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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

異世界ファンタジー試作26

異世界ファンタジー7-4王宮神祇占術省:未消化の謎あるいは問い

――というような顛末であった――と締めくくり、ウルヴォン神祇官の説明は終了した。

「はあ…全く何というか、善意から出た災厄…しかも飛び火付き…って、どうしようもないわね!」

ライアナ神祇官は呆れ返って、椅子にヨロヨロと腰かけた。全くの善意が、悪意に変化してしまう。何という虚しさ、愚かしさ。ウルヴォン神祇官は、全くの善意で行動したのである。悪意など一片も無かったのだ。もしこれが本当に最初の狙い通り成功していたなら、事態は一層ねじれるものの、一時的には一石三鳥だったであろう。

「飛び火って、どういう事なんだい、ライアナ神祇官?」
「耳かっぽじって良く聞きなさい、ウルヴォン神祇官。あんたの失敗した実験の直撃を受けたのは、私の顧客の血縁だったのよ。もう少しで、祖母より先に孫娘が死ぬという、とんでもない悲劇を目撃するところだったわ。その子、婚約者が居るのよ!巻き添えになった令嬢たちもね!あんたの実験は、ターゲットを完全に外してるじゃないの。よりによって!その破廉恥な!何処かの!悪女の!とばっちりを受けるなんて!それも《宿命の人》どころか、《死兆星》となって出現するなんて――ホントに信じられないわ!」

ウルヴォン神祇官は、本当に申し訳ない――と言った様子で、床の上に小さくなっていた。

「ごめんね」
「ごめんで済めば、この世に問題は存在しないッ!」

ライアナ神祇官はひとしきり激昂していたが、元々サバサバした性格である。怒りは激しいが、それが収まった後は、キレイさっぱり忘れるのだ。ファレル副神祇官が手際よく茶を給仕し、ライアナ神祇官は一服して、そろそろと落ち着き始めた。

老ゴルディス卿にしても、ウルヴォン神祇官のような優秀な頭脳を失うのは惜しいのだ。人知を超越する運命の力が働いたのであろう、最小限の被害で済んだことは喜ばしいことだし、ライアナ神祇官の効果的な「お仕置き」のお蔭で、ウルヴォン神祇官はこれ以上無いほど反省している。これ以降は、禁忌の領域に踏み込む事は決して無いだろうと、老ゴルディス卿はホッとしていた。

ガイ〔仮名〕占術師は手際よくウルヴォン神祇官を立たせ、最寄りの椅子に座らせた。

「ウルヴォン神祇官、幾つか確認しなきゃいけないんだが、誠実に答えてくれるね?」
「勿論です、僕に分かる事なら」

ガイ〔仮名〕占術師は早速、未消化の質問を始めた。

「問題の貴族令嬢の正体は、今でも分からないか?」
「ええ、さっき話した通りです。そもそも恋愛相談コーナーって、偽名でもOKなところだし」
「一度目は《死兆星》という形で災厄が弾けたけど、二度目はあるのか?」
「あ、それは無いです。元々不安が大きい実験って事は分かってたし、一度しか発動しないようになってます。一度発動したら、方式が壊れるようにセットしたんですよ。平民クラスのオマジナイ操作と同じです」

ライアナ神祇官が、「賢明な対応ね」と口を挟んだ。

「連続発動されたら、ローズマリー嬢の身がもたなかったわよ。あの《死兆星》のお蔭で、あっちこっち《宿命図》が歪んでしまってて。何日間も異常変位を修正する羽目になったんだから」
「ホントにごめん…」
「二度としないって、反省してくれれば良いわ――あ、そう言えば、謎の貴族令嬢の声は聞いた訳よね、ウルヴォン神祇官。もう一度聞けば分かるんじゃないの?」
「多分――だけど、余り自信は無いよ、ごめん。一応、声も美人だったよ、あの令嬢」

*****

ウルヴォン神祇官が白状した内容は、全ての個人名を伏せる形で調書に取られた。正義感に酔って暴走した一人の神祇官の愚かな行為の記録ではあったが、神祇官としての倫理を徹底するための、貴重な教訓になるはずである。

機密会議室の面々は一礼を交わし、扉を開けて廊下へと繰り出した――と、そこへ、血相を変えた衛兵が現れた。

「ちょうど良かった、神祇官の皆さま!王宮神祇官は皆、老ヴィクトール大公の案件の証拠固めに出払っていて――裁判所にて、ユーフィリネ大公女、《宿命図》暴走の事故でございます! 取り急ぎ、公爵令嬢の体調の確認、及び怪我の治療を要請します!」

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