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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

物語夢「探査機」2

10時間をたっぷり回った後、母星からの緊急指令が届いた。

「ただちに帰還せよ」

軌道のずれによっては帰還年数が倍になってしまうのだが、幸いにこのタイミングだ。最適条件の時よりは少しばかり長くなるものの、帰還に何十年も掛けるよりはずっとマシである。母星の人々も同じ物を見てとり、私と同じ判断を下したのだ、この運用スケジュール変更に矛盾は無い。私は航海用エネルギーの残量を点検し、燃料配分を計算した後、小天体を飛び立った。

改めて言おう、帰路は楽な旅では無かった。順調に飛べば9年程度で母星に到着するのだが (それだってずいぶん長い時間だが)、小天体を飛び立った時点で既に満身創痍だった私は、更なるダメージに苦しんだ。

専門的な説明は省くが、電池パネルの損傷が深刻だったのだ。度重なるエネルギー枯渇と電源クオリティの低下に、私はたびたび頭を抱えた。エネルギー状態が安定しないままだと、精密機器の劣化が早まる。人工知能たる私だって無事じゃいられない、エネルギーの安定化には念を入れた。

無事なアンテナが少なく、通信データ量も限られた状態であったが、調整時間だけはたっぷりあった。時間は掛かったが、隕石が衝突した後の貴重な様々なデータは、キッチリ送信できたはずだ。母星の専門家がノイズやエラー信号を修正すれば、私が見た光景を再現できるはずだし、 興味深い論文が何本も出来るだろう。

良く分からないのは「私」である。そもそも「私」は何だったのであろう。

――深宇宙探査機の心臓部、人工知能「アルゲンテウス」。それ以上でも以下でも無い、はずである。

母星の誘導技術は巧みであった。通信も徐々に近くなり、往復1時間を切った――低パワー観測器でも母星の姿を捉えられる。私は故郷の歌を歌いたくなった。考えてもみない事であった。「私」に何が起きたのであろう、改めてセルフチェックを掛けるが、人工知能を構築するシステムには変わったところはない――度重なるダメージによる故障が増えた、という変化はあるが。

「私」=「探査機」の壊滅的な状態は、母星にはキチンと伝わっているようだ。母星からの機体チェック指令はとみに増加し、そのたびに私はエラー信号だらけではあるが、応答を返した。エラー信号だらけなのは私のせいではない、この機体がそもそも満足に機能しないのである。

「私」は「私」である。この部分はクリアなのだが、アンテナの劣化やセンサーの故障がひどすぎて、まともなデータを送れないのだ。全く訳の分からない事態に陥ったものだ、母星の研究者たちの解析能力に期待するしか無い。

小さな点でしか無かった母星は、今や圧倒的な輝きをもって迫っている。青く、まばゆく、そして余りにも明るい。私はそれに合わせてカメラの感度を下げた。カメラもまたボロボロであったが、単純なシステムのお蔭か、比較的に思い通りに機能する。

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