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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

異世界ファンタジー試作4

異世界ファンタジー1-4王都の養老アパート:祖母と神祇官と

――男は、本当に多忙な人だったようだ。1日のうちに王都に戻らなければという事で、慌ただしくその場を立ち去った。

ロージーは、その日はそのまま共同墓地の最寄りのホテルに宿を取り、波立った心を落ち着けた。幸いに、比較的にスムーズに全ての手続きが済んだし、早めに王都に戻って、祖母の付き添いを始めたいと思う。祖母は竜人としての天寿が来ており、《霊送りの日》を静かに待つばかり。余命はほぼ無く、この冬から春には自然死するであろう――という状態だ。

竜人にとっては、事故死や横死など不自然な死は苦痛であり悲劇だが、天寿による自然死は自然界への回帰であり、決して悲劇ではない。むしろ、その手の資格を持つ神祇官に《霊送り》の術を依頼して、スムーズな回帰を実現しようとするほどである。

4日掛けて王都に戻ったロージーは、早速、祖母が静養している養老アパートの一室に落ち着いた。王宮での仕事が再開しても、《霊送り》のその日までは祖母の傍に居るつもりだし、婚約者の実家側の人たちには、既に理解して頂いている。

かねてからお世話になっている民間の神祇官に、祖母の状態を聞く。穏やかな老衰状態で、体調も問題は無いそうだ。《霊送り》の予定日を確認し、それに合わせて長期休暇を取る事を、勤め先の上司に伝えておこうと、ロージーは心に留めた。

年老いた祖母はロージーをじっと見つめ、そして可愛らしく微笑んだ。

「何だか良い顔してるわ、ロージー、良い事あったのかしら?婚約者の…ジル〔仮名〕様と会えたの?」
「そ、そんな事…」
「《運命の人》に出会った時のリリーと、同じ顔してるもの、フフフ」

――祖母の読みの、何と鋭い事。死期が近づくと、こうなるのか。父の生前の望みを叶えられたことでホッとしただけだと誤魔化す。しかし、胸の奥にほのかに根付いた、見知らぬ男への思いは、ロージーをそわそわさせる程の存在感を持っていた。

馴染みのライアナ神祇官は、出された茶を堪能しつつ、祖母と孫娘の会話を微笑ましく眺めていた。濃い緑青の髪、葡萄色の目をした魅力的な竜人の中年女性である。

「リリー様というのは、ロージー様の御母堂ですね?」
「ええ、そうなの。私の娘だったの。ロージーはリリーの髪の色を受け継いだのよ」

流石に祖母とライアナ神祇官は、ツーカーの関係だ。ライアナ神祇官は女性ながら、後進指導をする師匠としての資格も持つ、ベテランの一人である。神祇官教育課程を修了した弟子を一人受け入れていて、独り立ちのための実地訓練を施しているところであった。

「ロージー様は、婚約者のジル〔仮名〕様とは余り会っていないようですね?」
「え…まあ」
「前に会ったのは、いつ頃だったんです?」

奇妙に不自然なところがある――ロージーの反応の淡さは、ベテラン神祇官としてのライアナの直感に引っ掛かる物があった。

「え…と、15年――いえ、15年以上前かしら…」
「15年ですって…?!そんなに長い間、婚約者と顔を合わせてないと?!《宿命の人》なのでしょう…?!」

ロージーの答えは、ライアナ神祇官を心底、ギョッとさせるものだった。

「ジル〔仮名〕様は、そう仰って下さったそうだけど。余り実感が無くて…」
「そうだけど、って何ですか?――つまり、伝聞だけ?」
「最初に会った頃、私はとても小さかったから余り良く分からなくて…それに、宰相補佐でもいらっしゃるギルフィル卿の右腕とかで、いつも忙しい方だから…その後は直接、会って話したことは無くて…」

ロージーの声は、だんだん小さくなっていった。

「――すれ違い?15年もの間?よくクレームが出なかったですね」

ライアナ神祇官は、信じられないといった様子で首を振った。その辺りのことに疎いロージーは、首を傾げた。

「クレームって?そういうことがあるんですか?」
「余りにも婚約者同士で縁が無い場合、《宿命図》の占いが間違っているのではないかというクレームが出るんですよ。貴族は、高位になればなるほど、《宿命の人》に関しては神経質になりますから」
「そうなんですか。私とジル〔仮名〕様の《宿命図》は、王宮の占術師が読んで下さったそうなので…」
「貴族サマサマですねぇ。まあ、貴族クラスの《宿命図》なら、民間に比べれば保管は厳重でしょうしねぇ」

ライアナ神祇官は意味深そうな様子で、ため息をついた。ロージーは更なる疑問を抱いた。

「貴族の《宿命図》は、王宮の門番付きの書庫に収まっています…でも、厳重じゃないといけない理由があるんですか?」
「良からぬ目的をもって《宿命図》を歪ませるのは可能ですから。以前、何処かの悪徳代官が、恋人の居た娘の《宿命図》を操作して奪おうとした事件があったんですよ。まあ深刻になる前に、その娘の恋人が気付いて悪徳代官を返り討ちにしましたが。そんな事が貴族クラスで起きたら、地方がひとつ消えるレベルの大騒動になるでしょう」

神祇官は、《宿命図》を読み取り判定するだけの占術師とは違って、《宿命図》そのものに干渉する技術を持つ。

しかし、神祇官として貴族クラスの《宿命図》に手を出すことは、法律によって厳しく禁じられている。予期せぬ混乱が発生するなど、影響が大きすぎるからだ。もっとも貴族クラスの《宿命図》に干渉できる力量を持つ神祇官も、この世には、ほとんど居ないのだが。

そもそも、竜王国を混乱に陥れた権力闘争も、貴族クラスの《宿命図》に干渉した事から始まっているという。

ライアナ神祇官は、そこで苦笑した。

平民クラスの間では、《宿命図》への干渉は日常的だ。主に、健康運、恋愛運、金運だ。竜体において不利な平民クラスの間では、かえって《宿命図》の拘束力も弱く、問題が起きたとしても個人レベルに留まる。大物よりは小物の方が、時代への影響力も決定力も小さいという訳だ。時世の流れに左右されやすいとも言う。

《宿命の人》は《宿命図》によって予兆される存在だが、《運命の人》は、非常に幅がある。その辺りは、人の意思の自由性を如実に保証しているものとも言えた。必然的に、平民は貴族よりは人生の選択肢が多い。職業しかり、恋人しかり。

《宿命図》は決して不変という訳では無い。人の手によって操作されうるものでもあるし、自分自身の成長や変化によってパターンが変わったりする。《運命の人》という曖昧な幅を持つパターンは、その不確実性がもたらすものなのだ。

「自然な変化である限りは、《宿命》にせよ《運命》にせよ、問題が多くても納得する結果にたどり着くと思いますが…」

そう言ってライアナ神祇官は説明を切り上げると、また来ます、と約束して退出して行ったのであった。

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