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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:チュチェフ「夜風よ」

◆チュチェフ(無題)

夜風よ、何を咆えるのか、
何を狂おしく嘆くのか、
なれが奇しき声の
時にかすかに物がなしく、時にさわがしきは
何のゆえぞ、
こころはよく解る言葉で、
え知られぬ苦しみをくりかえし、
うめきつつ、時として
狂おしのひびきをあげて吹きすさぶ!

おお、この古き、母なる混沌の
おそろしき歌をうたうなかれ!
いかばかり貪るごとく夜の魂の世界の
なつかしき物がたりに耳傾くるぞ!
いのちなき大地の胸をのがれて、
はてなきものに融合せんといかばかりねがうぞ……
おお、ねむれる嵐をさますなかれ、
嵐のもとには混沌のたえず動くを!
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詩歌鑑賞:北原白秋「帰去来」三好達治「雪夜」

「帰去来(ききょらい)」

山門(やまと)は我(わ)が産土(うぶすな)、
雲騰(あが)る南風(はえ)のまほら、
飛ばまし、今一度(いまひとたび)。

筑紫よ、かく呼ばへば 戀(こ)ほしよ潮の落差、
火照沁む夕日の潟。

盲(し)ふるに、早やもこの眼、 見ざらむ、また葦かび、
籠飼(ろうげ)や水かげろふ。

帰らなむ、いざ鵲(かささぎ) かの空や櫨(はじ)のたむろ、
待つらむぞ今一度(いまひとたび)。
故郷やそのかの子ら、皆老いて遠きに、何ぞ寄る童ごころ。

*****

(三好達治「雪夜」より)

雪は思出のやうにふる また忘却のやうにもふる

詩歌鑑賞:土井晩翠「希望」

「希望」/土井晩翠『天地有情』

沖の汐風吹きあれて
白波いたくほゆるとき、
夕月波にしづむとき、
黒暗(くらやみ)よもを襲ふとき、
空のあなたにわが舟を
導く星の光あり。

ながき我世の夢さめて
むくろの土に返るとき、
心のなやみ終るとき、
罪のほだしの解くるとき、
墓のあなたに我魂(たま)を
導びく神の御(み)聲あり。

嘆き、わづちひ、くるしみの
海にいのちの舟うけて
夢にも泣くか塵の子よ、
浮世の波の仇騷ぎ
雨風いかにあらぶとも
忍べ、とこよの花にほふ――

港入江の春告げて、
流るゝ川に言葉(ことば)あり、
燃ゆる焔に思想(おもひ)あり、
空行く雲に啓示(さとし)あり、
夜半の嵐に諫誡(いさめ)あり、
人の心に希望(のぞみ)あり。