忍者ブログ

制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:伊藤静雄「疾風」

「疾風」/伊藤静雄

わが脚はなぜか躊躇ふ
疾風よいづこに落ちしぞ
われかの暗き生活(たつき)の巷を過ぎて
心たじろがざりし
そは地を襲ひ砂を飛ばせしが
また抗し難くわれを駆りぬ
疾風よいづこに落ちしや
何故に恐ろしき静寂の中にわれを見捨つるや
わが髪に氷れる雪は
またわが山野の道を埋み果てつ
のぞまざる月さへ
いまは虚空の中(うち)に浮かびぬ

※この詩の初出は『新潮』昭和十一年三月号

PR

詩歌鑑賞:宮澤賢治「第四梯形」

宮澤賢治「第四梯形」

   青い抱擁衝動や
   明るい雨の中のみたされない唇が
   きれいにそらに溶けてゆく
   日本の九月の気圏です
そらは霜の織物をつくり
萓(かや)の穂の満潮(まんてふ)
     (三角山(さんかくやま)はひかりにかすれ)
あやしいそらのバリカンは
白い雲からおりて来て
早くも七つ森第一梯形(ていけい)の
松と雑木(ざふぎ)を刈(か)りおとし
野原がうめばちさうや山羊の乳や
   沃度の匂で荒れて大へんかなしいとき
   汽車の進行ははやくなり
   ぬれた赤い崖や何かといつしよに
七つ森第二梯形の
新鮮な地被(ちひ)が刈り払はれ
手帳のやうに青い卓状台地(テーブルランド)は
まひるの夢をくすぼらし
ラテライトのひどい崖から
梯形第三のすさまじい羊歯や
こならやさるとりいばらが滑り
   (おお第一の紺青の寂寥)
縮れて雲はぎらぎら光り
とんぼは萓の花のやうに飛んでゐる
   (萓の穂は満潮
    萓の穂は満潮)
一本さびしく赤く燃える栗の木から
七つ森の第四伯林青(べるりんせい)スロープは
やまなしの匂の雲に起伏し
すこし日射しのくらむひまに
そらのバリカンがそれを刈る
    (腐植土のみちと天の石墨)
夜風太郎の配下と子孫とは
大きな帽子を風にうねらせ
落葉松のせわしい足なみを
しきりに馬を急がせるうちに
早くも第六梯形の暗いリパライトは
ハツクニーのやうに刈られてしまひ
ななめに琥珀の陽(ひ)も射して
  《たうたうぼくは一つ勘定をまちがへた
   第四か第五かをうまくそらからごまかされた》
どうして決して、そんなことはない
いまきらめきだすその真鍮の畑の一片から
明暗交錯のむかふにひそむものは
まさしく第七梯形の
雲に浮んだその最後のものだ
緑青を吐く松のむさくるしさと
ちぢれて悼む 雲の羊毛
    (三角(さんかく)やまはひかりにかすれ)

詩歌鑑賞:テイラー「何処かへの道」

"The Road to Anywhere"/Bert Leston Taylor

Across the places deep and dim,
And places brown and bare,
It reaches to the planet s rim
The Road to Anywhere.

Now east is east, and west is west,
But north lies in between,
And he is blest whose feet have prest
The road that s cool and green.

More sweet these odors in the sun
Than swim in chemist's jars;
And when the fragrant day is done,
Night and a shoal of stars.

Oh, east is east, and west is west,
But north lies full and fair;
And blest is he who follows free
The Road to Anywhere.

『何処かへの道』/バート・レストン・テイラー

深き冥土を越え
褐色の荒地を越え
それは この世の果ての
何処かへ 通じる道。

おお 東は東 西は西
しかし 北は その間に横たわる。
そして 涼しい緑の道を辿った人は
恵まれた人だ。

なお美しい 陽差しの中の香りは
化学者の試験管の中に漂う それよりも。
そして かぐわしい昼が終わると
夜だ――満天の星だ。

おお 東は東 西は西
しかし 北は こよなく平らかに横たわる。
そして 幸せな人だ それは
何処かへの道を自由に辿る人。