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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

異世界ファンタジー試作15

異世界ファンタジー5-2王宮神祇占術省:もう一つの邂逅と議論

ライアナ神祇官が王宮に到着した。

王宮の一般向けの受付窓口のロビーでは、徹夜明けのファレル副神祇官がライアナ神祇官の到着を待ち受けていた。そして、ガイ〔仮名〕占術師、更には信じられないことに、王宮神祇占術省の最高幹部――老ゴルディス卿――が同席していたのであった。

ライアナ神祇官は、雲の上の存在ともいうべき老ゴルディス卿が同席していることに大いに驚きはしたが、《死兆星》という現象を個人レベルで事前に察知できるのは滅多にない事、重要案件の一つと認識して、やって来たのだろうと理解した。自分にしても、近所でこんなケースに巡り合えば、取り急ぎ、詳しい話を聞きに行こうと思ったはずだから。

「――幾久しいな、士爵ライアスの娘ライアナよ。立派な神祇官となり、お父上もご夫君も誇らしく思っておられるだろう」
「わが父と夫を覚えていらっしゃいましたか、老ゴルディス卿」

ガイ〔仮名〕占術師とファレル副神祇官は、老ゴルディス卿がライアナ神祇官に親し気に話しかけていることに驚いていた。二人の若い男たちにとっては、老ゴルディス卿とライアナ神祇官は二回り以上も上の世代である。過去に何があったのかは、若い世代にとっては、ありがちな未知の一つであった。

老ゴルディス卿は、年老いて威厳が増した深い眼差しに懐かし気な光を浮かべ、薄い唇に笑みを刷いた。

「よく覚えている。故・士爵ライアスも故・士爵エルリックも、民間出身ながら優秀な占術研究員であった。ライアス殿とエルリック殿が共同開発した《死兆星》検出方式は、個人レベル・国家レベルを問わぬ適用範囲の広さ、発生時期の特定の正確さ、その検出速度において、今なお他方式の追随を許していない。ライアナ神祇官は、ファレル副神祇官をよく指導していると感心しているぞ」

ガイ〔仮名〕占術師が唖然とした。

「それでは、公的速報に使われている《ライ=エル方式》とは、その二人の名前に由来するものでありましたか…」

老ゴルディス卿は、首を振り振り、苦笑した。

「貴族出身の占術研究員の連中は、民間出身の研究員に非常な嫉妬を向けておってな。目下、権力闘争が勃発した時代という事もあって、色々あったものだ――悲劇もな――まあ、昔の話はどうでも良いだろう」

老ゴルディス卿は、「この場所では都合が悪い」という事で、ガイ〔仮名〕占術師、ライアナ神祇官、ファレル副神祇官をを引き連れて、ハイレベルの防音加工がされた機密会議室へと入室して行った。

機密会議室に落ち着いた四人は、各々セルフサービスの茶を飲みつつ、会議を始めた。

最初にライアナ神祇官が、ロージーの状況や一週間の強制隔離休養などの報告をする。襲撃時のロージーの記憶はショックの影響で断片的であり、全容解明に耐えられるような正確さ精密さが失われている。ロージーの状況が落ち着いた後で、改めて覚えている部分を聞き取り、必要があり次第、襲撃事件捜査の資料としてまとめ、報告する予定である。

老ゴルディス卿は「適切な処置だ」とうなづいた。

「もっとも、祖母どのの《霊送りの日》までもうすぐですから、一週間が三週間に延びるかも知れません」
「ほう、天寿か。――ローズマリー嬢の父親の方は、《死兆星》を伴う横死であったな?」
「ええ、突然でしたね。前の権力闘争による乱れの余波、時勢の物でしょう。反社会的勢力による暴動が原因ですので」

老ゴルディス卿の目がキラリと光った。

「――ライアナ神祇官、今回のローズマリー嬢の《死兆星》は、自然なものだと思うかね?」

ライアナ神祇官は、ピクリと頬を揺らした。手元で、茶器がカタリと揺れる。やがてライアナ神祇官は、警戒心たっぷりの目つきで老ゴルディス卿をにらみ、そしてファレル副神祇官にチラリと視線を走らせ、最後にガイ〔仮名〕占術師の存在を胡散臭そうに眺めた。

「ローズマリー嬢を保護した監察官からは、他に死亡者は出ていないという話を頂いておりますが」
「ほう。そこに注目するとは、やはり引っ掛かる要素があったのだな。ファレル副神祇官が話した通りだ」

ライアナ神祇官は、ますます渋い顔つきになった。してやられた――とでも言いたげな表情だ。

「我が弟子に、誘導尋問をお仕掛けになったんですね?――老ゴルディス卿」

機密会議室の中は、ピリピリとまでは言わないまでも、奇妙な緊張感に満ちていた。

ライアナ神祇官は目がすっかり座っている。老ゴルディス卿は、その眼差しを受けてなお超然としていた。ガイ〔仮名〕占術師はゆったりと腕を組んで落ち着いていたが、その訓練された目と耳は、どんな兆候も逃さないであろう。

一癖も二癖もある者たちによる丁々発止の雰囲気に慣れていないファレル副神祇官は、すっかりオタオタしていた。ライアナ神祇官は「別に失敗って訳じゃないわ、これも学習よ」と、年若い弟子をなだめる羽目になった。

「確認しておきますけど、老ゴルディス卿。此処にいらっしゃるガイ〔仮名〕占術師、いえ、ガイ〔仮名〕卿は、信用できる方ですか?」
「実のところ、ローズマリー嬢と共に巻き込まれかけた、令嬢サフィニアの婚約者なんだ。ライアナ神祇官の言う『誘導尋問』にも立ち会ってもらっている――ローズマリー嬢の婚約者ジル〔仮名〕卿の代理でな。 近衛兵の別動隊にも顔が利くぞ」

老ゴルディス卿は満面の笑みを浮かべ、ライアナ神祇官は大きなため息をついた。

「――老ゴルディス卿がジル〔仮名〕卿の代理と保証しておられるから、信用する事にいたしましょう」

ガイ〔仮名〕占術師はライアナ神祇官に敬意を表して立ち上がり、「信用いただき、感謝いたします」と一礼した。

「我が友人ジル〔仮名〕卿は、この件に関して非常な不快感を表明していましてね。二人の襲撃者は逮捕の際に重傷を負って仮死状態になったんですが、意識が回復次第、尋問する予定でして…まあ、ご想像にお任せいたしましょう」
「半殺し?お貴族様のお怒りって事ですね。あの子の耳には入れたくない光景が展開するんでしょうね」

ライアナ神祇官は、額に手を当ててため息をついた。何年もの間ずっと縁が無かったとは言え、噂のジル〔仮名〕卿は、ロージーを《宿命の人》と見初めた人だ。流石に首を刎ねたり握り潰したりはしないだろうが、貴族クラスの竜人の怒りは恐れるに足る。

――まして、知らぬ間に、ロージーに《運命の人》という恋人ができたと知ったら――

いや、今はそれは差し置くべきだろう。ライアナ神祇官は気を取り直すと、老ゴルディス卿とガイ〔仮名〕卿を交互に見やった。

「ファレル副神祇官は、何処まで話しましたか?」

――その内容は、つづめて言えば、こういう事だった。

ロージーの《宿命図》に現れた《死兆星》は、ロージー個人の命を絶ってなお、複数人の命を奪う大きさを持っていた。それは極めて異常な事態だった。父グーリアスを襲ったような一般的な《死兆星》は、通常一人分の大きさであり、他人を巻き込むようなケースは、ほぼ無い。同じ災禍に見舞われながらも、ある人は生き、ある人は死ぬ、そういう事である。

――昨夜の実際の事件を見れば。こちらは、ガイ〔仮名〕卿による報告である。

ロージーと令嬢サフィニアは、一緒に死にかけるところだった。ロージーを襲った危機は、説明した通りである。サフィニア男爵令嬢についてはガイ〔仮名〕占術師が先回りしたため、タイミングが決定的にズレて、難を逃れた。

驚くべきことに危機は、離れた場所に居たはずの、令嬢アゼリア〔仮名〕にも及んでいたのである。二人の襲撃者は倉庫に侵入する前、王宮に向かう空中を竜体で高速移動していたのだが、令嬢アゼリア〔仮名〕と、レストラン前の空中階段で勢いよく衝突したという。令嬢アゼリア〔仮名〕は、高い空中階段から投げ出され、"墜落死する"ところだった。もしも、婚約者が傍に居なければ。

極めて異常な事態。それは「自然ではない」という事だ。自然ではない、という事は――

――そこまで話が進んだところで、老ゴルディス卿は、あごの前で、しわの多い細い指を組んだ。

「ここから先は、ファレル副神祇官もガイ〔仮名〕卿も知らぬ領域だな。王宮神祇占術省の幹部連中ですら、知りえぬ内容でもある。《ライ=エル方式》の奥義の完全なる継承者にして賢明なるライアナ神祇官よ、この秘密は一人で抱え続けるには重すぎるはずだ。お父上もご夫君も、これ以上ライアナ神祇官に過大なる負担を掛ける事を望むまい」

ライアナ神祇官は、ついに観念した――といった表情で、言葉を継いだ。

「王宮神祇占術省きっての最高の頭脳、老ゴルディス卿の推察される通りですわ。今回の《死兆星》は、人工的に作成され投入されて――しかる後に、加害者側の明らかな殺意によって活性化された物です。感じとしては、《死の呪い》というのが分かりやすいかも知れません」

――機密会議室に、不気味な沈黙が落ちた。

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