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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:ゴンゴラ『孤独』

◆ゴンゴラ『孤独』

ベハール公に捧ぐ
    巡礼の足の徨(さまよ)う
   優しき詩神の我に口伝えしこれらの詩句、
      身もだえる孤独のうちに
     あるは失われ、あるは心に残りたるもの。

      おお、投槍に固められ
――樅(もみ)の壁、金剛石の銃眼――
 空が水晶の巨人たちに恐れ戦(おのの)きいる
雪に覆われし山並を打つ君よ。

     そこに角笛の響きわたる谺(こだま)により
    君を牧神どもに告げ知らせしも――彼等は
    命絶えて変身し、地の果てを色どりて
 トルメス河に珊瑚の泡を与えたり。
 君の梣(とねりこ)は梣に交わり――その鉄は
    血を汗と流し、わずかの遅滞も
     雪を紅に染むるならん――
    して見張りの狩人が
   固き柏に、誇り高き松に
     ――そは岩どもの生ける敵手か――
    その輝く投槍の柄(つか)に
貫かれつつ、なお口づける熊を
    猛々しき紋章に加える時に
   ――おお、聖なる樫は高貴なる支えの天蓋となり
    また君の神性にふさわしき御座(みくら)の
    輝きに満てる、かの泉の
    高き縁(へり)の飾りたらん――
       おお、赫々たる公よ!
   その波に君の疲れを癒したまえ
    して、休息に任せたる君の軀(からだ)を
   まだ刈り取らざる麦の原に伸し
  暫く堅き君の足を撫でさすらせたまえ。
     その君のよろめく歩みにて
    紋章に刻まれたる王の鎖に捧げしその足を。

  この優しく寛大なる絆が
   運命に弄(もてあそ)ばれし自由を讃えんことを。
   歌と笛の詩神エウテルペが君の慈悲に感じ
  その甘き捧物と響きよき楽器もて
狩の喇叭の鳴らぬ時も風に名声を撒かんことを。

訳:中村真一郎

作:ドン・ルイス・デ・ゴンゴラ・イ・アルゴテ

16世紀後半から17世紀初頭にかけてのスペインの詩人。その難解幽暗な詩風は「ゴンゴリズム」と呼ばれて、ルネサンス、リヨン派の総帥モーリス・セーヴの謎詩集『デリー』や、又、前世紀末(19世紀末)フランスの詩宗マラルメの象徴詩の解明の際に、常に必ず引き合いに出されている。生前から長く、その詩的評価は、スペイン文学史上に、晦冥なる表現の故に、不安定であった。

  • 樅(もみ)の壁、金剛石の銃眼=ベハール公の猟兵たちの槍衾を暗示
  • 水晶の巨人たち=ジュピテルに対する巨人族(ギガンテス)の戦いを暗示
  • トルメス河=サラマンカを流れる河
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詩歌鑑賞:土井晩翠「夕の磯」

「夕の磯」/土井晩翠『天地有情』

見よ夕日影波の上
しばしたゆたふ紅を、
沈まば盡きんけふ一日
名殘はいかにをしむとも
久しかるべき影ならず。

見よ老びとの磯の上
思にしづむ面影を、
逝かば終らむ身の一世
ほだしはいかにつらくとも
久しかるべき命(めい)ならず。

嗚呼雲入りて星出で、
夕日は波にしづみけり、
わが日わが世のあとひとつ
夕波騷ぎ風あれて
嗚呼老びとの影いづこ。

ゲーテ『爽やかな航海』『トゥーレの王』

『爽やかな航海』ゲーテ

雲が切れる
青空の眸がのぞく
しづかにエオルスが
袋のひもをとく
微風はそよぎ
舟子ははしり
ひたひたと
舳(へさき)はみづを切り
舟足かるく
すでに陸地が
眼前に迫っている

『トゥーレの王』

昔トゥーレに王ありき
契りをかえぬこの王に
いとしき人は黄金(こがね)の杯を
遺してひとりみまかりぬ。

こよなき宝と愛でたまい
乾しけり宴のたびごとに
此の杯ゆ飲む酒は
涙をさそう酒なりき。

王、死ぬる日の近づくや
国の町々数えては
世つぎの御子に与えしが
杯のみは留め置きぬ。

海に臨める城の上(へ)に
王は宴を催しつ。
壮士あまた宮のうち
御座の下に集ひけり。

老いにし王は飲み乾しき
これを限りの命の火
いとも尊き杯を
海にぞ王は投げてける。

落ちて傾き、海ふかく
沈み行くをば見おくりぬ。
王はまなこを打ち伏せて
飲まずなりにき雫だに。