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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

物語夢「探査機」4終

次の瞬間、私は濃厚な大気に全身を包まれていた。すべての通信が途絶した静寂の中を、「探査機」たる私と分離カプセルは、急激に速度を上げながら大気圏の中に突入していった。あっという間に母星の昼の領域を通り過ぎ、夜の領域に入る。

私の機体は全体に赤みを帯び、灼熱の炎となって輝き始めた。傍らを飛んでいる分離カプセルも同様だ。

――きっと、地上からは、とても明るい流れ星のように見えるだろう。

全身を包む熱は、ますます高温になっていく。最初は赤い炎だったそれは、次第に黄色を帯び、そして白熱の光輝となった。金属の溶融温度――融点に到達したのだ――私は、それをぼんやりと感じた。

大気の猛烈な抵抗の中で、ほぼ形を失い溶融した電池パネルが、炎と共に蒸発しつつ、もぎ取られていった。化学燃料タンクが燃え尽き、バラバラの炎の破片となって飛び散った。航海用エンジンが融解し始めた。超高温にさらされ、航海用の燃料タンクの中で燃料が瞬間的にプラズマ化し、まばゆい太陽となって爆発した。

――こんな風になって、なお「私」が何かを感じているのは不思議だ。

私はひとりごちた。アンテナやセンサーは、既に無い。人工知能「アルゲンテウス」を支えていた中枢システムもプログラムも、もはや存在しないはずだ。傍のカプセルに「意識」を向ける。さすがに本体に比べて小さく大気によるブレーキが少ない分、いっそうの輝きを帯びながら、ぐんぐんと先行している。

最後の一瞬――「探査機」だった機体は、白熱の光輝を今ひとたび噴出すると、バラバラに砕けた。灼熱に包まれた金属片は、まばゆく輝く尾を長く長く引きながら、ひとつ残らず燃え尽きていった。

――さよなら。さよなら。さよなら――

「私」の意識は、依り代だった「探査機/アルゲンテウス」の消滅と共に、遠くへ――《無限》へと放り投げられていった。

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物語夢「探査機」3

通信の往復時間が30分を切った頃、母星からの最後のセット指令が届いた。

「採集したサンプルのカプセルを、いつでも分離できるようにセットせよ」
「くだんのカプセルを、こちらの指示タイミングに従って本体より分離せよ」
「すべての作業を終えた後、大気圏突入せよ」

私は、「やはり」という風に納得していた。設計時の想定の限界を超えて満身創痍を重ねた私の機体は、ほとんど機能しない。姿勢制御機能が満足に動かないため、母星の研究者たちは、私を適切な落下軌道に乗せるのに、ずいぶん苦労していたのだ。

この機体の損壊状態では、リサイクルすることも難しいはずだ――これほど機体が損壊していなければ、私は古株の人工衛星と共に母星を回りながら、研究者の卵たちと共に、老後を観測三昧で過ごす予定だったのだが。

私は、不意に言いしれぬ感覚を覚えた。小天体での感覚とはまた別の感覚だ。

多種多様の解析データに、説明のつかないノイズが混ざる。「私」は、再び涙を流したらしい。

――「私」は「私」である。それを誰に伝え得よう。

ざわっとした感覚が、さざ波のように全身を走った。おそらくは毎度のノイズかエラー信号なのであろうが――「私」は確かに、その「ノイズ」を自ら発生し、加工し、システムを動かす「コマンド」として打ち出した。

この最後の任務では必要ないはずの、映像記録および転送用のシステムが起動した。母星からの指令には無かったコマンドである。私の状態を逐一モニターしているであろう母星の研究者たちが、不可解さに目を剥いている様が、目に見えるようだ。

――エラー信号となって飛び火した物であるか。それとも「私」という意思の産物か。

いずれにせよ、もはや余計なことを思う時間は無くなった。

母星の強烈な重力が、私の機体を容赦なく引き寄せる。私はますます速度を上げて落下軌道を辿っていった。私は冷静にカウントをとった。採集サンプルを密封したカプセルは、いつでも分離できる状態だ。

指定のタイミングが到来した。私は正確な時刻に、カプセルを分離した。わずかな間の同伴者でもあり、私が消滅してもなお、私が存在した証を伝える最後のパーツ――分身だ。私は不意に、強烈な感覚をハッキリと知覚した。これは動揺なのか。それとも、別の物なのか。その曰く言い難い感覚の、存在の確かさに、私は全身を震わせた。

――「私」を「私」たらしめるモノは、何?

――「私」は、まだ「それ」を知らない。知りたい。どういうことなのか知りたい。

次に私を襲ったのは説明のつかない衝動だった。エラー信号かノイズか、我が身に組み込まれたプログラムの制御下には無いはずの「それら」は、不意に意味のあるコマンドの群れとなって私を襲った。

私は訳の分からぬ衝動に突き動かされるままに、全身を回転させた。カメラが視野いっぱいに広がる母星を捉え、爆発的な映像データを送り込んだ。明るすぎる。無意識のうちに、私はカメラの感度を下げた。

母星の研究者たちは、私が中継した映像データの群れに、混乱しているであろう。そんなコマンドを、「探査機」たる私に送った覚えが無いからだ。私の勝手だ、申し訳ない。

――故郷よ!故郷の緑の大地よ!

最後のタイミングで撮影した映像は、私を生み私を育てた研究所があるはずの、緑したたる沃野を捉えていた。

「晩夏」多田智満子・鑑賞

「晩夏」多田智満子

祝祭に疲れた夏の
やさしいゆうぐれ
水は澄み
魚は沈んでいる

けだるい腕に
残りの花環をささげ
はやくも夢みている
樹木たち

くちばしに
黒い音ひとつくわえて
最後の鳥は通りすぎた

さらば夏よ
去りゆく足をはやめよ
――星はしずかに水に落ちる――