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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

詩歌鑑賞:北原白秋「水上」

「水上(みなかみ)」

水上は思ふべきかな。
 苔清水湧きしたたり、
 日の光透きしたたり、
 橿(かし)、馬酔木、枝さし蔽(おお)ひ、
 鏡葉(かがみは)の湯津(ゆづ)真椿(まつばき)の真洞(まほら)なす
水上は思ふべきかな。

水上は思ふべきかな。
 山の木の神処(こころど)の澄み、
 岩が根の言問ひ止み、
 かいかがむ荒素膚(あらすはだ)の
 荒魂(あらみたま)の神霊(かみむす)び、神つどへる
水上は思ふべきかな。

水上は思ふべきかな。
 雲、狭霧、立ちはばかり、
 丹(に)の雉子(きぎし)立ちはばかり、
 白き猪(ゐ)の横伏し喘(あへ)ぎ、
 毛の荒物のことごとに道塞(ふた)ぎ寝(ぬ)る
水上は思ふべきかな。

水上は思ふべきかな。
 清清(さわさわ)に湧きしたたり、
 いやさやに透きしたたり、
 神ながら神寂(さ)び古(ふ)る
 うづの、をを、うづの幣帛(みてぐら)の緒(を)の鎮(しづ)もる
水上は思ふべきかな。

水上は思ふべきかな。
 青水沫(あおみなは)とよみたぎち、
 うろくづの堰(せ)かれたぎち、
 たまきはる命の渦(うづ)の
 渦巻の湯津(ゆづ)石村(いはむら)をとどろき揺(ゆす)る
水上は思ふべきかな。
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詩歌鑑賞:千家元麿「樹木」

「樹木」/千家元麿

北風が止んで夕日の傾く空に
靜かに大きな樹は沈んでゆく
難破船の最後のやうに
枝を開いた樹は妙にゆる/\目のまはるやうに
天體と共に傾いて行く、大きな渦の中に沈んでゆく。
靜かに、光りを加減し乍ら
自分は海上にたゞよふ漂泊者のやうに
涙をためて汝を見送る
靄に包まれて汝の沈み果てるまで
日に別れて行く汝の姿は悲壯だ。

日は沒し、汝も急に沈む。
然し月夜は再び汝の姿をもつて來た。
汝は優しい姿を保つて海底に見棄てられてゐる。
早くも光りの鱗屑の類ひは夥しく群れ來り
大きな藻のやうに開いた枝や葉の上に集つて
跳ね、躍り、宿つて眠る。

然うして眞夜中の潮が滿ちて來ると
汝の姿はいよ/\靜かにすみ渡つて
思ひ出した樣に打ち寄せる波に少し搖れる
眠れる魚は驚いて一時に目覺め
枝を離れて空にとび散りをどんだ光りをわきかへらせる。
その時、時は過ぎて行く陣痛のやうに、
汝は健げな産婦のやうにあわてないで落葉をする。
幽かな音を發して落葉はふれ合つてこぼれる、
思はず口をきいたやうに。
然うしていよ/\冴え渡る生命の水底に
樹はつくりものゝやうに動かない。

あゝ樹よ、汝は生きてゐる
見るものも無い眞夜中に
見て居るものがあるのを知つたら
汝は消え失せはしないか
然し汝は消える事は出來無い
汝は力を出しすぎて居る
汝の消えるのは手間がかゝる
汝はだまされたやうに
冬の最中に春が來たやうに
いよ/\靜かに光つて光りぬく。

あゝ冬の夜の戸外の美くしさ
白晝のやうな眩さ、
究り無い美くしさ、
霜と星の光線の入り亂れ
一本一本の枝はイルミネーシヨンする
その淨さ、その整しさ、
星は曉の近い赤さを帶びて
一齊に火を噴きかける。清い息を吹きかける。
然うしてぐる/\廻轉する。亂舞する。
いそがしく消えたり、光つたりし初める。
夜の潮は引き初める。
一陣の風が魔術を吹き消すやうに吹き渡り
星の鱗屑は遠い/\ところへぐる/\目を廻し乍らひいて行く。
潮の引いたやうに樹は黒い姿で現はれる。

私製詩歌「道」

《道――宇宙の寂静の底に》

凍れる雲の海を わずかにかぎり
冬空の中の月 透き通る
影法師 ――
影法師 ――
蓑をまとい 杖をつきゆく
深傘の 幽(ゆら)めく黒影

月に影なす かの姿
人にあれるや あらざるや
道さすらいゆく 異形のものよ ――

月は冷たく 冴えかえり
新たなる骸を 白々と照らす
寂静の白さである ……

………………

………………

月よ!

木垂(こだ)るまでに繁れる 常緑(ときじく)の堅葉(かきは)に
時を読みかける 月の光よ!

堅葉(かきは)は 黒き鏡のごとし
真白の斑(むら)を 乱反射する
錯覚の 酷さ虚しさ
もはや 月は見えぬ ……

はだれ雪 寒しこの夜に降ると見るまでに ――

さらに固く 蓑をまとい
異形の身を恥じて 傘の影に深く秘め
冷えてゆく道野辺に 杖をつきなおし ――

我が傘は 我が山根
我が杖は 我が墓標(しるべ)

道に出でて 行きて帰らず
道に入りて 生きて還らじ

寂静の中の 雪ふりしきる
我が身さえも 時闌(た)けて
風の葬(はふり)に 解けゆくか ……

道野辺の 遠き彼方に 夢は逆夢