"録|神秘系読書"カテゴリーの記事一覧
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参考書籍=『図説錬金術』吉村正和・著、河出書房新社2012年
《錬金術における各種象徴(錬金術は、総じてマンダラ的な表現である)》
★ドラゴン=口から火を吐き出す蛇の姿で描かれることが多い。
- 有翼ドラゴン=水銀、女性、揮発性、冷、湿
- 無翼ドラゴン=硫黄、男性、不揮発性、熱、乾
有翼ドラゴンと無翼ドラゴンが激しく争っている状態は、水銀と硫黄が化学反応を起こしている局面と読み解くことが出来る。化学反応が終わると共に両者は結合し、より高次の調和の段階に到達する。
ユニコーン、グリフィン、バシリスクの場合もある。それぞれが何を意味するかは図版によって異なるが、2匹の動物or怪物の争いの場面を描いて、男性原理(硫黄)と女性原理(水銀)の対立(=化学反応)を示すケースが多い。なお、バシリスクは、蛇と鶏の合成怪物であり、錬金霊液エリキシルを表すとされる。
★ウロボロス=錬金術における対立と統合の過程を表現することが多い。
万物は「一なるもの」が変化したものである。自らの尾を飲み込む(自らを食べる事によって新しい自身を形成してゆく)姿は、「存在は死滅した後、別の存在として再生する」という、能動的原理および受動的原理を同時に表現している。普通の水銀が、錬金術作業(水銀の精気の制御)を通じて「賢者の水銀」に変容する過程を表すという見方もある。
「人の王の顔を持つ鳥」=「ヘルメスの鳥(水銀の精気)」が、自らの尾羽を噛む姿として描画されるケースもある。
★蛇=原初的な生命、或いは本能の象徴。
ただし、キリストよろしく十字架に架けられた蛇は、「賢者の石」を表すとされる。
★十字架=キリスト(天と地の仲介者)の象徴。
錬金術では、霊的世界と地上世界との結節点、物質の生成と死滅、腐敗から再生への循環の場とされる。
★ヘルメス(メルクリウス)=錬金術の守護神。
2匹の蛇が絡む杖(カドケウス)を持つ姿で描かれる。ヘルメスの杖に絡む2匹の蛇は、健康と病気、硫黄と水銀、男性原理と女性原理、太陽と月、光と闇、上昇と下降、溶解と凝固などといった「対立するもの」の統合を表している。
★ヒキガエル=素材であると同時に、「賢者の水銀」を隠し持つ物質である。
外見は醜悪であり、加熱すると猛毒の汗を噴き出す。蒸気となって蒸留器に付着する物質がヒキガエルの汗(毒)だと解釈される。そして、この汗(毒)は、ヒキガエル(=素材)自身を浄化する働きを持つ。
★ライオン=錬金術の最終過程における反応を象徴する。
- 赤ライオン=賢者の硫黄
- 緑ライオン=賢者の水銀
「緑ライオンが太陽を食べる姿」は、賢者の水銀が太陽(金)を溶解して「賢者の石」へと変容する局面を表す。
★鳥(ex.鷲)=錬金術の過程における様々な反応を意味するとされる。
鷲とライオンの争いにおいて鷲が打ち勝つ場面は、不揮発性の水銀が揮発性の水銀に変容する局面を意味する。
- 鷲の上昇=水銀の揮発
- 鷲の下降=水銀の凝固
- 黒鳥(カラスなど)=黒化、物質の死、原初の大いなる闇
- 白鳥=白化、白い石、白い錬金霊液
- 孔雀=太陽の力、不死、復活。または「賢者の水銀」。錬金術作業の終わりが近い事を暗示。
- 不死鳥=太陽の象徴、不死、復活、両性具有、最終段階で得られる統合物=「賢者の水銀」or「賢者の石」。
★卵=宇宙卵
万物の創造の根源、即ち、「一なるもの」=「第一質料(プリマ・マテリア)」を表す。ドラゴン、蛇、不死鳥、その他、様々な象徴動物の卵でもある。
また、卵殻から黄身の中心までに至る階層構造の表現によって、すべての物質からその根源までに至る、階層的な錬金術的世界観を暗示する事も多い。
《錬金術の理論=植物のように成長し増殖する物質としての「金属」》
- ▼ファン・ヘルモントの柳の木の実験とその結論
- 炉で乾燥させた土を準備し、雨水or蒸留水によって柳の木を5年間育てた。すると、柳の木は約5ポンドから約169ポンドに増量したのに対し、土は概ね最初と変わらぬ200ポンドであった。よって、柳の木は、根源物質(プリマ・マテリア)たる「水」からのみ生じたと結論する。
水は根源物質であるというだけでなく、天地創造の時代と変わらぬ根源的なエネルギーを持ち続けている神的な物質でもある。『聖書』でも、天地創造の前に水が広がっていたと言う記述があり、天地創造の過程でも出現するのは「地」「風」「水」である。
ファン・ヘルモントは、風と地が水を受容するという事実から、特に、水が根源物質であるとした。
※『聖書』記述=天地創造の前、「地は渾沌であり」「闇が深遠の面にあり」「神の霊が水の面を動いていた」
「ノアの洪水」は、地下の水が出現したものである。そしてこの地下世界の水は、根源物質として、地下の金属や石を生み出し続けている。
しかし、「水だけでは金属は生成されない」という事実から、この「根源物質たる水を活性化するもの」=「作用因」が必要であるとし、ファン・ヘルモントは、パラケルススに従って、この作用因を「アルカエウス」と名づけた。
アルカエウスがこの原初的な水に作用する事により、胎児が母胎の中で成長するように、金属や石の成長が始まると結論した(なお、この成長過程は天地創造が終わった後も継続中であるとした)。
従って、金属や石には「種子」或いはその内的成分としての「アルカエウス」が含まれており、これを抽出する事により、金属変成のための根源物質を獲得できるとした。
- ▼ミカエル・センディヴォギウスによる錬金術の論文
- 主著=『錬金術の新しい光(旧題:賢者の石に関する12の論考)』。17世紀を通して最も影響力のあった錬金術文献のひとつ。1604年の初版(ラテン語版)は、1625年、錬金術論文集『ヘルメス学の博物館』に収められた。ラヴォアジエによる近代化学が確立する18世紀末までの間に、各語で出版され続けた。
錬金術師は、自然に従う事が肝要である。賢者の石により卑金属を金に変成する事が出来るのは、自然の門を開けて、その最奥の聖域に入る事が許された真の錬金術師のみである。
四大元素にもそれぞれの種子があり、その種子が地球の中心に投げ入れられると、自然の形成力たる「アルカエウス」がそれを受け止めて、大地の細孔を通して昇華させ、様々な金属に成長させて行く。金属の生成過程には、更に火と水が必要である。地球の中心には、天空の太陽に対応するもう一つの太陽が存在しており、それを熱源として、金属の種子は地表へと上昇して行き、天空の太陽光線と結び付いて、増殖可能な金属へと生長する。
その内部に種子を持たない金は未成熟の金であり、それを成熟させる事により、完全な金となる。普通の金は種子の無い植物に似ており、種子を生み出す力が備わっていない未成熟の金でもある。「植物も成熟すると種子を付けるようになり、金も成熟すると種子、即ち錬金染液ティンクトゥラを産むようになる」とされる。
太陽光に含まれる神秘的な力を引き寄せる物質を「鋼」と名づける(※現代の意味で言う「鋼」では無いので注意)。「自然そのものから造り出された」この鋼は、磁石のように、「その驚異の力によって、太陽光から、あれほど多くの人々が探し求めたもの、我らの術(=錬金術)の主要な原理を誘い出す」。
センディヴォギウスの「鋼」は、実は硝石(硝酸カリウム)の事である。硝石はセンディヴォギウスの錬金術の要となる物質であり、「鋼」「地の中心の塩」「我らのマグネシア」「我らの塩」など、様々な呼ばれ方をした。硝石は空気中にある生命精気の源であり、それなくしては地上のすべてのものは生まれることも存在することも出来ないと考えられた。
※当時、火薬の開発が進んでいた。物質の爆発的な燃焼をもたらす硝石(黒色火薬の原料でもある)は、生命を維持する精気の結晶だと思われていた。更に、「酸素」が発見される前は「硝石空気粒子」が想定されており、金属の煆焼に伴う金属重量の増加、雷に伴う光や轟音、密封空間での蠟燭や樟脳の燃焼に伴う空気量の減少(一緒に入れたネズミなどの窒息死)といった現象を説明するのに使われた。
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参考書籍=『図説錬金術』吉村正和・著、河出書房新社2012年
《錬金術の実験室にあった様々な材料や合成物》
- アッ・ラージー(9世紀-10世紀、アラビアの科学者・錬金術師)の実験室
- ▼硫化鉱物、孔雀石、瑠璃(青金石、ラピス・ラズリ)、石膏、赤鉄鉱、トルコ石、方鉛鉱、輝安鉱、明礬、緑礬、ナトロン(天然炭酸ソーダ)、ホウ砂、普通塩、石灰、ポタシ(炭酸カリ)、辰砂、鉛白、光明丹(こうみょうたん、四酸化三鉛)、酸化鉄、酸化銅、酢
- 17世紀イギリスの実験室
- ▼亜砒石、硫酸、炭酸カリ、粗酒石、ソーダ灰、辰砂、腐食液、白鉄鉱、不純酸化亜鉛、マグネシア、王水(アクア・レギア)、アンチモン等
アッ・ラージー著『秘密の書』は蒸留、煆焼、溶解、蒸発、結晶化、昇華、アマルガム化、蠟化などの工程が明らかにされており、ジャービルの錬金術理論を証明するための、実践的な化学実験の書でもあった。アッ・ラージーは、多くの実験器具を考案した人物としても知られる。
ジャービル・イブン・ハイヤーンは、8世紀-9世紀(アッバース朝の頃)、アラビア錬金術の頂点を築いた科学者・神秘思想家である。3000点ほどの論文(ジャービル文書)のうち、ジャービルの弟子たちによる著作も多いと推測されている。ジャービル文書は、13世紀後半、ヨーロッパでラテン語に翻訳され、『錬金術完成大全』として流布した
- 代表的なジャービル文書
- ▼『112の書』=錬金霊液についての言及あり
- ▼『70の書』、『精留の書』=すべての金属は硫黄と水銀から成るとする、「硫黄=水銀理論」を説く。なお、アッ・ラージーは、ジャービル理論を継承しつつも、「硫黄」と「水銀」に続く第三の原資として「塩」を加えた。
- ▼『均衡の書』=錬金術だけでなく、医学・占星術・物理学においても均衡が重要と説く
- ジャービルが完成したアラビア錬金術の理論(硫黄=水銀理論)の概略:
- 【硫黄と水銀は、「平衡」の状態において完全な調和となり、金属の場合は完全なる金となる。人間の場合は、精神状態が回復される。この調和をもたらすのが、「錬金霊液アル・イクシル al-iksir(ラテン語:エリクシル elixir)」である】
《大いなる作業(12の操作)》
15世紀イギリスで活躍した錬金術師・修道士ジョージ・リプリー作詩『錬金術の構成(1471年執筆、1591年出版)』=イギリスで最も初期に出版された錬金術文献であり、賢者の石の生成過程が「叡智の城」に至るための12の門(扉)として表現された。
概略=錬金術の元素材(ヒキガエル、蛇、ドラゴン)⇒プリマ・マテリア(第一質料)への還元⇒白い石⇒赤い石⇒金属変成(黄金創出)
- 「煆焼(かしょう)」・・・金属を焙焼して金属灰(calx)にする操作。不純物を除去。
- 「溶解」・・・金属を液状にする操作。濃密な状態が希釈化される。それまで金属の内部に隠されていたものが解放されて、液の中に溶け出して来る。原初的なプリマ・マテリアの状態に重なる。
- 「分離」・・・ 四大元素の分離であり、分解した四大元素からその魂である精気(第五元素、エーテル)が遊離してくる。この過程を進めるために必要なものは、金属の内部にある神秘的な火、即ちドラゴンの火である。
- 「結合」・・・ 分離した対立要素が結び付けられる過程であり、「化学の結婚」と呼ばれる。 女性と男性、水銀と硫黄の結合であり、この場面は両性具有の図版で描かれる事が多い。
- 「腐敗(黒化、ニグレド)」・・・金属はこの段階で完全な死を迎えて、「カラスの嘴のように黒い粉末」となる。黒化の段階は、同時に再生への出発点である。結合の段階で蒔かれた種子は「懐胎」された状態となる。
- 「凝固(白化、アルベド)」・・・浄化された金属は白くなり、「白い石」が得られる。白化の段階であり、 これ以降は「赤い石」を生成する作業「赤化(ルベド)」が続くが、詳細は不明。
- 「滋養強化 cibation」・・・新しく生まれたものには養分を与えて大切に育てる必要があるように、滋養物を与えて金属を強化する過程である。
- 「昇華」・・・固体を、液体の形を経ないで直接に気化させる。
- 「発酵」・・・酵母菌によりパンが発酵するように、金属が時間を掛けて発酵する。
- 「高揚」・・・金属の性質が高められる。
- 「増殖」・・・質を高められた金属が増える。金変成が行なわれなくても、その量を増す事が出来れば、 同じ経済的な効果を生むために、重要な操作と見なされていた。
- 「投入」・・・赤い石を投げ入れて、短時間のうちに金変成を行なう。
※当サイト管理人の考察=錬金術における「増殖」と「投入」のプロセスは、現代の化学実験における、金属イオンの溶液の中で進む「金属樹(金、銀、胴、鉛、錫etc)」の生成プロセスでは無いかとも思われる。金属樹の生成は、見ようによっては植物の成長・増殖に似ている。
《錬金術の基本用語》
▼賢者の石
卑金属を金や銀などの貴金属に変成するとされた物質。石のような固体、或いは粉末が想定されていたらしいが、正確なところは不明である。「白い石」と「赤い石」があり、「白い石」は銀の変成に、「赤い石」は金の変成に使うとされた。
更に、神的・天地創造的なエネルギーの結晶でもある「賢者の石」には、万能薬、不死薬、若返りの薬など、様々な医学的効能も期待された。このような神的な物質が存在すると言う信念が、錬金術を成立させてきた。
▼錬金霊液(エリクシル)
「賢者の石」を変成する神秘的な霊薬である。「賢者の石」同様に、金属変成や病気治癒の効能が期待された。赤い錬金霊液と白い錬金霊液とがある。赤い錬金霊液は金の変成および病気治癒が可能であり、白い錬金霊液は銀の変成が可能であるとされた。
▼錬金染液(ティンクトゥラ)
金属の色を変化させる神秘的な霊薬である。表面的な色だけでなく、その内部の性質をも変容させる事が可能とされた。「賢者の石」や「錬金霊液(エリクシル)」に代わる重要物質(※或いは、その研究発展形であるように思われる)。
▼硫黄=水銀理論
すべての金属は硫黄と水銀から成るとする理論で、ジャービルによって提唱された。ここでは、金属生成の原理的要素としての「(原理的)硫黄」「(原理的)水銀」の事であって、現代的な意味で言う鉱物とは意味合いが異なるので、錬金術文献を読む時は、注意を要する。
- 錬金術師は、(原理的)硫黄と(原理的)水銀を、以下のように考えていた:
- @硫黄の性質&役割=発動的性質、能動的原理、男性原理(種子)
- @水銀の性質&役割=受容的性質、受動的原理、女性原理(母胎)
つまり、原理的・硫黄(男性原理)と原理的・水銀(女性原理)の結合によって、すべての金属の生成が可能であるとしたのである。
後世、「賢者の水銀」が考え出されるが、これは、原理的・硫黄(男性性)と原理的・水銀(女性性)の両者を併せ持つ、両性具有的な水銀とされた。
更に、「(原理的)硫黄」「(原理的)水銀」「(原理的)塩」によって金属の生成を説明しようとする錬金術師も登場した。
※それ程に、「金属(メタル)」と言う"不思議なもの"が何故に存在するのか、どうして、どうやってこの地上に生み出されたのかというテーマは、世界の創造と変容の秘密に迫るための、重大な謎であり鍵であったと思われる。現代は、金属の生成は、宇宙物理学・原子物理学・量子物理学(超新星爆発に伴う巨大な原子&クォーク過程)によって説明されている。
▼プリマ・マテリア(第一質料)
アリストテレス用語。形相も性質も持たない原初的・未分化・純粋な質料であるとされた。すべての物質に内在する根源物質であり、物質が外面的にどのような変化をしても、常にその存在を支えている。
「マテリア」の語源は「マテル(母)」に由来しており、母胎的なイメージを備えている。
錬金術の作業では、物質をこの根源状態(プリマ・マテリア)に戻した上で、これを活性化するために「生ける生命原理」が吹き込まれなければならないとした。この生命原理は、受動的な質料に対して能動的役割を果たすものであり、「種子」という概念が充てられた。
※種子たる「硫黄」を注がれ、しかる後に変容能力を持った(=活性化した)プリマ・マテリアが、両性具有性(=受容性と発動性)を備える「賢者の水銀」とされた、と思われる。
▼四大元素
万物の基本元素は、「地」「水」「風」「火」であるとされ、これが四大元素とされた。アリストテレスは、「熱」「冷」「湿」「乾」という基本的な四性質と結び付ける事で、各々の四大元素の性質と形相を説明しようとした。
【地】=冷、乾/【水】=冷、湿/【風】=熱、湿/【火】=熱、乾
このように、基本的な組み合わせの変化によって基本的な形相と性質が決まる、従って、この世すべての事物もまた、幾つかの基本的な組み合わせの変化によって、その形相と性質が変化すると結論する事は、自然な結果であった。
※組み合わせを変化させる事で、或る元素を別の元素に変化させる事が出来るという考えは、ここに由来する。これを、すべての金属の生成理論に応用したのが、錬金術の「硫黄=水銀理論」と言う事が出来るようである。
※全ての元素は基本的な粒子(陽子、中性子、電子)によって構成され、かつその組み合わせによって各元素の性質が決められているとする、現代の原子分子化学・物理学の考え方と、それ程大きな差がある訳では無い。
▼第五元素
アリストテレスが提唱した概念。月下界(地上)の物質が四大元素「地」「水」「風」「火」によって構成されているのに対して、天空界(恒星と惑星の世界)は第五元素によって構成されているとした。
四大元素「地」「水」「風」「火」より成る地上の存在は、時間と共に腐敗し変化するが、第五元素から成る天空界は、時間によらず不変である(=永遠的な存在)とされた。
錬金術のもうひとつの目的は、地上の物質から、この第五元素を抽出する事にあったとされている。第五元素は、しばしば、「賢者の石」と同一視された。
※腐敗しにくい永遠的な性質を持つ金属は、ごく微少ながら、第五元素を内蔵していると考えられたのかも知れない。或いは、原理的・硫黄と原理的・水銀は、ごく基本的な物質である故に、上昇と下降を繰り返す神秘的な反応・変容を通じて、天空界と神秘的な方法で直結し、天上的物質である第五元素を呼び込む、或いは生じる(析出する)、とされたのでは無いかと考える事も出来る。
▼生命霊気
宇宙に偏在する生命原理であり、神の息吹(プネウマ)として、人間だけでなく金属を活性化する原動力である。錬金術は、この生命霊気を、物質(※おそらくは、特に原理的・硫黄)から抽出しようとした。
※中国の神秘思想における、玄妙な「気(氣)」に相当するものかと思われる。
▼黒化(ニグレド)・白化(アルベド)・赤化(ルベド)
錬金術の作業において、主に火を通じて起こる各種の反応・変容である。
- 黒化=素材となる物質を加熱し溶解する事によって完全に分解する過程(物質の死)
- 白化=物質の変容が進み、精妙になり純化する過程(新たな純粋物質として再生する過程)
- 赤化=最終段階の変容。「賢者の石」を生み出す時に進行する化学反応とされた
▼赤い王
アラビア錬金術がヨーロッパに伝わってキリスト教化された結果、「完全無欠の金属」の変成や医学的効能が期待される「賢者の石」は、最後の審判において、人間の魂を救済し永遠の命を約束するキリストのイメージと重ね合わされた。
錬金術においては、キリストは、赤化の最終段階で出現する「賢者の石」の象徴である。図版では、「赤い衣服をまとった人の王(或いはキリスト)」として表現された。
※西洋では、「賢者の石」は、赤い色を持った物質としてイメージされていたようである。実際の図版では、この「赤い王(賢者の石)」は様々な姿で描かれており、ルビー、太陽(ソル)、不死鳥、赤い花(バラ)、等のパターンがある。
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◆出典◆『星の文化史事典』出雲晶子・編著(白水社2012)◆
- 計都(けいと)
- インド神話に出てくる惑星神の一人で、彗星のこと、または日月蝕を起こす魔物である。密教の占星術に取り入れられ、九曜として羅睺(日蝕を起こす魔物の星)とともに、日月五惑星とともに惑星に加えられた。仏教の密教に取り入れられ、宿曜経の経典として日本に伝わった。インドではケイトゥと発音する。
計都(けいと)-コラム
計都は、辞典をひくと、インド神話の九惑星(ナヴァグラハ)の一つケートゥの密教における呼び名で、黄道(天球上の太陽の軌道)と白道(天球上の月の軌道)の二つの交点のうち降交点にある架空の惑星、または彗星のことであると書かれている。降交点と彗星ではかなり違うが、なぜこのようなことになったのだろうか。
六世紀インドの天文学者・占星術師のヴァラーハミヒラによるインド占星術書『ブリハット・サンヒター(大集成)』第十一章に「ケートゥの振る舞い」という項目がある。それによると、ケートゥは一種類の天体ではなく、天・中空・地に属する三種のケートゥがある。地上の動物や草木に火の色が見られるとそれが地のケートゥ、火のない方向に火の色が見られるのが中空のケートゥ、星宿にあるのが天のケートゥだという。ケートゥは1001種類あるという人もいれば、一つで形が変わるだけだという人もいる。
ケートゥは軌道計算などで出現を予測できないらしい。さまざまな形のケートゥが紹介され、1001種類のケートゥについて占いが述べられているが、ケートゥは基本的に尾をひくという。胴が短く、まっすぐで光沢があるケートゥが見えると豊作になる。それと正反対の形、特に二つか三つの冠(尾のことらしい)をもったケートゥは不吉である。丸く光線をもつケートゥは飢饉をもたらす。真珠の首飾りやジャスミンの花、オウムの色に似たケートゥもある。
金星の息子というケートゥは84種類、土星の息子は60種類、木星の息子は65種類、水星の息子は51種類、火星の息子は60種類。ラーフの息子というケートゥは33種類で太陽表面に見られる。西にあって冠(尾)の先端は南にあり北に動くにつれて長くなったケートゥ、北斗七星と北極星とアビジト宿に接触して引き返し空を半分進んで消えたケートゥ、同時に2個7日間見えたケートゥなど、彗星の見え方や動きを驚くほど忠実に描写している。インド天文学というと力学や暦が有名だが、観測もバッチリだったことがわかる。
ケートゥが星宿に現われた時の占いは物騒である。「バラニー宿にケートゥが現われるとキラータ国の王が死ぬ」とある。クリッティカー宿の場合はカリンガ国の王が、ムリガシラー宿の場合はウシーナラの王が、マガー宿の場合はアンガ国の王が、などと27宿いずれにケートゥがきた場合もどこかの王が死ぬという占いになっている。
インドのナヴァグラハ(九惑星)とは、日月五惑星とラーフ(密教の羅睺)とケートゥである。『ブリハット・サンヒター』では、ラーフは黄道と白道の交点にいて日月蝕を起こすとされる星で、巨大な竜の頭と尾を切断された姿としている。昇交点に頭が、降交点に尾があってその2つのラーフが日蝕、月蝕を起こすという。しかし同書は別に「月蝕においては、月は地球の影に入り、日蝕の時は太陽に入る」「ラーフは食の原因ではないと学問の真実が述べられた」とも記されている。
つまり、黄道白道の交点に浮かぶラーフという架空の星により日蝕、月蝕が起こされるわけではないということを、ヴァラーハミヒラらその時代のインド占星術師たちは知っていた。しかし科学的事実は事実として、それとは別に占星術の要素としてラーフを用いていたということは考えられる。
時代が後になるにつれ、次第にラーフは頭、つまり月軌道の交点のみになり、ケートゥは月の降交点(一部経典では月の軌道の遠地点)とする説が強くなっていった。ナヴァグラハでラーフと対になるものと考えられたからかも知れない。現在のインドや密教の占星術では、計都は月軌道の降交点ということで落ち着いている。さすがは魔星計都。「彗星」から「軌道の交点」という驚くべき変身をとげた。