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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

異世界ファンタジー試作2

異世界ファンタジー1-2北部辺境へ/回想:ボーイ・ミーツ・ガール

ロージー母が眠る北部辺境の共同墓地へは、高速の転移魔法陣を使っても4日ほど掛かる。往復で8日間。忌引休暇は15日あるから、一連の手続きに日数が掛かったとしても、7日間もあれば余裕をもって済ませられるはずだ。

王都を出たロージーは、単調なペースで大陸公路を移動し続けていた。1日に、1台から2台ほど馬車を乗り継ぐのもセットだ。圧倒的な力量を持つ貴族クラスの竜人にしてみれば、これくらいの距離は、竜体であれば半日も掛からずに飛んで移動するだろうけど。

(私ったら、父さんと一緒に、ずいぶん田舎から上京してきていたのね)

久しぶりに平民クラスの竜人の中に居る。貴族クラスの竜人とは全く違う、のほほんとした雰囲気や猥雑な雰囲気に、思わず緊張がゆるんだ。シンプルなアップにまとめた自分の髪に、そっと手をやる。幼い頃は病的なまでに真っ白だった髪は、今は母親リリーの色を受け継いだ、艶やかな白緑色になっていた。成長や鍛錬で、竜体の力量がアップした証拠でもある。多少ではあるが、身体も丈夫になった。

祖母は、ロージーの努力が実り始めていったのを、とても喜んでくれた。父は、やはり武骨で口下手な性格のせいか、余り大したことは言っては来なかったが、多分、祖母と同じ気持ちだったと思う。貴族クラスには到底及ばないが、平民社会の中で――そして貴族社会の中でも――ビクビクせずに行動できるようになっただけでも、大きく違う。チャンスをくれた婚約者ジルと、その両親であるギルフィル卿とその令夫人には、感謝してもしきれない。

ロージーは幼体の半ばになるまで、父親や祖母と共に、北部辺境の田舎で静かに暮らしていた。平民クラスの中でも生命力の弱い個体に対する風当たりはあり、あからさまな物では無いが、弾かれる傾向にあった。父親の叙爵と昇進に伴い、家族揃って王都へと生活の場を移したが、身体的に不利な条件があいまって、最初はビクビクし通しだったのだ。

――あれは、上京して間もなく開催された王都の園遊会の時だったわ。あとで知ったけど、夏季社交シーズンの目玉だったとか。

ロージーは、人生が激変した「その日」を、感慨深く思い返した。

*****

父グーリアスは早速の王都での業務を抱えていたが、あいにく祖母は外出中で、勤務中にロージーを預けられる適切な託児所を見つけることができず、困惑した末、思い切った解決手段をとった。

――おいで、父さんと一緒に仕事をしよう。綺麗なドレス、おやつ付きだ。

父親の仕事は、園遊会の警備だ。持ち場は当然と言うべきか、幸いなことに、庭園の端っこ。そして、手元には士爵クラスの招待状があった。園遊会への出席を決めていたにも関わらず、急に欠席することになった同僚が持っていた物だ。

その同僚は、お見合いパーティーを兼ねた園遊会の直前に、《宿命の人》と電撃的出会いを果たし、園遊会への出席が必要なくなったのだ。当日は、カップルを組んで王都デートをすると張り切っていたそうだ。

父親はロージーに一張羅のドレスを着せて、招待客の一人として入場。そしてロージーを所定の場所で待たせて置き、今度は警備兵として、何食わぬ顔で前任者と交代する。ロージーは父親の目の届くところで、その日の食事とおやつを楽しんだ。

さて園遊会はお見合いパーティとしての側面もある。そして竜人が嫉妬深い性質であることは有名である。恋のさや当ては、避けて通れないトラブルであった――警備兵が配置されているのは侵入者対応のためだが、その実、第一の理由は、恋のさや当ての飛び火を防ぐためなのだ。

当然のごとく、トラブルが発生した。上位貴族クラスの会場で、一人の美少女――どこかの貴族の令嬢を巡って、二人の少年が対峙した。きっかけは良くあるささいな事で、次いで、紳士らしい態度か否かで意見の相違があり、それが竜人ならではの気性の荒さを伴って、エスカレートして行った。

「此処では迷惑が掛かる。端っこに移れ」
「了解」

――などといったやり取りの後に、二人の少年――金髪と黒髪――の間で、体術を使った激しい決闘が始まった。

運の悪いことに、その「端っこ」は、おやつに満足した幼いロージーが、昼寝を決め込んだ場所だ。言い訳しにくい手段でロージーを連れていた父親は警備場所から動くことができず、うまい具合に繁みの下に隠れた格好になったロージーに、何も被害が及ばないよう、ハラハラして見守るしか無かった。

二人の少年の決闘は、ロージーの居る繁みの真ん前で行われていたのだ!

戦闘力に優れた貴族クラス同士の争いには、将官クラスのチームを組んで対応するしかない。しかし、父グーリアスは持ち場を離れて上司の元に駆け込むことが出来なかった。それは娘から目を離すことでもあったから。と言う訳で、いつ隙をついて幼いロージーを救出できるか、タイミングを窺う羽目になったのだ。

幾ら熟睡していても、地面が激しく震えていたら流石に目が覚める。ロージーが目を覚ましたことで事態は悪化した。

ロージーが繁みの下から頭を出したところへ、黒髪の少年の猛烈な足払いが襲い掛かる。

黒髪の少年は直前に幼い少女の存在に気付いてギョッとし、指先3本ほどの差で足を踏みかえた。ロージーの頭部を避けた拍子に、姿勢を崩す。そこへ、対決相手の金髪少年の必殺のパンチが飛び、次いでキックが飛ぶ。その方向が悪かった。金髪少年のキックの方は、もし当たれば、竜体であってもなお脆いロージーの頭部を、粉々にしてしまう。

絶体絶命――だが、黒髪少年はあえて前方に飛び出してパンチの直撃を受け、顔をしかめながらも、信じられない反応速度で身体を沈め、ロージーの前で腕を組んで、キックの直撃を受けた。衝撃で、黒髪少年の口が切れた。

手前の黒髪の青年の手が土を突き、勝負は決まった――向こうの金髪少年の勝利だ。

ロージーは、目の前で起きた猛烈な動きにショックを受けて、絶句し、固まっている。ロージーの小さな身体は、手前の黒髪少年の背中に完全に隠れる形になったため、対決相手だった金髪少年はロージーの存在に最後まで気付かず、踵を返して上位貴族クラスの会場へ戻って行った。やがて、会場を仕切る植え込みの向こう側で、金髪少年と美しい貴族令嬢との会話が始まった。

やがて、静寂。そして、おもむろに繁みの方を振り返った黒髪の少年と、繁みの下から顔を出したロージーの、視線が合った。

結論から言えば、黒髪の少年はその瞬間、ロージーを《宿命の人》として見初めたらしい――という事になる。

黒髪の青年は、幼い少女の、ハッとするほど白い髪に手を伸ばした。ラベンダー色の目を持つ少女は瞬間的に、貴族クラスの竜人がまとう威圧感に反応し、ビクッとして後ずさる。そこへ、一人のいかつい顔をした警備兵が、慌てた様子で飛び出してきて、必死の形相で少女を抱きしめた。

黒髪の少年――衣服からして明らかに貴族クラスの子息――は、不意に目を険しくした。

「そなた…名乗れ」
「この子の父親、士爵グーリアスです。娘を救って頂き、深く感謝申し上げます」
「――父親?」

黒髪の少年は、信じられないといった様子で、グーリアスとロージーを見比べていた。警備兵が家族を連れ込むとは、などと怪しんでいるのは明らかだ。やがて少年の視線が移動し、ロージーの口元を見つめる。さっきまで険しかった気配が緩んだ。

ロージーは、あらかじめ「大声を出して目立つな」という言いつけを心得ており、目に涙を一杯ため、身体を震わせながらも、口を食いしばっていた。ロージーは気付かなかったが、口の端にはケーキの欠片がついていたのである。

グーリアスは「如何ような罰でも」と言い、ロージーを抱きしめながら、神妙にひざまづく。

黒髪の少年は、口を切っていた時の血をぬぐって立ち上がると、グーリアスにも「立て」と命令した。流石に貴族クラスだけあって、命令することに慣れている。グーリアスはロージーを抱えたまま、おずおずと立ち上がったが、戸惑ったように立ち尽くす。ロージーは緊張で震えながらも父親にぴったり抱きつき、梃子でも動かぬ様子。少年はしばらくその様子を眺めていたが、次の瞬間には苦笑を漏らしていた。

「お嬢さんを紹介してくれ――それで、不問だ」
「…我が一女、ローズマリーです…」

グーリアスは渋々と困惑が入り交ざった様子で、受け答えした。竜人の男同士、感ずるところがあったのだ。

園遊会は無事に終わり、そして、その数日後。

グーリアスとロージーは、王都で名の知られている貴族ギルフィル卿から、私的なお茶会のお招きを受けた。それだけでも「何処で縁があったのか」と信じられないのに、その日のうちに占術師による《宿命図》判定を受け、太鼓判を押された上で仮婚約まで話が進み、略式ながら婚約指輪を交わしたのであった。

貴族クラスに囲まれたロージーが、緊張とパニックで思わず竜体に変身して物陰に身を隠すという一幕もあったが、ギルフィル卿も奥方も、ご機嫌な様子で、跡継ぎたる息子の《宿命の人》だからと、鷹揚に笑って済ませてくれた。

――その黒髪の少年こそが、ジル〔仮名〕――ギルフィル卿の嫡男だったのである。

(了解無く竜体に変身するのは威嚇行動でもあり、礼儀上、非常に失礼な事とされている。しかしロージーがほんの子供であるという事が、大目に見られる理由の一つになった。平民クラスの子供の竜体サイズは人の姿の時と大体同じ大きさであるが、竜体に変身した時のサイズは、猫の大きさ程しか無かったのである。ロージーは気付かなかったが、脆く真っ白な鱗は、同情と哀れみを誘った)

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