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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:謝朓

晩登三山還望京邑詩/謝朓
灞涘望長安
河陽視京縣
白日麗飛甍
參差皆可見
餘霞散成綺
澄江靜如練
喧鳥覆春洲
雜英滿芳甸
去矣方帶淫
懷哉罷歡宴
佳期悵何許
涙下如流霰
有情知望郷
誰能鬒不變
《読み下し》晩(ひぐれ)に三山に登り、還って京邑(みやこ)を望む
灞(は)の涘(ほとり)より長安を望み
河陽より京縣(みやこ)を視(み)る
白日は麗(うるわ)しく甍(いらか)に飛び
參(たかき)も差(ひくき)も皆(ことごと)く見る可(べ)し
餘霞(よか)散じて綺(き)と成り
澄江(ちょうこう)靜かなること練(れん)の如し
喧鳥(けんちょう)春洲(しゅんしゅう)を覆い
雜英(ざつえい)芳甸(ほうでん)に滿つ
去らんかな 方(まさ)に帶淫(たいいん)せり
懷しきかな 歡宴(かんえん)罷(や)めたるを
佳(よ)き期(とき)は何許(いつ)なるかと悵(うれ)い
涙下ること流るる霰(あられ)の如し
有情 望郷を知るものぞ
誰(たれ)か能(よ)く鬒(くろかみ)を變(か)えざらん
《解釈》夕暮れに三山に登る
灞水(はすい)の岸辺より長安を望み
河陽より京縣(みやこ)を遥かに眺めやる
白日の光は甍(いらか)に散乱反射して
高く低く続く屋根の連なり
名残りの夕焼けは散じて綺(あやぎぬ)となり
澄める江(おおかわ)は静かなること練(ねりぎぬ)の如し
喧(かまびす)しき鳥は春の洲(なかす)を覆い
雜(まじ)れる英(はなばな)は芳(かぐわ)しき甸(のやま)に滿つ
去らんかな 長居しすぎた野辺よ
懐かしきかな 過ぎ去りし楽しき宴よ
再びの時は何許(いつ)なるかと憂い
涙は下りて霰(あられ)の如く流れる
情(なさけ)有れば望郷の心を知ろう
誰が黒髪を変えずに居られよう
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深森イラスト遊戯・初夏版

・・・☆一つ目の作品は、タイトル「初夏の宮廷の或る一日」。

童殿上(わらわ-てんじょう)というスタイルが古代から中世の宮廷にはあったそうで、宮殿の回廊の上に、童殿上の少年2人を配置。

子供に出来ることは限られていたようですし、伝言とか文の使いとか、そんなものだったのでしょうか。女の子の場合は、行儀見習いという側面もあったかも知れません。昔の子供は、割と早くから大人扱いされていたようですが…(『源氏物語』の場合、男の子は、12才から13才くらいで元服してしまっていたらしい)

当サイトの感覚では、「そりゃ早過ぎるだろう」というのがありましたので、間を取って、17才から18才で元服というような感覚である…という設定をしてあります。中世も末期になってくると、だいたいそういう感じが広がっていたようですし、ちょっと苦しいですが、それなりに妥当であろうと思案しております(笑)

…少年たちの視線の先には、どうやら壮年と見える年代の重臣クラスの殿上人(てんじょうびと)が2人。扇に隠れて、何かをささやきあっておられます。もしかしたら、いわゆる「宮廷政治の陰謀」を相談しているところかも。うーむ。何だかアヤシイ。(…という感じが出ておりますでしょうか?^^)

背景は、京都御所に観光に行った時のケータイ写真を使いました。人物イラストに合わせるために、強烈に遠近法を歪めてあるので、超時空・要塞的・奇妙な建物になっているかも知れませんが(アセアセ)…^^;

・・・☆二つ目の作品は、タイトル「紫の小姫」。

成長したら、目の覚めるような絶世の美女になるのだ、という設定…(笑)

手に持っている花は、カキツバタでもアヤメでも、どちらでも(=モデルにしたのは、カキツバタですが…)。着物の文様は「小葵文様」とか言うものです。昔は良く使われていたそうで、それなら「こういった状況でも、それほど不自然では無いだろう」ということで。

資料で昔の色合わせを見ると、昔の人は「紫」を気にしていたみたいだなと言う印象です。『枕草子』に、「薄紫に白の薄物を着ている少女が良い」とか書いてあります。

他には、例えば、衣冠ですけれども。一位から四位の貴族は「黒の衣冠」だと言うことでしたが、よーく調べてみると、どうも「濃紫」をどんどん濃くしていって、ついに「黒」と言っていいほど黒くなったのを仕立てていたらしく。正確に言ってみれば、「黒紫」でしょうか…

うーむ。本当に「黒」で作ってしまったら、それこそお葬式の色ですし、その辺は流石に、昔の貴族は敏感だったのかも知れません。「縁起でも無い」とか、そんな感じで。

幻日環のメモ

《2011.6.2メモ》・・・珍しい現象なので記事メモ。

☆太陽貫く光の輪-諏訪で「幻日環」「日暈」同時観測(信濃毎日新聞2011.6.1)
http://www.shinmai.co.jp/news/20110601/KT110531ZZI000001000.html

まるで指輪のよう…。諏訪市中洲で31日正午前、うっすらと雲がかかった空に、「幻日環(げんじつかん)」の円が現れた。太陽を中心とする光の円「日暈(ひがさ)」も同時に見ることができた。
長野地方気象台によると、幻日環、日暈とも、太陽の光が雲の中にある氷の結晶で屈折して起こる現象。同気象台は「幻日環がこれほどはっきりと見えるのは非常に珍しい」としている。
諏訪市街地や伊那市では、日暈のほか「環水平アーク」も観測できた。暈の内側が周囲より暗く見えた時もあり、同市西春近の男性は「太陽の周りが黒くなって見えた。こんなことは初めてだ」と驚いていた。
(写真説明)=太陽に一部がかかり、左上方向に見える円が幻日環(げんじつかん)、太陽を中心とした円が日暈(ひがさ)=5月31日午前11時40分、諏訪市中洲=
ウィキペディアより・・・〝白虹貫日〟
日暈は別名白虹ともいうが、中国では古代、白虹が太陽を貫くことは、兵乱の兆しとされた。白虹は干戈を、日は天子を表わすという。
司馬遷(紀元前145年-没年不詳)の『史記』鄒陽列伝に「白虹日を貫けり。太子畏ぢたり」とあり、燕の太子丹(たん)の臣、荊軻(けいか)が始皇帝暗殺を謀った際、白い虹が日輪を貫き、暗殺成功を確信させたが、それでも丹は計画の失敗を恐れたという故事が見られる。
他にも「彗星(妖星)の飛来」「太陽が2つ現れる」などが兵乱、大乱の予兆といわれるが、2つの太陽とは「幻日」のことであり、それと同時に観測されることが多い「幻日環」がここでいう白虹のことではないかとする説もある。

(コメント)・・・東洋オカルト的・陰陽道(=安倍清明とか…=)的に言えば、今回の内閣不信任案の不成功は、天のしるしによって予兆されていたのかも知れないです。今の時点で謀反(=内閣不信任=)を起こしても上手くいかないとか、そんな感じでしょうか…


☆内閣不信任案、2日採決へ-首相、会期延長を表明(朝日新聞2011.6.1)

自民、公明両党などは菅内閣の不信任決議案を1日夕に提出する。2日午後の衆院本会議で採決される見通しだ。民主党の小沢一郎元代表に近い50人超が賛成の構えで、民主党執行部は除籍(除名)処分を含む対応で臨む。一方、菅直人首相は6月22日までの今国会の会期を大幅延長する方針を表明した。党内中間派の求めに応じるもので、造反数を抑える狙いがある。
自民党の谷垣禎一総裁は1日の幹部会合で「一日も長く菅政権が続くと国益を損なう。(不信任案を)今日出す決意を固めた」と表明。大島理森副総裁も1日中に提出する意向を記者団に示し、「菅総理では災害復旧と復興、原発事故の処理に対応できない。これが一番大きな理由」と語った。
自公両党は1日午後3時からの党首討論後、谷垣氏と山口那津男・公明党代表の党首会談を開き、不信任案提出を正式に決める。野党各党との党首会談も呼びかけて同調を求める。たちあがれ日本も提出に加わる方向だ。社民党は反対か棄権で調整しているが、共産党やみんなの党などその他の野党は賛成する。