異世界ファンタジー試作17
異世界ファンタジー5-4王宮神祇占術省:《死兆星》の相
語るに落ちる――というべきか、ライアナ神祇官の顔は蒼白だった。「イエス」だ。
「最初に申し上げておきますが、老ゴルディス卿。事例そのものが存在せず、結果から逆算した仮説レベルの物でしかありません。人の命を左右する実地調査は――人体実験は――最も忌むべきことです。問題の神祇官の持つ《天人相関係数》データが、完全な物かどうかも分かりませんし」
ライアナ神祇官の声は震えていたが、やがて、仮説の説明が始まった。
《死兆星》に完全に侵されながらも、不自然な横死を回避したケースは非常に少ないという事は、良く知られている。人工《死兆星》は、一種の《死の呪い》だ。ゆえに、《呪い返し》の考え方が適用されうるのである。それは「容疑者の不自然な死」という結果となって現れるだろう――「一対一の間で成立する、ごく単純な呪い」として考えるならば。
「今回、《死兆星》を回避した直後のローズマリー嬢の《宿命図》を分析し、別の要素が入って複雑化するであろうという仮説――というよりは、予想でしかありませんが、容疑者の不自然な死が分散する可能性がある、という予測を立てています」
「ふむ。竜体の力量差によって、人工《死兆星》は回避されうる。よって、周囲条件によっては、犯人に逃げられる――犯人を突き止められない――可能性もあるという事だな」
ガイ〔仮名〕占術師とファレル副神祇官は、「どういう事でしょう?」といわんばかりの顔つきだった。
老ゴルディス卿は「今回は、一気に3つもの事例を手に入れたからな」と言い、肩をすくめた。
ライアナ神祇官も、「《死兆星》ポイントに介入し、災厄を弾いた人たちが、揃って実力持ちでしたからね」と呆れ気味である。
つまり、こういう事だ。大物が小物の運命を左右するという基本法則に帰着するのだ。加害者は、間違いなく、ロージー、令嬢サフィニア、令嬢アゼリア〔仮名〕よりも高位の竜人である。そのまま何もなければ、彼女たちは半分以上の高確率で死亡していた。しかし、彼女たちは《死兆星》を回避したのである。
何故か。
いずれのケースも、《死兆星》活性化ポイントにおいて、保護者ないし守護者にあたる高位竜人の介入があったためだ。それにより、《死兆星》が回避された。それは同時に、人工《死兆星》を活性化した加害者は、保護者ないし守護者にあたる高位竜人よりも下位であるという事実をも示すのだ。
ガイ〔仮名〕占術師とファレル副神祇官は、納得しつつも眉根を寄せ、難しい顔をして考え込んだ。
「単純に考えると、令嬢たちより上位、我々より下位、ですか?どれくらいの貴族が、その条件に当てはまるんでしょうね」
「中堅貴族の、ほぼ全員という事になりますね」
ライアナ神祇官は、直近のロージーの《宿命図》を再読しつつ、こめかみをもみ始めた。
「仮に《呪い返し》が成功したとしても、人工《死兆星》ですから、その後どうなるかは全く予測できません。何処かの無関係な部分に飛び火されたら悲惨な事になります。今回は、《死兆星》は不十分な形で――弾かれた上澄み部分だけ――返されて、襲撃者たちに不完全な形で重なっています。襲撃者二人は、幸い、竜体としても十分に大きい力量の持ち主でしたので――死んではいませんね。どれくらい半殺しになったのかは、そちらにお任せしますが」
老ゴルディス卿は、再びあごに手を当てて考え始めた。
「ライアナ神祇官、その《呪い返し》は、どのような方法でやるのだ?」
「一応、父と夫の未完成の理論に基づけば、仕掛けられた《天人相関係数》を更に天地反転するという方法になります」
「だが、問題の不良神祇官が、完全に正しい《天人相関係数》を持っているかどうかは分からない」
「ええ、だから問題が難しくなっているんです。 《死兆星》を喜んで引き受けたいと言う程に狂った自殺志願者が必要な人数だけ用意できれば可能でしょうが、《呪い返し》にしても致命的な災厄を生み出す可能性がある以上、許される事ではありません。《天人相関係数》は文字通り、天と地と人の均衡に介入するものですから」
ライアナ神祇官は溜息をつきながら、ロージーの《宿命図》をテーブルに置いた。ファレル副神祇官が《宿命図》を手に取り、しげしげと観察し始める。やがて、ファレル副神祇官はふと思いついて、《死兆星》が出現した時の《宿命図》を懐から取り出した。後学のため、記録に取っていたのである。
《死兆星》が出現した時の《宿命図》と――《死兆星》を回避した後の《宿命図》。いずれも《神祇占術関数表》の可動範囲を超える歪み――異常変位がある。命を絶つ《死兆星》の相だ。活性化していた間、その影響で生命線が切れかかっていたという事実は、その凄まじい重圧を如実に示している。回避し、部分的に弾いた結果、20%ほどの歪みは解消したが――
「師匠、《宿命図》をオマジナイ操作する事で、《呪い返し》に準ずる効果を期待する事はできるんですか?」
一瞬、呆然とした空気が広がった。老ゴルディス卿は「まさか」と絶句している。ライアナ神祇官は再び、こめかみをもみ始めた。
――平民クラスは、「オマジナイ」感覚でしょっちゅう《宿命図》を操作する。健康運、恋愛運、金運に限られるが、小物ならではの流されやすさが、微々たるものとは言え効果を出すのだ。
「流石に、《宿命図》への干渉は、貴族クラスは難しい――でも、ローズマリー嬢は平民クラスだから…」
老ゴルディス卿は首を振り振り、「民間ならではの発想だな」と感心しきりであった。仮に何かマズイ事態が発生したとしても、平民クラスならではの個人的影響に留まる。健康運、恋愛運、金運。最悪の事態を想定したとしても、病気になったり、失恋したり、損失を出したりする程度だ(とは言え、個人的立場では心理的なショックは大きいだろう。場合によっては自殺したくなるほどに)。
ライアナ神祇官の表情には、次第に活力がみなぎってきた。無意識のうちに席を立ち、ウロウロと歩き回り始める。
「ファレル副神祇官、前と後とで、どこら辺の異常変位が――と言うか、ダメージが大きい?」
「ざっと見た限りでは、一番大きいのは恋愛運です」
「案外、ヒットしたかも知れないわ。保護者ないし守護者の種類からして――ローズマリー嬢の個人的事情もね」
ガイ〔仮名〕占術師が思わず反応した。
「ローズマリー嬢の個人的事情って、どういう事ですか?」
亀の甲より年の劫――老ゴルディス卿は、こっそりと「それを聞くのは、野暮と言うものでは無いかね」などと呟いたのであった。