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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:ゲーテ

捧げることば/『ファウスト』巻頭・ゲーテ著

また近づいてきたか、おぼろげな影たちよ。
かつてわたしの未熟な眼に浮かんだものたちよ。
今こそおまえたちをしかと捉えてみようか。
わたしの心はいまもあのころの夢想に惹かれるのか。
むらがり寄せるおまえたち。よしそれなら思うままに、
もやと霧のなかからわたしのまわりにあらわれてくるがいい。
わたしの胸はわかわかしくときめく。
おまえたちの群れをつつむ魅惑のいぶきに揺さぶられて。

おまえたちは楽しかった日の、かずかずの思い出をはこんでくる。
なつかしい人たちのおもかげのかずかずが浮かび出る。
なかば忘れられた古い伝説のように、
初恋も初めての友情もよみがえる。
苦しみは新たになり、嘆きはまたも人の世の
悲しいさまよいをくりかえす。
かりそめの幸に欺かれて、美しい青春をうばわれ、
わたしに先立って逝った親しい人々の名をわたしは呼ぶ。
初めの歌の幾ふしをわたしが歌って聞かせた人々は、
いまはそれにつづく歌を聞くよしもないのだ。
親しい人たちの団欒は散り、
最初に起こった好意のどよめきは帰ってこない。
わたしの嘆きは見知らぬ世の人々に向かってひびき、
その賞賛さえわたしの心をわびしくする。
いまも生きてわたしの声を喜んで聞いてくれる人たちも、
遠く四方にちらばっている。

しかし今わたしを捉えるのは、あの静かなおごそかな霊
たちの国への
ながく忘れていた憧れ。
わたしの歌はいまようやくつぶやきをとりもどして
おぼつかなくもエオルスの琴のようになり始める。
戦慄がわたしをつかみ、涙はつづく。
かたくなった心もしだいになごんでゆくようだ。
わたしがいま現実にみているものは遠い世のことのように
思われ、
すでに消え失せたものが、わたしにとって現実になってくる。
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異世界ファンタジー試作26

異世界ファンタジー7-4王宮神祇占術省:未消化の謎あるいは問い

――というような顛末であった――と締めくくり、ウルヴォン神祇官の説明は終了した。

「はあ…全く何というか、善意から出た災厄…しかも飛び火付き…って、どうしようもないわね!」

ライアナ神祇官は呆れ返って、椅子にヨロヨロと腰かけた。全くの善意が、悪意に変化してしまう。何という虚しさ、愚かしさ。ウルヴォン神祇官は、全くの善意で行動したのである。悪意など一片も無かったのだ。もしこれが本当に最初の狙い通り成功していたなら、事態は一層ねじれるものの、一時的には一石三鳥だったであろう。

「飛び火って、どういう事なんだい、ライアナ神祇官?」
「耳かっぽじって良く聞きなさい、ウルヴォン神祇官。あんたの失敗した実験の直撃を受けたのは、私の顧客の血縁だったのよ。もう少しで、祖母より先に孫娘が死ぬという、とんでもない悲劇を目撃するところだったわ。その子、婚約者が居るのよ!巻き添えになった令嬢たちもね!あんたの実験は、ターゲットを完全に外してるじゃないの。よりによって!その破廉恥な!何処かの!悪女の!とばっちりを受けるなんて!それも《宿命の人》どころか、《死兆星》となって出現するなんて――ホントに信じられないわ!」

ウルヴォン神祇官は、本当に申し訳ない――と言った様子で、床の上に小さくなっていた。

「ごめんね」
「ごめんで済めば、この世に問題は存在しないッ!」

ライアナ神祇官はひとしきり激昂していたが、元々サバサバした性格である。怒りは激しいが、それが収まった後は、キレイさっぱり忘れるのだ。ファレル副神祇官が手際よく茶を給仕し、ライアナ神祇官は一服して、そろそろと落ち着き始めた。

老ゴルディス卿にしても、ウルヴォン神祇官のような優秀な頭脳を失うのは惜しいのだ。人知を超越する運命の力が働いたのであろう、最小限の被害で済んだことは喜ばしいことだし、ライアナ神祇官の効果的な「お仕置き」のお蔭で、ウルヴォン神祇官はこれ以上無いほど反省している。これ以降は、禁忌の領域に踏み込む事は決して無いだろうと、老ゴルディス卿はホッとしていた。

ガイ〔仮名〕占術師は手際よくウルヴォン神祇官を立たせ、最寄りの椅子に座らせた。

「ウルヴォン神祇官、幾つか確認しなきゃいけないんだが、誠実に答えてくれるね?」
「勿論です、僕に分かる事なら」

ガイ〔仮名〕占術師は早速、未消化の質問を始めた。

「問題の貴族令嬢の正体は、今でも分からないか?」
「ええ、さっき話した通りです。そもそも恋愛相談コーナーって、偽名でもOKなところだし」
「一度目は《死兆星》という形で災厄が弾けたけど、二度目はあるのか?」
「あ、それは無いです。元々不安が大きい実験って事は分かってたし、一度しか発動しないようになってます。一度発動したら、方式が壊れるようにセットしたんですよ。平民クラスのオマジナイ操作と同じです」

ライアナ神祇官が、「賢明な対応ね」と口を挟んだ。

「連続発動されたら、ローズマリー嬢の身がもたなかったわよ。あの《死兆星》のお蔭で、あっちこっち《宿命図》が歪んでしまってて。何日間も異常変位を修正する羽目になったんだから」
「ホントにごめん…」
「二度としないって、反省してくれれば良いわ――あ、そう言えば、謎の貴族令嬢の声は聞いた訳よね、ウルヴォン神祇官。もう一度聞けば分かるんじゃないの?」
「多分――だけど、余り自信は無いよ、ごめん。一応、声も美人だったよ、あの令嬢」

*****

ウルヴォン神祇官が白状した内容は、全ての個人名を伏せる形で調書に取られた。正義感に酔って暴走した一人の神祇官の愚かな行為の記録ではあったが、神祇官としての倫理を徹底するための、貴重な教訓になるはずである。

機密会議室の面々は一礼を交わし、扉を開けて廊下へと繰り出した――と、そこへ、血相を変えた衛兵が現れた。

「ちょうど良かった、神祇官の皆さま!王宮神祇官は皆、老ヴィクトール大公の案件の証拠固めに出払っていて――裁判所にて、ユーフィリネ大公女、《宿命図》暴走の事故でございます! 取り急ぎ、公爵令嬢の体調の確認、及び怪我の治療を要請します!」

資料:生死の海の賦

三教指帰・仮名乞児論4―生死海の賦

http://blog.livedoor.jp/nf9/archives/51468338.html

[生死海の賦]
「(解脱できずに輪廻を繰り返しているわたくしたちの苦しい生死を海に喩えれば)
生死の海は、欲界、色界、無色界の辺在まで続き、遥かに見渡しても極りがない
それはこの世界の外側までも果てしなく広がり、測ることすらできない
海はあらゆる生き物を生み出し、無数のものどもを支配する
大口を開けて、底なしの腹に全ての川の流れを呑み込む
岩壁を打つ激しき波は休むことなく、磯を洗う早波はぶつかり砕けて休むことがない
昼も夜も車のきしむがごとき雷霆の響きを轟かせて陸を叩く
あらゆる種類の数限りなく多くのものが集り群れる
奇異なもの、奇怪なもの、怪しげな異類どもを豊かに生み育くむ

その鱗あるものどもは、慳貪・瞋恚・極癡・大欲である
長い頭には端なく、遠い尾には極まりがない
鰭を挙げ尾を打って、口を開いて食を求める
波を吸うときは、離欲の船も帆柱が摧け帆も失われる(貪欲)
霧を吐くときは、慈悲の船も舵が折れ人も沈む(瞋恚)
または泳ぎ(煩悩が起こり)または沈んで(悪心がおさまる)(愚癡)
心はつねに揺れ動いてとりとめなく乱れる
財を貪り食を貪り、心は直きことがない
欲はますます深く、そのために身を滅ぼし家を滅ぼす
鼠や蚕のように貪り喰らい、惻隠の気持ちなど起こらない
千劫の長き地獄の苦しみを忘れて、たった一生の富貴を望む
その羽のあるものどもは、こびへつらい(諂誑)、あしざまにそしり(讒諛、誹謗)、言葉が粗悪で(麁悪)、多言し(噂沓)、かすまびしく(嚾呶)、
驕慢(籧除)で、悪事を働く
翼を整えて道に背き、高く羽ばたいて快楽に赴く
常・楽・我・浄の四つの執着の浦に声高に叫び
殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・悪口・両舌・貪欲・瞋恚・邪見の十悪の澤に羽ばたく
正直の実をついばみ、廉潔の豆を啜り食らう
鵬を見、鸞を見ては、拾った腐鼠を奪われまいと威嚇し
犬を捕り鼠を捕って、俯して大声で喚く
または飛び、または鳴いて、目先の欲に囚われ
あるいは生まれあるいは死んで、未来に受けなければならない苦の報いを忘れてしまう
飛び行く先には細い網が張り巡らされ、羽を休める池には罠が仕掛けられ
前からは矢が飛来して頭を砕き、後ろからは弓引かれて血を流すことを
知らないのだろうか

禽獣の類は、憍慢・忿怒・罵詈・嫉妬・自讃・毀他・遊蕩・放逸・無慚・無愧・不信・不恤・邪淫・邪見・憎愛・寵辱・殺害のともがら、争い殺しあう輩である
形を同じくしても心は夫々に異なり、また行いの程度もさまざまである
鋸の爪、鑿の歯あって、慈しみ少なくして穀を食らう
眈々として虎のごとく視て、朝露のようにはかない人生に遊び
怒りの眼差しで獅子のように吼え、夜夢のような現世に戯れる
これに逢う者は悪心が蔓延り、精抜けて、脳を擂り潰され、腸を砕かれる
これを見るものは身慄き、心怖じて、恐れと目の眩みに慄き伏す

かくのごときの衆類が、上は有頂天をめぐり、下は無間地獄にあふれ、
それぞれの場所に櫛のように並び、浦ごとに住処を連ねている
このありさまは筆舌に尽くしがたい
これによって不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒の五戒の小舟も
猛烈な浪に漂って羅刹の津に曳かれ掣かれて漂着する
不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不綺語
不悪口・不両舌・不貪欲・不瞋恚・不邪見の十善の車も
強烈な破壊の力に引かれ車軸をきしませて魔鬼の住処に集り行き交う
[大菩提の果]
このゆえに、菩提心を発し、最上の果報を仰ぐのでなければ
だれが暗黒の生死海の底から抜け出して、広大な法身に昇ることができようか
すべからく生死の漂河に六度の筏のともづなを解き
愛着の波頭に八正道の船を棹さして
精進の帆柱を立て静慮の帆を挙げ
群がる煩悩を忍辱の鎧をもって防ぎ、智慧の剣をもって威し
七覚支の馬に鞭打って速やかに沈淪を超え
四念処の車に乗って高々と迷いの世界を越えてゆけば
未来に成仏し仏の境界を許されること
舎利発が授記を受け
龍女が仏に首飾りを奉って正等覚を成じた吉祥に比べられよう
十地の菩薩の長い修行の道程を須臾に経尽くし
三大阿僧祇劫の遥かな時間を究め尽くして、さとりに至ることも困難ではない
そうした後に十地の菩薩の十重の荷を捨てて、常住不変の真如の理法を証得し
煩悩を転じて菩提を、生死を転じて涅槃を得て、法王の名を浄土に讃える
平等不二の理が顕現し心に親疎の分け隔てなく
如実空鏡・因熏習鏡・法出離鏡・縁熏習鏡の
四つの鏡に喩えられる智慧を身につけて毀誉褒貶を離れる
生滅を超えて常住不変で、増減を越えて盛衰もない
万劫を超えて円寂であり、過去・現在・未来の三際にわたって無為である
これこそ大いなる吉祥である
聖天子の軒帝、堯、羲なども足許にも及ばず
転輪聖王、帝釈天、梵天も全く力が及ばない
天魔、外道も論難し誹ることがかなわず
声聞、辟支がいくら讃えても讃え尽くすことはできない

そうはいっても、大乗菩薩の四弘誓願が未だ達成されないままに
一切衆生は苦海に沈んでいる
そのことを思って仏陀は悲しみ悼み、心を痛めている
ここに本来虚空に等しい無相無形の如来は、百億の国土に百億の化身の仏を出現させた
久遠の過去に成道した法身如来は、釈尊の八相の姿をとり
仏陀は、苦・集・滅・道の四諦の中にその身をゆだねた
仏陀の教えは弟子たちによって多くの国の果てにまで広まり
慈愛の羽檄を無数の衆生に分かち与えた

そうして後に、一切有縁のあらゆる衆生が、風に乗り雲のように集って
天より地より、雨の如く泉の如く
清らかなものも汚れたものも、雲の如く煙の如く
地に下り天に上り、天に上り地に下り
仏陀に帰依するのをお待ちになった
天・竜・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅迦の八部と
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆は、おのおのまちまちに交わり連なって
仏の徳を讃えて詠唱し
賛嘆の声は鼓を打ち馬が走るように轟きざわめいた
鐘のように遠くまで鳴り響き、花のように連なり翻った
その集いは宝石の彩がきらめくように端正で
車馬の響きは大地を揺るがして盛大であった
目に盈ち耳に盈ち、地に満ち天に満ちた
踵を履み跟を履み、肱を側め肩を側め
礼を尽くし敬を尽くし、心を謹み、心を専らにして

しかればすなわち、仏の不可思議な働きは一音の法輪を転じて衆生の邪見を摧き
三千大千世界を引き抜いて他界へ放り投げ、須弥山をそのまま芥子粒に入れてしまう
甘露の雨を降らせて、誘い誡める
教えの歓びを分かち、智慧をつつみ戒をつつむ
ことごとく天下の太平を詠じて民は腹を打って喜び
ことごとく仏の来臨を頌して地上の為政者の功績も忘れてしまう
無慮無数の国々の来集するところ、有情界の讃仰するところ
これこそ最も尊く、崇め敬われるべきものである
ああ、比類なき仏陀世尊のなんと偉にして雄大なことであろう!
これはまことに吾が師仏陀の残された教え、その真理の一少部分である
かの神仙の小術は世俗の微々たる説に過ぎず
言うべきものもなく、取るに足りるものではない」