標準理論:強い力と弱い力
標準理論は、素粒子の振る舞いや、素粒子が質量を得る機構を組み込んだ、矛盾のない理論体系として組み立てられた理論です。
この標準理論が描く宇宙誕生の様相は、以下のような物になります:
- およそ138億年前、ビッグバン
- 誕生直後の宇宙=「ゲージ対称性」に支配された物理学の時代。すべての粒子が質量を持たず、光速で飛び回っている状態
- 100ピコ秒(1/100億秒)後=「ゲージ対称性」の破れ、素粒子が質量を持つ
- 以降~=宇宙の膨張と共に、これらの素粒子の速度が充分に遅くなると、クォークが結びついて陽子や中性子となり、原子核、原子となり、物質が形成されて行く
- 標準理論の要
- 「ゲージ原理」…場の理論(波動関数の量子化)での「ゲージ対称性」(複素平面上の回転対称性)/ネーターの定理が通用する
- 「繰り込み可能性」…計算の発散を食い止める機構
- 「自発的対称性の破れ」…粒子が質量を持つ機構
――標準理論の構築は、ディラックの相対論的量子力学からスタートしました。
相対論的量子力学(電子スピンの導出)⇒量子電磁力学(電子と電子場の相互作用を記述する場の理論)⇒量子電磁力学が「弱い力」を統合+量子色力学が「強い力」を記述⇒標準理論として統合
こうして構築された標準理論では、多種類の素粒子がスピンの分類で綺麗にまとまります。
- スピン1/2を持つクォークや電子などの「フェルミオン」=「物質を構成する素粒子」
- スピン1を持つ光子やグルーオンなどの「ボソン」=「力を媒介する素粒子」/ローレンツ変換に対してベクトルとして振る舞う「ベクトルボソン」
- スピン0を持つヒッグス粒子は「ボソン」に分類される=「素粒子の質量の起源」/ローレンツ変換に対して不変「スカラーボソン」
――標準理論の要「ゲージ原理」…「ゲージ対称性」について
ネーターの定理「ある物理系が連続的対称性を持っている時、それに対応する保存則が存在する」
- ある物理系を記述する運動方程式が――
- ――時間並進対称性を満たす時⇒エネルギー保存則
- ――空間並進対称性を満たす時⇒運動量保存則
- ――回転対称性を持っている時⇒角運動量保存則
電荷の保存則の場合、次のようになる:
量子電磁力学で記述される方程式(複素波動関数)において、位相変換に対して不変という「ゲージ対称性」を満たす⇒電荷の保存則
――量子電磁気力学=電子と電磁場の相互作用を量子化した「場の理論」。電子の波動関数と同様に光子の波動関数を考え、それを場として量子化し粒子性を出す理論。ディラックの理論を基礎にしている。「場の量子論」「量子場の理論」とも。
"場"とは、時空の各点で定まる物理量の事で、数学的には「時空の関数」として記述されます。物理量はスカラー、ベクトル、テンソルという形を取るので、それに応じて、スカラー場、ベクトル場、テンソル場で記述されます。例えば、電子はスピノル場で記述され、光子はベクトル場で記述されます。
電子の状態はディラック方程式(波動関数)で記述されますが、この波動関数は複素数で表されており、その絶対値だけが物理的に観測可能な量になります。
波動関数には複素関数としての位相がありますが、これは絶対値に影響しないため観測できません。つまり、波動関数の位相を任意に取っても、観測される物理量は不変という事になります。
波動関数の位相を任意に取るという作業――物理的には「観測に掛からない変換」ですが、数学的には(複素関数の中では)確かに位相変換が為されているのであり、これを「ゲージ変換」と呼びます。
複素平面の記述(Wikiより)
- 動径(絶対値):r=√(x2+y2)=|z|
- 偏角(位相):θ
- 極形式:z=r(cosθ+i sinθ)=reiθ
- オイラーの公式:eiθ=cosθ+i sinθ
- 「複素平面上の回転(位相変換)」=「ゲージ変換」⇒U(1)群に相当
つまり、電荷の保存則の源となる「ゲージ対称性」は、幾何学的には、「複素平面上の回転対称性」と理解する事が出来ます。ディラック方程式は、U(1)ゲージ対称性を持つ…とも言えます。
このようにして、電磁力の機構は、「ゲージ原理」で美しく解明する事が出来るのです。「対称性」のたまものです。
更に、標準理論では、「強い力」「弱い力」も、「対称性」すなわち「ゲージ原理」で理解する事が出来ます。
――標準理論の要「繰り込み可能性」…計算の発散を食い止める機構について
量子電磁力学の方程式は、ディラック方程式に電子と光子の相互作用の項を付加した形です。数式そのものは単純ですが、実際に解くには、特別な手法が必要になります。
それが「摂動法」です。これは、最低次の近似計算からスタートして、第1次近似の項を加えて補正、第2次近似の項を加えて補正…という風に、順繰りに補正を繰り返して精度を高めていくという方法です(かなり面倒で、高次補正を掛けようとすると、スーパーコンピュータの計算能力が必要になって来ます)。
この摂動法が成り立つためには、高次の補正項が次第に小さくなっていって、全体として収束する必要があります。
しかし、量子電磁力学の計算では高次の補正項が収束せず、理論値の精度を高めようとすると、計算結果が無限大になる(発散する)という困難がありました。
そこで朝永振一郎やファインマンらが、めいめいに困難を解決しました。今日では「繰り込み理論(renormalization;再規格化)」と言います。
- 量子電磁力学の式では、電子の電荷と質量がパラメータ(未知数)になっている
- 摂動法を適用し、仮に決めた電荷「裸の電荷」と質量「裸の質量」を式に投入
- 電荷や質量に対して高次補正を計算
- ⇒「裸の電荷」+「高次補正の分」=「電荷の実測値」
- ⇒「裸の質量」+「高次補正の分」=「質量の実測値」
- 結果的に、電荷・質量ともに、補正項が持つ無限大は、裸の値が持っていたと考えられる負の無限大と相殺して解消されるとする
この「繰り込み処方」による理論値と、実測値との一致は、最新技術による精密測定では10億分の1以下の精度まで確かめられています。
数々の素粒子の振る舞いを探るうち、核に働く相互作用「強い力」「弱い力」が浮上して来ますが、これらの相互作用を説明する理論体系では、粒子が持つべき質量をうまく生成できない事が明らかになって来ました。
この「質量の起源」の問題を解決したのが、標準理論で記述される「自発的対称性の破れ」、すなわち「ヒッグス機構」です。
◇「強い力」「強い相互作用」~ハドロン(バリオン&メソン)を成り立たせている結合力
ハイゼンベルクは、原子核(陽子&中性子の塊)を成り立たせている力に付いて、化学結合の場合と同じように、陽子と中性子の間で電子が交換される事による「交換力」を想定しましたが、電子には、原子核の結合力の条件を満たす程の力は、ありませんでした。
※ハイゼンベルクの想定⇒原子核を成り立たせている結合力は、量子力学的に「交換力」で説明されるとする。陽子と中性子は「核子の異なった状態」であるとし、めいめいの状態を「アイソスピン」で記述する。陽子は上向きアイソスピン、中性子は下向きアイソスピン。
湯川秀樹は、核子の間で力を媒介する粒子があると考えました(中間子説)。この粒子の質量は、計算によると電子質量の270倍となりました。核子と電子の中間くらいの質量であったので「中間子」と呼ばれました。
今日では、この粒子は「π中間子(π+, π-,π0)」と言います。ハドロンの一種「メソン」に分類されています。
- ハドロン一覧
- 【バリオン(3種のクォークの組み合わせ)】…核子、反核子、Δ(デルタ粒子)、Λ(ラムダ粒子)、Σ(シグマ粒子)、Ξ(グザイ粒子)、Ω(オメガ粒子)
- 【メソン(2種のクォークの組み合わせ)】…π(パイ中間子)、K(ケー中間子)、ρ(ロー中間子)、J/ψ(ジェイプサイ中間子)、Υ(ウプシロン中間子)、η(イータ中間子)、φ(ファイ中間子)、ω(オメガ中間子)、θ(シータ中間子)、B(B中間子)、D(D中間子)、T(T中間子)
※クォークモデル=初期は、3種のクォークの組み合わせで全ハドロン(バリオン&メソン)の存在を説明した。現在では、ハドロンは、6種類のクォーク(スピン1/2のフェルミオン)とハドロン内部で強い相互作用を伝播する8種類のグルーオン(ゲージ粒子の一種)とから構成されるものとして考えられている。
◇「弱い力」「弱い相互作用」~核の崩壊を引き起こす力
- 放射性崩壊
- 【アルファ崩壊】…原子核がヘリウム原子核を放出する放射性崩壊。放出されるヘリウム原子核をアルファ線(α線)と呼ぶ。
- 【ベータ崩壊】…原子核の核子(陽子または中性子)が他の核子に変化する放射性崩壊の総称。主に、原子核の中性子が陽子に変化する崩壊(β-崩壊)を指す。このβ-崩壊において放出される電子線をベータ線(β線)と呼ぶ。
- 【ガンマ崩壊】…励起状態の原子核の持つ余剰なエネルギーを電磁波として放出することで、原子核のエネルギー状態を安定化させる変化をガンマ崩壊と呼ぶ。放出される非常に波長の短い電磁波をガンマ線(γ線)と呼ぶ。電磁相互作用が原因である。ガンマ崩壊はアルファ崩壊・ベータ崩壊とは異なり、陽子や中性子の数は変化しない。
アルファ線とガンマ線は一定のエネルギー値で観測されますが、ベータ線は連続的なエネルギー値で観測されます。この謎について、パウリは「観測に掛からない非常に軽い中性の粒子がベータ線と共に出ている」と解釈しました。
この「観測に掛からない非常に軽い中性の粒子」が、「ニュートリノ(スピン1/2ℏ)」です(フェルミが名付けた)。
弱い力の源となる粒子はW粒子と呼ばれ、負の電荷と、非常に大きな質量を持つとされました(媒介粒子が重い場合は、力の到達距離が短くなり、結果的に相互作用が起こりにくく、見た目には「弱い力」に見える)。
- クォークモデルによるベータ崩壊の説明:
- 中性子nの中のダウンクォーク(d、電荷-1/3)がW-を放出し、アップクォーク(u、電荷+2/3)に変わる現象。
- 後に、実験によって正しさが確かめられた。W-はゲージ粒子の一種。
(ベータ崩壊図、Wikiより)
この「弱い力」は、左巻きスピン状態にのみ作用するという特性を持ちます。したがって、ニュートリノには左巻きスピンの物しかありません(反ニュートリノ⇒右巻きスピン)。
この左右を区別する「弱い相互作用」の特性を、「カイラル対称性を持つ」と言います。理論的に、フェルミオンの質量の由来につながっていく性質であります。
- レプトン(スピン1/2のフェルミオン)一覧
- ⇒荷電レプトン…電子、ミュー粒子、タウ粒子(いずれも電荷1)
- ⇒ニュートリノ…電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ(いずれも電荷0)
- ゲージ粒子(スピン0のボソン)一覧※相互作用の力を媒介する粒子
- ※電磁相互作用…光子γ(電荷を持つレプトンとクォークに働く)
- ※弱い相互作用…W±ボソン、Z0ボソン(レプトンとクォークに働く)
- ※強い相互作用…グルーオンg(クォークにのみ働く)