物語夢「探査機」1
――予期せぬ事態だ。
全身に爆風を浴び、したたかに揺るがされた後、けたたましいアラート信号が全体に発生した。
地面はなおも震動し続けている。まるで地震だ。私は身をすくめた――つまり緊急セーフモードに入った。
全身の各所に組み込まれたセルフチェック用のサブセンサーが、ダメージを負った場所をチェックし、データを返してくる。私は手早くデータを解析し――そして、絶句した。
化学燃料タンクが半壊した――燃料漏れが起きている。アンテナの半分は衝撃の影響で歪み、正確な観測ができない。滑らかな金属の表面を覆い尽くす電池パネルにも、無視できない数の微細なひびが入った。
姿勢制御センサーが伝えてくる限りでは、どうも機体全体が傾いているらしい。
カメラに関するシステムは、幸い正常に動いている。画像観測は今すぐ可能だ。パノラマ画像のデータを構築できれば、あらかじめ保存した地形データや重力分布データと合わせて、姿勢を正すプログラムが作れる。私はコマンドを発令し、複数の外界カメラを心当たりのある方向に旋回させた。
カメラは、信じがたい光景を映し出した。さっきまでは存在しなかった、大きな岩山と思しき物が、ででんと鎮座ましましている。岩山と思しき巨塊の周りには、目を見張るような窪地――クレーターができていた。
――隕石だ。或いは、宇宙氷と宇宙塵の塊で出来た流れ星というべきか。
その隕石と思しき巨塊は、私が降り立った小天体に匹敵するサイズを持っていた。
こんな物が私を直撃していたら、どうなっていたか。私はカメラを向けたまま硬直するしかなかった。
深宇宙を巡るカイパーベルト天体が、互いに衝突することは極めて珍しいのではないだろうか。たまにフラッと軌道を外れる変わり者がいて、長い長いふらつきの後に主星に向かう彗星となったり、あるいはその間にバラバラになって流星群の元になったりするが、今回のケースのようにお仲間同士で合体するパターンも、考えてみれば、可能性はあったのだ。観測史上初の現象に遭遇するとは、運が良いというべきか悪いというべきか。
だが残念なことに、私が内蔵するプログラム群には、こんな出来事に対応する内容がない。全く予期せぬ出来事であった。私はプログラムの枝分かれを検討し、「深刻なダメージを受けた場合の対応」を探し出した――この状況に当てはまる内容は、あった。これで良いだろう。私はプログラムをスキャンし連続コマンドを打ち出した。機体は、残ったパーツ機器の能力を組み合わせ、母星に向かって、全身状態データ添付の緊急信号を送った。
「転倒あり、機体損壊レベル:高」
今にして思えば、舌足らずな内容だ。だが、プログラムを超えた内容を実行することは、私にはできなかった。人間で言えば、「想像力の限界」とか「想定外」ということになる。カイパーベルト天体同士の衝突という出来事は、まさにそのケースだ。
私は改めてカメラを旋回させた。隕石モドキの飛来方向は、母星の観測機器の視野の及ばない、言わば死角にあった。クレーターを作るほどの速度でやって来たのだ、私が立っているこの小天体の軌道は、大きくずれ始めるはずだ。
私の観測機器に、星々の配置の微小ずれが引っかかった。計算外の異常数値の出現を感知し、 航路計算に関するサブシステムが起動した。私は、そこに余剰計算能力を提供した。小天体の軌道変化を計算すると共に、帰路の軌道計算も並行してスタートさせた。軌道計算には膨大な時間が掛かる。今のうちから概算値を出しておくに越したことはない。
母星の人々がこの珍現象に気付くのは、「およそ5時間後」であろう。それほどに、この深宇宙は、母星から遠く離れていた――離れすぎていた。生身の人間が此処まで来るのは不可能である。
――私は生身の人間ではない。深宇宙探査機に組み込まれた人工知能である。
母星の研究者たちは、人工知能たる「私」に、「アルゲンテウス」という呼称を与えた。イニシャルを適当に展開すれば何らかのサイエンス用語になると聞かされているが、私にとってはどうでも良いことだ。
私はかつて、最先端技術の粋を尽くした宇宙探査機に組み込まれ、母星から打ち上げられた。複数年を掛けて目的の小天体に降り立ち、地上活動用の化学燃料が続く限り、小天体のデータを収集するはずであった。
――任務半ばにして、こんな事になろうとは。
半壊した燃料タンクから化学燃料は流れ出し、極寒の真空の中で凝固した。中に残った燃料も、あっという間に凍てついてゆく。温度変化シールド機能を失ったタンクは、もはや負荷でしかない。
私はサブシステムの計算に基づいて、姿勢制御システムにコマンドを出した。母星の設計者は優秀だ、間もなくして重力センサーが、姿勢立て直し結果に対してOKを返してきた。しかし、人間で言えば「足腰」に当たる部分が、かなり折れ曲がっている。これでは満足な移動は出来ないかも知れない。
化学燃料タンクを失ったのは痛い。私は、余った地上用のエネルギーで何ができるかをサッと計算した。飛び散った隕石の破片が足元に転がっている。興味深いサンプルになるはずだ、私は小天体の欠片と共に、隕石の破片を採集した。
その間にもカメラが旋回し、別の内蔵システムが新たな地形データを作成し、更新した。マルチタスク様々である。
――計算が正しければ、この小天体、「隕石」というコブのついた奇妙奇天烈な形になっているはずだ。
私は改めて、隕石が作ったクレーターを眺めた。
センサーにそって、ノイズに似た奇妙な感覚が移動している。今までのやり方では制御できない、未知の感覚だ。映像データに歪が生じた。エラー信号が入ってはまずい――私は、それを修正した。
――人間の感覚で言えば、私は動転のあまり涙を流していたのかも知れない。
――後で考えてみれば、この予期せぬ出来事との遭遇が、「私」の出発点だったような気がする。