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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

カドゥケウス研究・1

《参考書籍=『異都発掘-新東京物語』荒俣宏・著、集英社、1997年》

カドゥケウスとは、魔力ある杖の事である。1本の杖に2匹の蛇が螺旋を作って絡み付いている。杖の頭部には、普通、一対の翼が付いている。これを持つのは、ギリシア=ローマ神話の奇妙な神ヘルメス=メルクリウスである。

ヘルメスは智恵の神、神の使者、商人の神、言葉の神、盗賊の神と、様々に形容される。錬金術では水銀と水星、いつも素早く、狡猾で、しかも闇が似つかわしい。人間に天界の秘密を伝達する"善意の裏切り者"である。

そのヘルメスが持つ魔法の杖カドゥケウスは、古くから寓意象徴図として西洋に普及した。寓意象徴図だという事は、真の意味を失ったとは言え、ルネサンス以降も装飾意匠として建築物や調度品を彩り続けた事を意味する。

参考までにヘルメスの属性(アトリビュート)を挙げておこう。まず、2匹の蛇が巻きついた杖カドゥケウス。この魔法の杖には、眠りをもたらす力がある。次に翼を付けたサンダル。迅速のシンボルであり、交通や旅行のシンボルだ。また、翼を付けた帽子ペタソスは、おそらく叡智とコミュニケーションの象徴だろう。

彼が「みちびきの神」とかメッセンジャーと呼ばれるのは、羊使いパリスの前に3美神をみちびく役目をおおせつかるからである。或いは、プシケを天上にみちびきクピドと結婚させ、またパンドラを地上に案内するのもヘルメス=メルクリウスである。

彼を旅の神とするところから、西洋の古典的な道しるべは、頂部に彼の帽子を彫り付けた標柱であった。もしもこれに蛇が巻き付けば、そのままカドゥケウスに一変するという代物である。その意味で、旅に欠かせぬ杖や道しるべが、魔法の杖の本来的な起源であった可能性も考えられる。また、旅は行商とも強く結びつく。

ヘルメスが泥棒だというのは、これまた別の神話に由来する。かつてアポロンが牧場で暮らしていた時、大切な羊をヘルメスに奪われた。そのために2人の間でいさかいが起き、ゼウスの命令で仲直りする事になった。2人は誓約の印として、ともに大切にしている所持品を交換する事になった。ヘルメスは、彼が発明した竪琴をアポロンに贈り、一方アポロンは彼の魔法の杖カドゥケウスを贈ったという。

一見すると訳の分からない組み合わせで多数の属性が現出するヘルメス=メルクリウスの本性は、おおむね以上に尽きよう。そしてカドゥケウスは、極めて一貫性を欠いたヘルメスの象徴として美術意匠に採用される事になった。彼の杖に何故蛇が巻き付いているかに関しては、後に詳しく述べるが、ここでは差し当たり、アダムとエバに智恵の実を食わせた「誘惑者」或いは「智恵を持つ者」の寓意と考えておいて良いだろう。


だが、話はまだこれからだ。ぜんたい、杖に巻き付いた蛇とは何を意味するのか。また、杖とは何なのか。問題を掘り下げるために、ここらで、ヘルメスの魔法の杖について起源神話へとさかのぼりたい。

今日の定説らしき起源説によれば、カドゥケウスとは古代ギリシア語で伝令官の杖を意味し、元来、伝令官が所持していたオリーブの杖か、或いは葉を付けた杖であった。杖に巻き付いた蔓のイメージが、やがて「絡み合う2匹の蛇」へ変化した。また、杖の頭部に一対の翼が付いたのは、ヘルメスが被る翼付きの帽子に由来する。

神話によれば、ヘルメスは、地上で闘っていた2匹の蛇を和解させるために、1本の杖を放り投げたという。すると蛇たちはこれに巻き付き、仲裁が達成された。したがってカドゥケウスは「仲裁」「均衡」「平和」といった調和的要素を持つに至った。また、ヘルメスのローマ名メルクリウスは、クピドの教授役を果たしたから、その杖は文字通り「教鞭」の意味にもなろう。

しかし、ハインリヒ・ツィンマー等の調査によれば、この寓意図はインドにも存在し、メソポタミアでは前2600年頃の犠牲用の杯にも認められるという。同地では、絡み合う2匹の蛇を、万病を癒す神の象徴と見なしていた。一方、インドにはクンダリニーと呼ばれる生命エネルギーの概念があり、このクンダリニーは互いに絡まりあって脊椎を上昇する2匹の蛇として視覚化される。

クンダリニー思想によれば、2匹の蛇は霊と肉の高次元への進化を表す。とすれば、古代ギリシアのカドゥケウスにとりついた一対の「蛇と翼」とは、クンダリニー的意味における霊と肉の調和ある向上を示すのかも知れない。霊と肉の調和ある向上とは、言い換えれば、ギリシア得意の概念であった「健康」という事になる。

そして事実、カドゥケウスには、「健康」に関わるもう一つの寓意が存在するのである。

古代ギリシアに、アスクレピオスと称する神がいた。通常、医薬の神と考えられている。例えばオウィディウス『変身物語』をひもとくと、何やら悲運なアスクレピオスの出生譚が語られている。太陽神アポロンの子を宿した王女コロニスは、或る時、アポロンを裏切って他の男に走ってしまう。だが、白いカラスの密告で事態を知ったアポロンは激怒し、コロニスを射殺する。そして彼女の腹から子を引き出し、ケンタウロスのキロンに世話を任せた。不義の母から生まれた子は、長じて医薬の神アスクレピオスとなった。そしてこのアスクレピオスもまた、病人を癒す魔法の杖カドゥケウスを所持するのである。

この場合の蛇は、脱皮して再生する蛇、切れた尾が再生するトカゲなど「蘇生」の象徴となっている。或いは、あばかれたコロニスの内臓、特に腸を表しているのかも知れない。

重要なのは、カドゥケウスと呼ばれる一つの意匠に、おそらく、ともに起源の古い2つの寓意が介在している事情だろう。まるで絡み合う2匹の蛇のように、この2つの寓意は分かちがたく結び付いて、「魔法の杖」に対する本能的な意味解釈の鍵を与えているに違いない。

一方に「医療」「医薬」、また一方に「智恵」「平和」の寓意として機能する蛇たちは、すでに述べたように、「バランス」「均衡」「調和発展」というクンダリニー的意味において、クロスする。ここにカドゥケウス紋章解読の鍵を発見できないだろうか。

気にかかるのは、ヘルメスと言い、アスクレピオスと言い、2人とも太陽神アポロンに因縁深いーーそれも悪い意味で因縁深い神である事だ。アスクレピオスは、アポロンにしてみれば不義密通を働いた不倫妻の腹から引きずり出した子である。またヘルメスは、元来アポロンが所持していたカドゥケウスを、強盗行為の末に体よく奪い取った相手である。

しかし、両方の組み合わせをよくよく考えてみると、更に別の「隠された意味」が明らかになる。第一に、アスクレピオスとヘルメスは、象徴的な意味で太陽神アポロンの「生まれ代わり」なのだ。2人は、万能で強大なアポロンの絶対性を、マイナスの意味から均衡させた「アポロン自身」とも言えるのである。


すでに述べたように、カドゥケウスの起源は、ヘルメスそれ自身のようにすばしっこく狡猾で、なかなかその本質を明かそうとしない。だが、明確な寓意解釈には到達できないにしても、我々は、この意匠を実際に描き入れた幾つかの具体例を挙げる事はできる。

まず、ルネサンス期寓意象徴学の基本図集と言われるアルティアティの『紋章学』から、「メルクリウスの持ち物(アトリビュート)」を描いた寓意図を引こう。この図は、これもまた古くから存在する寓意的な意匠の一つ「豊穣の角(コルヌコピア)」とカドゥケウスとを組み合わせたものである。ヘルメス=メルクリウスに豊穣の意味が加わっている理由は、筆者には明確ではない。杖が暗示する男根と、空洞の角や果実が暗示する子宮との、エロティックな連想のためか。

そういえば、ヘルメスを扱った画題の中に、一つ、奇妙な例がある。『ヘルマテナ』と題される一連の図像がそれで、この題名は書くまでもなくHermes-Athena(ヘルメス・アテナ)を接続させたものだろう。ちなみに、アテナとはローマ神話のミネルワ。すなわち都市の擬人化であり叡智をも表現する女神である。ひそかな驚きは、このアテナは父ゼウスの頭部から「完全武装」して生まれ出て来た勇ましい娘だと言うこと。

キケロの書簡によれば、この神はアテナとヘルメスの属性を結合させた「新造の神」であると言う。1574年に出版されたアチーユ・ボッチの『ヘルマテナ』を見ると、槍と盾を持ち武装したアテナと、カドゥケウスを持つヘルメスが腕を組み合っている奇怪な図にぶつかったりもする。2人の間ーーちょうど直角の隅になった所に、クピド(ヘルメス=メルクリウスの教え子)が居て、ライオンの首に手綱を掛けている図だ。

これらの寓意は、神像の足許に彫り付けられたモットー"SiC monstra domantur"によって明白である。すなわち、「慎重さと雄弁が結び付いて怪物を統御する」といった意味である。この「新しい二重身」の神は、アテナの武力と叡智、そしてヘルメスの雄弁と狡猾さを兼ね備えた一種の理想的人格を表現する。

そして、この種のバランスを備えた人格こそ同時代に必要と信じたルーベンスは、アントワープに建てた彼の邸宅の大ポーチコにこの「ヘルマテナ」を建立した。この銅像は、王国間の政治外交や国内統治が、もはや血なまぐさい武力「旧アテナ」によるのでなく、交渉(雄弁)と狡猾による理性的技術によって達成されるべき事を宣言した記念碑なのだった。

その際、うねうねと絡まりあう2匹の蛇と杖は、武力を取り巻く遠謀と知的企ての象徴であり、王国間の関係は、血縁関係も含めて、まさしく「カドゥケウス」の蛇のように複雑怪奇な様相を呈していったのである。

二重身による新たな神格の創造という点では、もう一つ有名な例にヘルマフロディトスがある。これもヘルメスとアプロディテの結合だ。『変身物語』によれば、はじめ若い男だったヘルマフロディトスは、とある湖で水浴しているところを、ディアナの妖精サルマキスに見初められた。彼女は愛おしさの余り若者にすがりつき、ついに同体になったという。

とすれば、カドゥケウスの2匹の蛇は、ヘルメスに関係の深い半陰陽(ふたなり=ヘルマフロディトス)を象徴する無意識的シンボルとも見る事ができる。いずれにしてもこの2例は、ヘルメスが他の神格(特に女神)と結合して「均衡」「調和」を達成する傾向にある神だという事が理解できるだろう。

こうした文脈に照らせば、2つのものが密に絡み合った魔法の杖の謎めいた寓意が少しずつ解けて行く筈である。

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