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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

古代ヨーロッパ考・後篇

《ヘレニズム哲学から絶対一神教へ》

コスモポリタンの発生と漂流…生の不安が拡大する中、新時代を切り開く哲学として浮上したのが、混迷を生きるための哲学、ストア派とエピクロス派でありました。

【ストア派】
コスモポリタン主義。宇宙理性(ロゴス・神)が世界に遍在する。一切はこのロゴスの摂理に従う。この神の摂理にしたがう賢者はアパテイア(完全理性)の境地に達するであろう。
【エピクロス派】
隠者主義。万物は原子と真空によって構成されている。感覚は実在の偉大なる伝達者である。生活を簡素にして自然との究極の調和が得られたとき、これをアタラクシア(平安充足)と言う。

更なる発展形として、絶対一神教のスパークにして理論的バックボーン、新プラトン主義も登場してきました(新プラトン主義=完全なる一者から世界が流出生成したという思弁)

そして、重要な事件が発生しました。イエス・キリストと、その福音の登場です。

このヘレニズム時代の遺産、共通(コイネー)の基盤を前提として、「西欧普遍世界」における画期的な個人救済、普遍宗教・キリスト教が発生し、急速に普及したのであります。

更に時代を下って、アラブでも、マホメットの登場を通じて「イスラム普遍世界」における個人救済、普遍宗教・イスラム教が成立。

恐るべき歴史の分断を経て、生まれてきた福音教…キリスト教とイスラム教。そしてこの2つの新興宗教は、それまでの多神教の世界を駆逐したのであります。

この多神教/一神教の怒涛のごとき「入れ替わり」もまた、かつてのアレクサンドロス大帝国の領土範囲の中で進行した出来事でありました。実に恐るべきかな、ヘレニズムの因縁・・・

個人救済の性格を持つ「普遍宗教」は、ヘレニズム時代が生み出した、コスモポリタン漂流社会における、究極の人心救済メソッドであった…とも考えられるでしょうか。


《「宗教」私観》

religion の意味には、「神との再結縁」というのがあるそうです。本来の宗教とは、「世界」から切り離されてバラバラになり絶望に落ちる「個人」を、再び「世界(亦はゴッド)」と結縁する(救い上げる)とか、そういうものだったのでしょう。

おそらくは…創生の息吹きに満ちていた頃のキリスト教は、洗礼を通じての「再結縁」の能力があったのです。そうした中での、アウグスティヌスの提唱した、「人は洗礼を受けなければ人では無い」というドグマの採用…

当時の人々の動揺がどれほど激しかったか、どれほど孤独の闇にうちひがれていたか、そういう悲しいコスモポリタンならではの心理が透けて見えて、恐ろしくなるのです。

名高い「アダムとイブの楽園追放」のエピソードや、ぬぐい切れぬ「原罪」感覚には、そういう伝統断絶・喪失における悲しみと不安が、合わせ鏡の如く映し出されているのだと考えられはしないでしょうか。

エリートなら、上のような数々のヘレニズム哲学に慰めを見いだせたのでしょうが、知識も活動も制約されていた下層の人々には、それは到底かなわぬ事であった筈です。

キリスト教が何故、ローマ帝国の弾圧にも関わらず、下層の人々の間で爆発的に広がっていったのか。それは、こうした数々の与件が重なっていたからこそ、の事象であったと思われるのです。

一方、古代日本語は、こうした「結縁共同体」の概念を、「ムスヒ(結び、産霊)」、「ユヒ(結)」、「ウブスナ(産土)」などで言い表してきました。お宮参りの風習は、この結縁の慣わしが現在まで残ったものですが、「宗教」と言うよりはもうちょっと、広い意味で混然となったものを含んでいるようです。

《洗礼と洗礼名について》

キリスト教では、専門の司祭や牧師が洗礼を行ない、神に代わって洗礼名(「人」と認められた証しとしての名前)を授けますが、すでにプロの手を必要とする専門業である…という点で、キリスト教における「世界(ゴッド)」と「人間」との遠大な距離感が感じられるものであります。

神の代理人という地位と、神/人の間の距離感…という要素の共鳴が、ローマ・カトリックに絶大な世俗権力を約束したのではないでしょうか。こういうと語弊はありますが、歴史の流れの中で、その後の西欧キリスト教は、「神と人との再結縁」よりも、「神の代理人としての世俗支配権」を選択したのです。

神道の考え方だと、日本人はみな神の分け御霊(みたま)を授かっている存在である(神に生かされて人生を歩むものである)…となります。ある意味、親から授かった名が、神の授けられた名なのです。


以上の如く歴史の分断、および多神教/一神教入れ替わりのいきさつを考察し、当時を生きた人々の苦悩や、切なる思いを想像しながら、物語ってみたのでありました…

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