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制作日誌/深森の帝國

〝認識が言語を予感するように、言語は認識を想起する〟・・・ヘルダーリン(ドイツ詩人)

異世界ファンタジー試作11

異世界ファンタジー4-2襲撃:変身と防衛

――こんな端っこまで来ると、暗すぎて良く分からないわ。

高い倉庫が並ぶ王宮の一角まで来たロージーは、眉根を寄せた。メイドからの連絡では、倉庫の前で担当の人がスタンバイしているという話だったが、このように暗くては、人影はおろか、待ち合わせ場所が何処なのかも分からない。

(しょうがない――余計に待たせてしまうけど、明かりがあった方が絶対、業者たちにとっても良いもの)

ロージーは一旦引き返すと、最寄りの棟の出入り口でランプを探し、出来るだけ明るいタイプを探して火を付けた。

――結論から言えば、ロージーの竜体の能力が低すぎて普通に夜目が利かなかったこと、このわずかなタイミングのズレと照明の存在があったこと――これらの予期せぬ要素が、運命を左右することになったのだ。

*****

「随分、離れてるわね…」

ロージーは幾つもの倉庫を過ぎ、これだろうと特定した倉庫の間の狭い通路に足を踏み入れた。石畳の段差に足を取られないよう、慎重にランプで周囲を照らす。一歩、二歩。細道の真ん中ほどでキョロキョロしていると、背後の何処かでカチリと言う音がした。

「業者さんですか?冬宮の会場設営の担当の者ですが――」

背後の気配に向き直る。同時に、氷のような突風――いわばビル風――が倉庫の並ぶ細い隙間を高速で吹き抜け、ロージーは不意打ちの風にビックリして、胸の前で素早く荷物を抱きしめた。

――ザクッ。

「えッ」

ロージーは、目の前のランプに照らされた物が信じられなかった。抱きしめた荷物に、投げナイフと思しき禍々しい光を放つ刃物が、深々と突き立っている。刃先は、正確に心臓の中心を向いていた。

突風が吹かなかったら。胸の前に荷物を抱き寄せなかったら。余りの衝撃に、ロージーは息を詰まらせた。

「このアマ」

暗闇が動き、ランプの光に照らされて人の形を取った。王宮を巡回する衛兵では無い。戦士崩れのならず者といった風体。

「苦痛はホンの一瞬にしてやるから、ひと思いに死にな」

凶悪そのものに歪んだ人相に、不気味な笑みが浮かんだ。シャラという音を立てて、白刃が抜かれた。機能を止めていたロージーの喉は、そこでやっと復活した。

「いやああああ」

ロージーが手に持っているのは、荷物とランプだけだ。突き刺さってくる刃をかわそうと、力いっぱい飛びすさると共に、思い切り身体をひねる。ザッと音を立てて、風に膨らんだコートが切り裂かれた。

「手こずらせんな、てめえ!おい!」

婚約者殿の実家で受けた貴族教育の中に含まれていた護身術が、こんなところで役に立とうとは。ロージーは蒼白になりながらも、返しの刃も避けて素早く後ずさった。コートが更に切り裂かれた。斬撃の余波とも言えるかまいたちが走り、袖部分も切り裂かれた。ランプを持つ左手と腕に浅い裂傷が付き、血が飛び散った。ランプが激しく揺れてオイルがこぼれ、火の粉を散らす。

「おい、さっさと始末しろ。こいつは公費流用による不正購入、及び品々の横流しがバレて逃走し、無残な死体になるんだ」

暗闇から、二人目が現れた。妙に良い衣服を着ているようだ。一人目のならず者は再び白刃を構え、体格差を生かして、上段から勢いよく打ち掛かる。ロージーの頭の何処かが、プツッと切れた。

――バシィン!ガシャン!

「ぐお!」

ロージーはランプを二人目の男に向かって放り投げると共に竜体に変身し、くるりと回転して、一人目のならず者の足を目がけて尾を振り払ったのだ。ロージーの頭の位置がいきなり変わった事で再び太刀筋をかわされる事になったならず者は、姿勢を立て直す前に、すね部分にしたたかに衝撃を食らったのであった。

これは、ロージーの竜体としての体格が余りに小さかったゆえに取れる、対抗手段だった。竜体となると、平民クラスとは言えヒグマほどの大きさになり、普通は倉庫に挟まれた細道では動けない。ロージーは竜体に変化してなお小さく、その大きさは大型犬に毛が生えた程度でしか無かったのだ(勿論、猫の大きさだった時よりは、成長した)。

尻もちをつく、一人目のならず者。ランプを叩き落とす、二人目の男。

「くそぉ!」
「ただで済むと思うなよ!」
(やろうっていうの!おうおうおう!)

ロージーは一瞬の勝利で戦闘(=やってやろうじゃないの)モードになったが、二人目の男が白刃を抜き、ならず者が再び跳ね起きるや、「マズイ」と直感し、竜体を思い切りしならせて後方ジャンプした。衝撃で、石畳が一枚外れた。爪を立てて石畳をつかみ、再び竜体をしならせて放り投げる。

しかし流石に相手も竜人、ならず者は、目の前に飛んで来た石畳を「うぉりゃー!」と拳で粉砕した。

「こいつの鱗は刃が通るぞ、八つ裂きにしろ!」

――正解だ。ロージーの竜体は平均よりも、なお脆い。鱗は真っ白で、重なり合った鱗が透けて見える程に薄い。白緑色の鱗強化コーティングは、白い鱗を縁取るように施されている。ボロボロとこぼれやすい外縁を固定して鱗の形を保つためのもので、悲しい事に竜人向けの武器を弾く程の力は無いのだ。

(平民クラスと同じくらいには、包丁とか普通の刃物なら、ちゃんと弾けるんだけど)

ロージーは竜体の利点を生かして再び後方へジャンプし、一気に距離を開ける。落ちたランプがまだ燃え続けており、こぼれたオイルにも引火して火勢が強まったため、辛うじて相手の動きが見て取れた。

竜体には竜体。

二人の襲撃者は、そういう結論に達したようだ。瞬く間に、腕周りだけ異様に巨大な、鱗持ちの竜の手腕に変化した。その手には、白刃の代わりに鋭く長い竜の爪が生えていた。異形の身体となり、威圧感と殺気をまとい、ニヤリと不気味に笑う襲撃者。

「どうせこの先は行き止まりだ。安心して、血みどろになって死ね」
(ヤバイ――)

再び凍て付くような突風が吹いた。気配すら無かった。

襲撃者の後ろから新たな黒い人影が細道に飛び込んできたかと思うと、その人影は襲撃者二人をまとめて、あっという間に打ち沈めたのであった。如何なる体術が展開したのか、悲鳴一つすら上げること無く、二人の襲撃者は石畳の上にドウと倒れた。

「ロージー?!」

焦りのためか掠れてはいるものの、それは、あの黒髪と青い目の、背の高い監察官の声だった。

気を張り詰めていたロージーは、ドッと緊張が解けると共に、竜体の変身を解いた。冷え切った石畳の上には、結い上げた白緑色の髪をもつれさせ、無残に切り裂かれたコートの端を握り締めるロージーが、腰を抜かしてへたり込んでいたのであった。

監察官は、ロージーの左手に血の筋が流れている事に気付くと、その秀麗な顔を強張らせた。

*****

「何で文官のくせに、武官より早いんだよ」

襲撃の現場に一足遅れてやって来たのは、ガイ〔仮名〕占術師だった。先着した監察官の行動に呆れつつも、二人の襲撃者が転がっているのを見るなり、テキパキと身体の状態をチェックする。

「――おい、こいつら頭の骨にヒビ入ってるじゃねーかよ。何でこんなに強く殴ったんだよ、 すぐに目を覚まさせて白状させることができないだろ…ゲッ、竜体部分の手腕の骨も真っ二つじゃねーか」
「殺してはいない」
「半分以上、死体だろうが…お前、"あの件"では実は、クリストフェルにわざと負けたんじゃねーのかよ。トップクラスの近衛兵クリストフェルが、お前のこの体術の腕前を知ったら、何と言うやら…」

監察官は不機嫌そうに溜息をつくと、ショックで震えの止まらないロージーに自らの上着を着せて、ヒョイと抱き上げた。ロージーの左腕と左手の傷は、既に止血済みである。

「ロージーを送って来るから、後は任せる」
「へぇへぇ。ああ、副神祇官がいう事には、師匠の神祇官が――民間治療師の資格を持っていて、家族のかかりつけの先生だそうだ――表通りまで出て来て待ち構えてるそうだから、そこへ連れてってくれって…場所は分かるか?」

監察官は軽くうなづいて、ロージーを抱きかかえたまま、馬車回しへと歩き去って行った。

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