短歌:山中智恵子鑑賞
三輪山に星降(ほしふり)の磐座ありといふ天つ甕星ほろびしところ/『風騒思女集』
吹く風にひとを愛(かな)しといふ勿れ睚(まなじり)浄くふかく棲まへば/『虚空日月』
水くぐる青き扇をわがことば創りたまへるかの夜へ献(おく)る/『みずかありなむ』
山藤の花序の無限も薄るるとながき夕映に村ひとつ炎ゆ/『紡錘』
いづくより生まれ降る雪運河ゆきわれらに薄きたましひの鞘/『紡錘』
わが生みて渡れる鳥と思ふまで昼澄みゆきぬ訪ひがたきかも/『紡錘』
青空の井戸よわが汲む夕あかり行く方を思へただ思へとや/『みずかありなむ』
さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥き遊星に人と生れて/『みずかありなむ』
その問ひを負へよ夕日に降(くだ)ちゆき幻日のごと青旗なびく/『みずかありなむ』
高見山(たかみやま)青透くばかりすがた立つつくづくと今をよき咲(ゑま)ひあれ/『みずかありなむ』
青き旗なびくこころに水を乞ふひたぶるこへばわが髪くらし/『みずかありなむ』
心沁む青山なりし夕日の村夕日みぬ方ゆくだりきしかな/『みずかありなむ』
たましひを測るもの誰(た)ぞ月明の夜空たわめて雁のゆくこゑ/『みずかありなむ』「鳥住」
とぶ鳥のくらきこころにみちてくる海の庭ありき 夕を在りき/『みずかありなむ』
星涵(ひた)す庭をたまひて遂げざれば文章のこといづれ寂寞/『虚空日月』
ことばより水はやきかな三月のわが形代(かたしろ)に針ふる岬/『虚空日月』
春さむき鳥住(とりすみ)はいづこ かかる日を活(い)ける水もちてひとは歩むか/『みずかありなむ』
さくらびと夢になせとや亡命の夜に降る雪をわれも歩めり/『虚空日月』
百年の孤独を歩み何が来る ああ迅速の夕焼の雲/『風騒思女集』
六連星(むつらぼし)すばるみすまるプレアデス 草の星ともよびてはかなき/『青章』
月山も露もことばも晩夏光非在となして立ち去らむかな/『風騒思女集』
雪にしたゝる虹の藍色夢にみればあしたしづかに對はむと思ふ/合同歌集『空の鳥』
くれなゐの雨ふるこころ夜半のゆめ老いにけらしも 老いざらめやも/『風騒思女集』
千年の歌のちぎりの嬉(うるは)しくはた虚しきを誰か知らなむ/『玲瓏之記』
春の獅子座脚あげ歩むこの夜すぎ きみこそとはの歩行者/『紡錘』
廃墟に降りし朝の雪はも 自由の雨降りし夜はも 忘れずあれよ/『玉も鎮石(たまもしづし)』
ひとなくてひぐらしをきく夕ごころあるかなきかに生きてあるむか/『星醒記』
きみなくて今年の扇さびしかり白き扇はなかぞらに捨つ/『星醒記』
行きて負ふかなしみぞここ鳥髪(とりかみ)に雪降るさらば明日も降りなむ/『みずかありなむ』
星空のはてより木の葉降りしきり夢にも人の立ちつくすかな/『青草』
ただよひてその掌(て)に死ねといひしかば虚空日月(こくうじつげつ)夢邃(ふか)きかも/『虚空日月』
潮みちぬ 常世の雁の風の書を見すべききみがありといはなくに/『青草』
星肆(ほしくら)にいくそのことを夢みむかものくるはしとひとのいふ身を/『短歌行』
この世にはまたもあはざるひとのため夕日に向きて鳥はゆあみす/『神末』
あやまちのごとく花散るきららかに星の光にあやまたぬ身を/『玲瓏之記』