変な幸運である」は、確実です)

日本国内において「学問の格差」は、とても小さくなっている。その結果なにが起きているかと言うと、高名な「評論家」「専門家」権威の平均化または一般化。平均的普通の人が、それなりの根拠ソースを持って来て対抗する、という光景を多く見かけるようになり。(報道フェイク・医療デマなどの混乱も)

「小説作品を評価する」という領域においても、同じことが起きている。もともと図抜けた専門家が発生しにくかった領域。多様な評価軸が生まれ、多様な稼ぎ方が、いっそう可能になり。 このたびの「なろうチアーズプログラム」も、その流れと理解してみる。

(不正アクセス・フェイクによる荒稼ぎ…反社会的勢力のシノギ…というような、大変よろしくない乱入や混乱が懸念されるところですが)

いろいろ過渡期。動乱期。「情報の爆風」による、ストレスや障害…「機会の不公平」や「機会の混乱」は、いっそう多く。同時に、面白い時代であるのかな…と思います。

(追記:AI小説・非AI小説に関して、ネット上の激論を見かけて、さらに雑考。検索システムを更に工夫する必要があるのかなと思案)

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2025.11.11献血イベント、初参加。記念写真。


献血カードと、初回記念(?)ということで入浴剤をいただきました。参加してみるまでは正直、「断崖からバンジージャンプする気持ち」でしたが、事前チェックや問診などで「OK」いただき、400mL採血となりました。血液検査も問題なかったようであります。後日、アプリ登録して検査結果データ閲覧。各項目は基準値内におさまっていることを確認済み。

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